「おはようございます」
「…あぁ」


入寮の次の日。
早く起きすぎて本を読んでいれば白河さんが起きてきた。


「寝てないのか?」
「寝ましたよ。少し早く目が覚めただけです。どういうスケジュールで動くか知らないんで白河さんが起きるの待ってたんです」

白河さんはめんどくさそうな顔もせずに淡々とスケジュールを教えてくれた。


「着替えたら行くぞ」
「はい」


読んでいた本を閉じて机の上に置けば、それを白河さんが手に取って。

「英語…か?」
「あぁ、はい。翻訳版がでてなかったので」

白河さんは俺を見て、すぐに視線を逸らす。

準備をしてグラウンドに向かえばキャプテンがいて。

「おはようございます」
「寮はどうだ?」
「まだ1日ですが特に不便はありません。白河さんも親切なので」

俺の言葉にキャプテンは少し驚いた顔をして、俺は首を傾げる。

「あの?」
「あぁ、いや…」

軽い練習を終えて、朝食のために食堂に向かう。
その途中後ろから聞こえた、もう聞き慣れた声。

「はよ、玖城」
「…おはようございます。なにか?」
「朝食、ボリュームあるけど食えんのかなーって」

隣に並ぶ神谷さんに首を傾げる。

「ある程度は平気だと思いますけど…」
「へぇ…」

なんだかイラつく顔で俺を見ていたからふい、と顔を逸らして。
歩調を少しだけ速める。


「ちょ、無視すんなよ!!?」
「………話す必要性を感じなかったので」
「お前、そんなんだから鳴に目つけられたんだろ…」

彼の言葉に舌打ちを零して、食堂に入る。

「おい、今舌打ちしただろ!!?」
「…気のせいかと」


朝食を受け取って、端の席に座る。
箸をつけずにその料理を見つめていれば頭上から降ってきた声。

「きつかったら残してもいいんだよ?」

ニヤニヤと笑う成宮さんが俺の前に立っていて、上げた視線をすぐに伏せる。
頭上から落ちてくる視線を無視して、朝食に箸を伸ばす。

「無視?無視なワケ!!?」
「……食事中なので、静かにしてください」
「ハァ!!?」

バンッと机を叩いた成宮さん。
俺は気にせず食事を進める。

「玖城」
「白河さん?どうかしましたか?」

今度は後ろから声がして、伏せていた顔を上げて振り返る。
トレーをもって後ろに立っていた白河さんが俺を見下ろしていて。


「なんで俺は無視して白河は無視しないわけ!!?」
「行いの差だろ。監督が呼んでいた。食事が終わったら行ってこい」
「わかりました」


まだ喚いている成宮さんを無視して、朝食を終える。


「ごちそうさまでした。成宮さんも早く食べた方が良いんじゃないですか?時間、ヤバいですよ」
「っ!!あぁ、もうっムカつく!!!!わかってるよ!!」


彼の声を背中に聞きながら、食器を片づけて監督の所に向かえばそこにはキャプテンの姿もあった。


「…何か、ご用ですか?」

この面子が揃うのは俺が1軍に上がることになった前日以来だ。


「1軍の練習はどうだ?」
「外野の練習や打撃練習に参加してますが、順調かと。追いつけないと言うことは一切ないですし」
「そうか…」


監督は少し黙ってから俺の名前を呼んだ。


「今日から投球練習にも参加してもらう」
「…成宮さんがいるのにですか?」
「今このチームで使える投手は成宮と控えの井口の2人だけだ。ほかの投手が悪いわけじゃないが…」

井口…って、誰だろう?
まぁ、俺が知ってる人なんて片手で数えるくらいだし。
知るわけもないか…

「お前は即戦力なんだよ、玖城。それから切り札でもある」
「切り札…?」
「手の内がバレてない投手が1人でもいれば相手は揺さぶれる。お前の技術も合わせて…だ」

キャプテンの言葉に俺ははい、とだけ返事をして。

「それが命令ならそれに従うだけです」
「話はそれだけだ。投球練習については原田から聞くように」
「はい」

失礼します、と頭を下げてそこから出ようとすれば呼び止められて背中を向けたまま足を止める。

「あまり、原田を困らせるなよ」

聞こえたその言葉に俺は苦笑して、善処しますと答えてその部屋を出る。

投球練習か…
右手をぼんやりと見つめて、溜息をつく。

忙しくなりそうだ…

てか、キャプテンを困らせているのは俺じゃなくて成宮さんだよね。
…なんで、俺が注意されるわけ?

寮に戻れば学校の準備をしていた白河さんと視線が交わって、俺はすぐに視線をそらす。

「何の話だった?」
「…1軍での練習の状況についてです」
「そう」

準備を再開した白河さんに視線を向ける。
白河さんは言葉数は少ないし、必要最低限の会話で済むから楽だ。
変に突っかかってこないし、うるさくないし。

「…なに」
「あ、すみません。お気になさらず」

俺はそう言って、視線を逸らす。
机の上に置きっぱなしだった読みかけの本を鞄に入れて、学校の準備をする。

「先に行く」
「はい」

出て行った彼を見送って、携帯に手を伸ばした。
そこには着信ありの文字。

電話の対応をしていればすでに時間が随分と過ぎていて慌てて外に出た。

「あ」
「…げ」

外に出れば一番会いたくない男がそこにいて。

「遅刻じゃない?」
「そのままその言葉返しますよ」
「うざっホントにうざいっ!!」

隣に並ぶ彼から視線を逸らす。

「何してたワケ?」
「電話」
「…彼女?」

彼の問いかけに俺は溜息をついて。

「そんなのいませんけど」
「……ふぅん」
「でもまぁ…大事な人だってことは確かですよ」

俺の言葉に成宮さんは目を見開いて。

「なんですか?」
「わ、わ、わ、笑った!!!?」
「………人間笑うに決まってるでしょ」

横で聞こえる彼の声を聞き流しながら自分の手首を見つめた。

「ちょ、無視すんな!!」
「……うるさい」
「はぁあ!!?」



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