「御幸!!」
「おお!!御幸じゃねーか!!」

試合が終わった後のざわつく廊下で見覚えのある姿を見つけた。

「何だ…お前らまだ帰ってなかったのか?」
「先に決勝行き決めたからってスタンドから高みの見物してくれちゃってよー」
「で、なんかいいデータ取れた?」

俺がそう尋ねれば御幸は腕を組んで苦笑する。

「データも何もあんな完璧な投球されたらなぁ」

御幸の言葉に鳴は少し照れたように頭をかいて。

「そういやこのメンツが揃うのもあのとき以来じゃね?」
「そういや、そーだね…」

鳴が俺達に声をかけたあの日を思い出す。
唯一鳴の誘いを断り御幸は青道に行った。

「結局稲実からの誘いを断って青道に行ったのはお前1人だけどな。この裏切りモンが!!」
「あれ?お前試合出てたっけ?」
「るせーっ!!レギュラー取れなくて悪かったな!!」

矢部が悔しそうに突っ掛かるのを御幸はニヤニヤしながら見ていて。
やっぱり気にくわないと内心舌打ちをする。

「一也…お前がいなくても今年のチームは最強だよ!!甲子園だけは譲れねぇから」
「まぁ、あんな一年入ったもんな。玖城だっけ?あ、怪我したって聞いたけどもう平気みたいだな」
「アイツは関係ないっ!!」

鳴は眉を寄せてそう御幸に突っ掛かって、御幸は楽しそうに笑う。

「だったら、アイツくれよ」
「は?」
「相変わらず、仲悪いみたいじゃん?」

御幸は鳴を見て、挑発するように目を細めた。

「エースに信頼されてないなら、チームに認められてないのと一緒じゃね?」
「……嫌だ」
「何で?お前の口ぶりからするとお前の言う最強に玖城は入ってないみたいだし」

守備も打撃もできで、しかも投手も出来るなんて優良物件じゃんと御幸は言った。
鳴は不服そうに眉を寄せていて。

「倉持も、アイツのこと随分と気に入ってて」
「絶対嫌だ」
「何で?」

それは…と鳴は言葉を詰まらせて。

「…鳴、さっさと玖城探しに行くぞ」

見ていられなくなったのかカルロスがそう言って、鳴はうんと頷く。

「じゃあ試合でな!」
「あぁ」

御幸に背を向けて皆が歩き出す中、俺はその場に足をとどめて。

「…何、考えてんの。玖城のこと」
「別に、思ったことを言っただけだけど?」

御幸は相変わらず気に入らない笑顔。

「…あっそ」
「まぁ、けどさ。鳴が何と言おうが決めるのは本人じゃね?」
「玖城は…青道にはあげない。アイツは、俺達の大切な戦力だから」

交わった視線に御幸は目を細めて笑う。
この笑顔が気に食わない。

「それから、ウチに来なかったこと後悔すればいい。10年後も20年後もずっと…」

それだけ言って、俺も鳴達の後を追う。

「玖城どこ行ったんだよー」
「てか、逆戻りしちゃ探せなくね?」
「あ、確かに」





「あれ、玖城?」
「…倉持さん」

自販機の前。
何を買うか悩んでいた俺に後ろから声をかけたのは見覚えのある人で。

「決勝進出おめでと」
「そのままお返しします」
「それから、怪我したって聞いたけど平気なのかよ」

隣の自販でコーラを買った彼がこちらを見て首を傾げた。

「もう治ってます」
「ま、今日も代打でぶっ放してたもんな。あのスリーベースヒットで流れが変わってたし」

別に、と言ってスポーツドリンクを買う。
早く戻ろうとした俺の心理を呼んだのか、ちょっと待てよと止められた。

「なんですか?」
「いや、ちょっとくらい話そうぜ」
「……何で倉持さんは俺に絡んでくるんですか?」

眉を寄せてそう言えば倉持さんはヒャハッとあの独特な笑い方をした。

「俺、お前のこと知ってたんだよ」
「…俺はあの時が初対面ですけど」
「そりゃそうだろ。俺が一方的に知ってただけだかんな」

倉持さんはベンチに座って俺を見上げた。

「俺さ、昔レスリングやってて。今も見るの好きでさ」
「…だから、なんですか?」
「アメリカの俺が好きなレスラーがJoker’sのファンだって雑誌のインタビューで言ってた」

倉持さんを見下ろしていた俺は眉を寄せる。

「んな怖い顔すんなよ。最初はバンドかと思ってたんだけどさ…調べてみたら野球チームが出てきた」

彼は笑いながら、言葉を続けた。

「Joker’sってさ、アメリカで一番「黙ってくれますか」…おぉ、怖っ」

自分の髪をぐしゃぐしゃとかき乱して、息を吐く。

「…すみません」
「別に。……やっぱ、隠してんのかお前」
「だったら、何だって言うんですか?関係ないでしょ」

まぁ、関係はねぇけどと倉持さんは言った。

「けど、Joker’sにいてアメリカで一番期待されてたお前が…14番なんて不名誉な数字を日本で背負ってていいのかよ」
「…14番は嫌いじゃない、です」
「なんで?」

だって、Jokerじゃないですかと言えば倉持さんは目を丸くした。

「1から13に入れなかった仲間外れ。そして、全てのカードに化けることのできる最強の切り札」
「ヒャハハッ、確かにそうだな」
「そんな人間が集まってできたのが俺達だから。だから、14番は不名誉な番号じゃない」

けど、お前は…と倉持さんが言いかけ顔を伏せた。

「…お前は…全部を捨ててまで、今そこにいる必要あんのかよ」
「…倉持さんは何が言いたいんですか。俺がいなくなれば勝てるとか…そういうことですか?」

そうじゃない、と言って。
なんつーかさ、と俺がしたみたいに髪をぐしゃぐしゃとかき乱した。

「前に、言われてたろ?成宮に認めねぇって」
「今も言われますけど」
「だろ?だったら、お前は何で稲実に、日本にいんだよ。お前には誰もが羨むような居場所があんのに、なんでわざわざ信頼されてねぇとこにいんの?」

それがわかんねぇと倉持さんは言って顔を上げた。

「参考になるから今も暇があればJoker’sの試合の映像とか見るけど。お前を待ってる人が山のようにいるじゃねぇか」
「…そう、ですね」
「ファンだったり、チームメイトだったり。お前がマウンドに立つのを皆待ってんだろ?だから、今も…試合が終わるとお前への声援が球場を埋め尽くす」

俺はぎゅっとペットボトルを握りしめた。

「お前、試合の映像見てるか?」
「はい。全部」
「だったら、わかってんだろ」

子供から大人まで、お前を呼んでる。
倉持さんはそう言って立ち上がって、視線を逸らしていた俺の顔を無理矢理自分の方に向けさせた。
至近距離で交わった視線。
俺のペットボトルが手から滑り床に転がった。

「だったら、なんで…「あ、玖城いたっ!!!」時間切れか…」

バタバタと足音が聞こえて、駆け寄ってきたのは成宮さんで。
俺達を見て首を傾げる。

「…何、してんの」
「いえ、別に。目にゴミが入って…それを取って貰っただけです」
「……ふぅん」

不服そうに眉を寄せている成宮さんに内心ため息をついて、倉持さんを見る。

「話は、また今度」
「…おう。他の奴には、内緒にしておいてやるよ」
「ありがとうございます」

さっさと帰るよ!!と成宮さんが歩いて行って。
それを追いかけようとして、俺は足を止めた。

「そういえば…」
「なんだよ」
「今日の試合でカーブを捉えた小柄な人」

倉持さんは首を傾げる。

「亮さん?それとも小湊?」
「名前はわからないですけど、あの捕手に突っ込んでいった方」
「あぁ、亮さんだな。俺と二遊間守ってる人」

じゃあ、その人と俺は言って、倉持さんは亮さんが何?と首を傾げる。
早くしろっ!!と叫ぶ成宮さんにすぐに行きますと答えて

「その、亮さん?怪我、平気でしたか?」
「は?怪我?」
「あれ…足怪我してると思ったんですけど…」

倉持さんの表情が曇っていく。

「それ、どういうことだ」
「捕手に突っ込んだ後から、動きに違和感がありました。…まぁ、気のせいみたいでよかったです」
「…おう」

それじゃあ、と頭を下げて成宮さんを追いかけた。

「遅いんだけど!!」
「…すいません」

成宮さんは不機嫌そうに俺の数歩前を歩く。
探していたと言った白河さん達に合流して、俺は後ろを振り返る。

倉持さんはもう見えなかったけど、あの人の声だけ耳に残っていた。

『お前は何で稲実に、日本いんだよ』

彼が無理矢理交わらせた視線は、酷く真っ直ぐだった。
あの時、成宮さんが来なかったら…俺は、なんて答えたんだろう。

「…わかんないことだらけだ」

俺はそう、小さく呟いた。



戻る