成宮さんへの歓声に包まれた球場。

「ちっ…なんで鳴の声援ばっかなんがよ。気に入らねェ」
「当然だよ。ウチのエースなんだから」
「でも彼女はできない…」

白河さんが小さな声で、そう呟いて。
神谷さんが隣で笑う。

「坊やだからな!!」

ブルペンで練習をしてる成宮さんに視線を向ければ青道が来ているのが見えた。

「青道、来てる」
「え?あ、ホントだ。次の対戦校が決まるからね、見ておいて損はないし」

試合丸々研究されるのか…

「まぁ、研究したところで成宮さんは止められないんじゃないだろうけど」
「え?」

驚いている多田野の視線を無視して、帽子を深く被った。


『ただいまより準決勝第2試合。稲城実業対桜沢高校の試合を始めます。両チーム整列!!』


桜沢高校。
有名な進学校で20年連続初戦敗退の不名誉な記録を持つところだ。

そんなチームが、ここまで来た。
たった1つの…球種で。

「ナックルボール…」

神谷さんは軽々とアウトを取られ、ベンチに戻ってくる。

「どうですか?ナックル」
「想像以上だな。なんだよ、あの変化。超打ちにくい」

2番の白河さんもショートゴロでアウト。

「どうだ?」

監督の問いかけの白河さんはメットを外しながら口を開く。

「ビデオで見た時からわかってはいましたが、まさかここまでのナックルとは…」

あ、白河さん悔しそう。

結局三者凡退で、交代となる。
成宮さんも初回から飛ばしていき三者連続三振。

「ねぇ、颯音」
「ん?」
「ナックルってどんなボールなの?」

多田野の問いかけに俺はボールを1つ持って。
前にいる白河さんと神谷さんもこちらを見る。

「こんな風に指を立ててボールを握って。リリースの瞬間にストレートで起きる回転と逆の回転をかけるように指を弾く。それでボールが無回転になって不規則な動きをする。投げた本人もどうなるかわかってないよ」

ボールをベンチに置いて、バッターボックスのキャプテンを見る。

「打つ方法は?」

白河さんの言葉に俺は眉を寄せる。

「まぁ、見ての通り球速・球威共にないから当たれば飛ぶんじゃないですか?」
「うわ、テキトーじゃねぇか!!」
「監督の言うように大振りはあたらないと思いますけど…。期待できる答えは持ってないですよ。けどまぁ…攻略方法ならないこともないですけど」

え?と首を傾げた多田野。
白河さんと神谷さんは聞こえていなかったらしく打席を見ていた。

キャプテンも沢山の歓声の中ショートゴロでアウト。

「情けないなー雅さんそれでも4番?」
「るせぇよ!!」
「仕方ない…雅さんの肩気は俺が討つ!!」
「殴りてぇ!!」

ピッチャーの表情が曇ったがすぐに後ろを振り返る。

「1アウト!!1つずつ行くぞーーー!!」

ピッチャーの声に後ろも応える。
成宮さんは大振りで三振。
監督の周りの温度が下がった気がした。





2回の裏までお互いの0点。
投げ合いになりそうだけど、成宮さんは決勝でも登板する。
早めに切り上げた方が良いだろう。

「ねぇ、颯音」
「ん?」
「さっき言ってた攻略方法って…?」

あぁ、と俺は呟いて。

「打つ方法なんて、多分ないんだけどさ。言ったろ?あのボールは投手の感情に一番結びついてる。だから…」
「だから?」
「投手の感情を…かき乱せばいいんだよ」

は?と首を傾げた多田野に俺はだから、と続ける。

「焦らせればいいってこと」
「焦らせる…?どうやって?」
「そんなの、打つだけだよ」

それが出来ないんじゃんと多田野が言って。

「玖城」
「はい」
「代打だ。準備しろ」

はい、と答えて立ちあがる。

「よかったじゃん、玖城」

白河さんがバットを俺に渡す。

「ありがとうございます」
「打ってこいよ、玖城」
「…努力はします」

監督が9番の人を呼ぶ。

『9番ライト富士川君に代わりまして、代打玖城颯音君』

アナウンスが流れて、球場がざわついた。
聞こえる歓声に俺はベンチから出て。

「お前も大人気だな」

吉沢さんが笑いながら言って、俺の背中を叩いた。

「頼んだよ、玖城」
「はい」

平井さんにも背中を押され、打席に立つ。

「打たなきゃ怒るからな―ッ!!」

後ろから聞こえる成宮さんの声に俺は溜息をついて、メットを少し上げる。
投手の表情に焦りは見えない。

「凄いですね。どれくらいかけて練習したんですか?」
「……高校に入る前から少しずつな」
「へぇ…」

バットを構えて、1球目。
ボールという審判の声が聞こえた。

打席で見ると本当にすごい。

2球目はストライク。

「振らなきゃ当たんないぞー、玖城!!」

聞こえる成宮さんの声。
うるさい、と小さく呟いて。
3球目でバットを振る。
ファールの声が聞こえて、これで2アウト。

追い詰められた、と声が聞こえた。

「追い詰められてなんて、ないっつーの」

4球目もファール。

「あぁーおしいっ!!」
「打てよー、玖城!!!」

打つ方法はこれと言ってない。
けど、色々な球種を打ってきたわけだからあてることは大して難しいことではない。
あとは、徐々にタイミングを掴んで慣れていけばいい。

「もう、少し…」

そこから先も全てファール。
さっさと打てと成宮さんが言っていて、俺はバットのヘッドでベースを2回叩いた。

14球目。

今までより前に足を踏み込んで。
ボールの変化に目を凝らしながら腰から回して。

ボールが当たる感触がして振り抜く。
弧を描いたボールはフェンスにぶつかった。

歓声が自分を包んだ。
ギリギリ3塁まで進み驚いている投手と視線を交わらせて、口元を緩めた。

神谷さんもボールを捕えたがレフトのファインプレーでアウト。

「続けなくて、悪いな」
「いえ、大丈夫ですよ」

ベンチに戻れば監督によくやったと言われ頭を下げてベンチに入る。


3回の裏。

成宮さんのボールが捉えられることはなくて。

チェンジの声が聞こえ、白河さんがベンチから出る。

「玖城」
「はい?」
「なんか、ないの?」

アバウトな事、言うなぁって思ったけど俺はグラウンドに視線を向ける。

「サード」
「え?」
「今日1度もサード方向には飛んでないっすよ。さっきの俺と神谷さんのボールで1点もやれないと思ってる今、焦りが生まれてる」

大きな当たりは必要ないと思います。と言えば白河さんも視線をグラウンドに向ける。

「周りの焦りは投手の焦りになります。焦れば…ナックルボールは崩れる」

白河さんは性格悪いねと口元を緩めて打席に向かって行った。

「別に悪くないですよ」

白河さんはサード方向にボールを打って。
トンネルで初のエラー。

「ほら、崩れてきた」

次のバッターが入って、1球目。
白河さんはすかさず盗塁。

投手だけじゃなく全体的に焦りが見えてきた。

ノーアウト2塁で、また桜沢の守備がエラー。
続けてノーアウト1、3塁で迎えた打者はキャプテン。

タイムを取って、集まった彼らの表情は硬い。

1球目、盗塁でノーアウト2、3塁。
次のボールもキャプテンは手を出さない。

投げるまでの間隔が速くなってきた。

4球目、ボールは変化をしなくて。
打ち上げられたボールはスタンドに入った。

「勝負あったな」
「…みたいだね」

その後にみんなが続き一気に4回で8点。
5回でも3点を取り5回コールド勝ちとなった。


礼をした後、涙を流して俯く彼らに成宮さんが声をかけた。

「もっと胸張って帰っていいよ。この夏日本一になるチームに敗れたんだからさ!!」
「すまんな、後でシメとくから…」
「じゃーね」

そんな姿を見て、俺はそちらに駆け寄って。

「あの」
「…お前…」
「1年の玖城です」

驚いてる成宮さん達を無視して、長緒さんを見つめる。
話しをするときに自分から視線を合わせるのは凄く久々な気がした。

「感情に左右されるナックル1つで、ここまで戦い抜いた貴方は本当にすごいと思います」
「え…?」
「もっと別の形で出会って、話を聞きたかったです。」

それだけ言って、帽子を取り頭を下げてから足早にベンチに戻る。

「…悪いな、うちの1年まで」
「いや…」

稲実の決勝進出が決まった。
次の対戦相手は青道。

「俺達が勝ぁ〜〜〜〜つ!!絶対に勝ぁ〜〜〜つ!!」

聞こえたのはあのうるさい宣戦布告の1年の声だった。
成宮さんは闘志を宿した瞳で彼らを見ていた。



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