試合を終えて、その日は練習はオフとなった。
白河さんは自主練習すると言って、出ていってしまい今部屋には俺一人。
「青道…」
今までにまとめた青道のノートをパラパラと捲る。
「打撃が強いんだよな、このチーム…」
「玖城ーっ!!!」
バンッと音をたてて開いたドア。
「え…」
そこには成宮さんがいて、何の断りもなく部屋に入ってくる。
「白河さんなら、今グラウンドに…」
「白河じゃなくてお前に用があんの」
「は、はぁ…?」
勝手にベッドに座った成宮さんは偉そうに足を組んで。
「青道のノート、見せて」
「は?」
「ついでに、解説もよろしく」
何を言ってるんだ、と思って彼を見れば不満そうに眉を寄せる。
「文句あんの?このエース様に探させたくせに」
「…ちゃんと飲み物買いにいくって言ったじゃないですか」
「知らない。お前も研究するんでしょ?ついでに俺にもってことで」
キャプテンいるじゃないですか、というとうるさいから早くしろと言われた。
「映像見ながらやりますか?」
「どっちでもいいや」
「…わかりました」
ノートを持って成宮さんの横に座って。
自分と彼の間にノートを置く。
「まず、青道打線から」
「うん」
「打撃については全国的に見てもレベルが高いと思います。ここ3試合での平均得点率は7.7です。その前にも10点を超える得点を取ってます」
珍しく真面目に成宮さんが聞いていて、内心驚きながら言葉を続ける。
「1人1人見ていくと…1番の倉持さんは神谷さんと同じかそれ以上の足を持ってると思います。塁に出たら面倒ですね。ノーリードで盗塁しても多分間に合います。けど塁に出さなければ問題ないです」
「……お前さ、倉持と仲良いよね」
「解説初めて早々止めますか、普通…」
それも聞きに来たんだよ、と成宮さんは言って。
「今日は投げちゃダメって言われたから時間あるんだよね」
「…俺の都合は?」
「知らない」
今日も2人で喋ってたよねと言われて、俺は小さく溜息をつく。
「別に…」
「青道に行けばよかったとか、思ってんの?」
「は?」
顔を上げれば眉を寄せて俺を見てる成宮さんがいて。
苦しそうな、そんな表情。
その表情を見ていたくなくて俺は彼から視線を逸らした。
「あ、の…成宮さん…?」
ノートを指差していた手をがしっと掴まれて。
俺は、その手を見つめてやっぱりわからないと内心呟く。
「絶対、許さないから」
「あの、何の話を…」
「……俺達の情報を持ったまま、敵になんて行かせない」
なんの話をしてるかもわからないし。
何を考えてるのかもわからない。
けど、ただ一つ言えることは…
俺はまだこの人に信頼されていない。
信頼されることは、こんなにも難しかった。
アイツらといたから、忘れてた。
信頼されずに信頼できずに嘆いてもがいて憂いたそんな時間を思い出す。
『なんでわざわざ信頼されてねぇとこにいんの?』
倉持さんの言葉が、頭の中に流れてきて。
目を堅く閉ざした。
「…何の話を、したいんですか…アンタは」
「だから…お前が青道に「だからっ!!」…玖城…?」
「なんで、そんな話になってんのかって聞いてるんだよ!!」
成宮さんの手を払って、そう怒鳴るように言えば成宮さんの肩が揺れて。
自分が何をしたのかわかって、顔を伏せた。
「…すいません」
「あ、いや…別に…」
俺は大きく息を吐いて、手で目を覆う。
「アンタ…俺をどうしたいんですか…?いたらいたで、認めないだの嫌いだの言って。なのにいなくなるのは許さない?嫌いだって言う割にベンチにいろって言って…」
「そ、れは…」
「俺には、アンタがわからない」
俺だってお前がわかんないよ!!と成宮さんが叫ぶように言った。
「だったら、俺が洗いざらい過去について全部話せばアンタは満足すんのかよ。話したら信頼すんのかよ。嫌いじゃなくなんのかよ。……違うだろ?」
俯いてる成宮さんが見えて、俺は髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。
「…ちょっと、頭冷やしてきます。…そのノート、選手ごとにまとめてあるので好きに使ってください」
「おい、玖城!!」
ベッドから降りて、部屋から出る。
ガシャンとドアが閉まって、俺はドアに背中を預けてしゃがみ込んだ。
なんで俺こんなことになってるんだろう。
こんなの慣れてたはずなのに、声を荒げた。
「…もう、わけわかんねぇ…」
成宮さんは俺をどうしたい?
どうなって欲しい?
あの時変だって思ったのは多分間違ってなかった。
けど、成宮さんの中にある感情がわからない。
焦りも多分あるけど、それ以上に何か…
「馬鹿みたい。こんなこと考えたって…多分、わからない」
気付きたくない感情にはすぐ気付くのに。
気付きたい感情には気づけない。
「信頼されないなら嫌われてる方が…マシだな…」
ポツリと呟いて無計画すぎたな、と溜息をつく。
部屋を出たはいいけど何しよう。
グローブもバットも部屋の中だ。
「遠いんだよ、玖城」
立ちあがろうとしたときに聞こえた声。
俺は動きを止めた。
こつん、とドアに何かが当たる音。
もしかしたら俺と同じようにドアに背を預けているのかもしれない。
ドアを挟んで背中合わせ…
俺達の今を表してるみたいで、少し笑えた。
▽
玖城が出ていって、追いかけようとベッドから降りた。
けど、ドアノブに手をかけようとしてやめた。
あんなことを言うつもりはなかった。
ドアに背中を預けて、ズルズルとしゃがみ込む。
玖城が、青道を見て面白いと言った。
試合を見続けようとした。
一也に、玖城が欲しいと言われた。
玖城が倉持と2人で話をしていた。
それが今まで以上に自分の中で燻って、モヤモヤして。
本当はあんなこと言うつもりはなかった。
アイツのノートは見やすかったから、見せてもらうだけのつもりだった。
カルロ達がアイツの説明はわかりやすいって言うから少しだけ、聞こうって思って。
けど、アイツが倉持の名前だした時に自分の中の燻りが爆発して。
「…初めて、怒鳴られた」
いつも静かに怒るから、声を荒げた玖城にビックリした。
冷たい目さえ、向けられなかった。
玖城のノートを開いて、ぼんやりとそれを眺める。
綺麗な字が選手一人一人の特徴を書いていて。
あんなこと言わずに聞いてたら、どんなこと話したんだろう。
今から追いかけて謝ればきっと、何事もなかったかのように説明してくれる。
けど、俺はどうしても動けなくて。
ドアに預けた背中がくっ付いて離れない。
「信頼されないなら嫌われてる方が…マシだな…」
聞こえた玖城の声に、俺は手に持っていたノートを落とした。
知ってた。
俺だけは、ちゃんとアイツから聞いたんだ。
信頼されない辛さを…
けど、俺は暗にアイツを信頼してないって言ったようなもので。
ドアを挟んで向こうにアイツがいる。
それが、多分俺とアイツの距離だと思った。
顔も見えない、触れることもできない、俺達の間にはドアがあって。
お互いにそれを開けようとはしない。
俺はわからないだけじゃなくてわかろうとしてない。
多分、玖城も。
俺が分かろうとしないのに知ろうとするから逆にどんどん離れて行って。
だから俺達の距離は…
「遠いんだよ、玖城」
嫌いじゃない。
信頼してないわけじゃない。
今日の試合もアイツのスリーベースヒットで流れが変わった。
わかってる、玖城の技術の高さも。
玖城も含めて、俺は最強だって思ってる。
けど、俺はこのドアを開ける勇気がないから…
だから、気づいてほしいって、他人任せなんだ。
俺は落としたノートを拾って。
甲子園行ったら少しは、なんて思った。
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