6回の裏。
俺に意味の分からない宣戦布告をしてきた1年がマウンドに上がった。

ちゃんと背番号貰ってたんだ…アイツ。

左投手。
遠くからではわかりにくいがフォームは少し独特。
球速はそこまでないけどテンポがいい。
1人目はフォアボールで1塁へ。

投球にはムラがある、か。

当たりはあまり良くなかったがカバーに入ろうとしたセカンドの横を抜けてライト前へ。
ノーアウト1、3塁。
最初からピンチだけど、捕手のタイムを拒否ってるしそこまで問題はないのか…?

「そろそろ行くぞ」

キャプテンの方を振り返れば成宮さんはいつの間にか戻って来ていた。

「俺、これ見ててもいいですか?」
「は?」

成宮さんが眉を寄せた。

「俺、どうせ試合でないし。偵察部隊来ますよね?それと合流して「ダメ」…え?」

成宮さんは強引に俺の腕を掴んで。

「ちょ、成宮さん!?」
「お前は俺の準備運動の相手」
「は?そんなの聞いてないんですけど…てか、キャプテンいるじゃないですか」

いいから行くの!!と引っ張られて俺はバランスを崩しながらそれを追いかける。

「成宮さん」
「うるさい!!」
「いや、あの…」

振り返ればキャプテンたちも歩いて来ていて。
吉沢さんと平井さんはどこか楽しげに笑っていて、俺は視線を成宮さんに戻す。

「あの、成宮さん」
「なんだよっ!!うるさいなっ」
「手、離してください。痛いです」

成宮さんは慌てて手を離して、小さく悪いと呟いた。

「大丈夫です」

捕まれていた手首を少し摩って溜息をつく。

「…勝手を言ってすみませんでした。…戻ります」
「…うん」





準備運動で球場の周りを走りながら俺は首を傾げる。

「颯音、どうかした?」
「いや…なんか、変だったから」
「何が?」

成宮さんと言えば多田野は前を走る成宮さんに視線を向ける。
父母の会の人達に愛想よく手を振る姿を見ていつもどおりじゃない?と多田野が言葉を返した。

俺はさっきまで掴まれていた手首に視線を落として、眉を寄せる。

「なんだろう、なんか…」
「颯音?」
「あー、わかんない」

少し乱暴に髪をかき混ぜて、溜息をつく。

「なんか変だよ、颯音」
「…俺さ、気づかない方が良い感情はすぐに気づくんだけど。それ以外ってどうも、気付けないんだよね。だから、鈍感なんだってよく言われた」

多田野はえ?と首を傾げる。

「いつもと違ってた。嫌いとか、そういうのじゃなくて。なんだろう、焦りとか…?ちょっと違うかな?」

自分の手首をもう一度摩って俺は首を傾げる。

ランニングを終えて足を止めれば偵察部隊が仙泉が1点止まりだと報告に来た。

「そうか…」
「え?1点で切り抜けたの?あのピンチを…」

…あのうるさい1年、どんなボール投げたんだろう。
あの場面でどう持ち直して、どうやって1点で抑えたんだろう。

「崩されてもおかしくない流れだったのに…ちゃんと投げれたんだアイツ…」
「中継ぎとして3試合連続の登板だからな。鳴、お前の時もそうだったけど1年にとっては試合で投げることが一番の経験だ」

成宮さんは何も言わない。

「丹波がケガで戦列を離れたことが1年生投手2人を大きく成長させることになったのかもな…」
「少しは楽しめそうじゃん。まとめてかかってこいって感じ?」

そう言った成宮さんは本当に楽しそうな横顔に俺は視線を逸らした。

「やっぱり、気のせいか…」

帽子を深く被って、そう小さく呟いた。

「玖城」
「はい?」

振り返れば成宮さんがいた。

「相手しろ」
「…あれ、冗談じゃなかったんですか?」
「違うから」

断るわけにもいかなくて、わかりましたと言って彼の準備運動の相手をする。

「あれ…」
「なに?」
「マニキュア、剥がれてません?」

ストレッチを終えたときに気づいて、口に出せばホントだと成宮さんは言って。

「塗り直しますか?」
「うん。あ、けど俺持ってきてない」
「多分俺持ってますけど」

何で持ってんの、って言葉は聞き流して鞄の中のそれを成宮さんに渡す。

「…塗って」
「は?」
「俺苦手なの」

いつもどうしてるんですか、と言えば時間を掛けて塗ってると答えた。

「今、時間ないし」
「……わかりました。ベンチにでも座って手、出してください」

ベンチに座った彼の前に膝をついてしゃがんで。
彼の手を取ってマニキュアの蓋を開ける。
マニキュアが剥がれている指を1本1本塗っていけば意外そうな声が頭上から落ちてきた。

「…慣れてんね」
「まぁ俺も投手ですし。両手塗らないといけないから嫌でも慣れます」
「ふぅん」

成宮さんが何か言おうとしたとき後ろから声が聞こえて。

「お前らなにしてんだ?」
「雅さん!!」
「マニキュア剥がれてたので」

ちゃんとやっておけって言っただろとキャプテンが言って、成宮さんは昨日は大丈夫だったと声をあげた。

「悪いな、玖城」
「いえ…」
「見て見て、超綺麗じゃない!!?」

嬉しそうな顔をして成宮さんがキャプテンに爪を見せれば呆れたように溜息をつく。

「玖城がやったんだろ。なんでお前が自慢してんだよ」
「なんだ、普通に仲良いじゃねェか」

キャプテンの後ろから顔を出した吉沢さん。

「べ、別に良くないし!!」
「…お前なぁ…」
「成宮さん」

俺はマニキュアの蓋をキュッと閉じて、立ち上がる。

「もう全部塗り終わったので、いいですか?」
「え、うん。…玖城?」

やっぱりわからなかった。
嫌悪じゃない彼の感情が。

「わかんないなぁ…」



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