夜、7時半過ぎ。
3年の偵察部隊の先輩が俺の部屋に来た。

「白河さんは今練習に」
「白河じゃなくてお前だ、玖城」
「はい?」

似たようなやりとりをさっきもした気がする。
ちょっと手伝えと言われて、ついて行った先はミーティングルームで。
中には成宮さんとキャプテンがいた。
さっきのあれがあって、成宮さんと俺は視線を逸らす。

「ご用件は?」
「ミーティングだ。少し付き合え」
「…お言葉ですが、俺がいなくても出来るんじゃないですか?」

キャプテンは溜息をついて、座れと成宮さんの横の椅子を指差す。

「今回の青道戦でスタメンに入る1年はお前だけだ。他の奴らより知らねェんだから」
「…わかりました」

凄い気まずいと思いながら、成宮さんの隣に座る。
少し話を聞いていれば、成宮さんが欠伸をして。

「眠ィ〜〜もう寝ていい?」

…まだ8時じゃん。

「ちゃんと青道のバッターが頭に入っているならな。ここ3試合平気7.7得点。今までの相手と違い打線は全国クラスだ」
「…フン。甲子園の前哨戦だと思えば最高の相手だね」
「そーゆう心の油断が…」

キャプテンが少し苛立っている様子だった。

「1番倉持の足は警戒が必要だけど塁に出さなきゃ怖くない…。怖いのは2番の小湊さん。どんなボールにも対応してくるしね。3番の伊佐敷さんは多少ボールでも初球から打ちん来ることが多いし…」

成宮さんが口を開いて。
俺がノートに書いていた内容をさらさらと暗唱していく。

「5番の増子さんはストレートに強い。チャンスでの一也のバッティングも注意しなきゃいけないけど…一番注意しなきゃいけないのは4番キャプテンの哲さん」

背番号しか書いてなかったのに、よく全員の名前知ってたなぁなんて思いながら手元の資料をめくる。

「去年綺麗に1本打たれてるし。あの人を完璧に抑えればこっちにも勢いがつくからね」
「……」
「これ以上何か知ることがある?」

キャプテンが溜息をつく。

「もういい…ちゃんとマッサージ受けてから寝ろよ」
「はーい」

バタンとドアが閉じて、でもすぐに成宮さんが戻ってきた。
俺は手元の資料を見つめたまま、振り返ることはしなかったけど。

「…なんだ、忘れ物か?」
「そんなとこ!!」

斜め横の辺りに何かが置かれた。
視線をそちらに向ければ俺のノートで。
そう言えば、部屋になかったなと心の中で呟く。

「…ありがと、助かった」
「それは、よかったです」
「それから…ごめん」

バタンとさっきよりも大きな音がして閉められたドア。

「静かに閉めろ、馬鹿!!」

キャプテンが叫ぶ声が聞こえる中、俺は俯いて。

「…言い逃げかよ」

俺はポツリと呟いて、資料を机に置いた。

「鳴の奴…いつの間に青道の打線チェックしてたんだ?」
「完璧に特徴掴んでんじゃん」
「アイツは自分が対戦したい打者にだけは興味を持つからな…それ以外は俺の仕事だと思ってやがる」

大変ですね、と3年の先輩が言えばもう慣れたよとキャプテンが言った。

俺は彼がおいて行ったノートに手を伸ばして、表紙を開く。
読み込んだのか、ノートは少しよれていて。
背番号の横にあまり綺麗とは言えない字で選手の名前が書かれていた。

哲さんと呼ばれた4番バッターのページには去年打たれたと怒りマークも一緒に書かれていた。

「まぁ、情報のソースはそれだろ?」

キャプテンが俺のノートを指差す。
え?と驚く3年を余所にキャプテンは言葉を続ける。

「寮に戻ってから少しして、俺の部屋に来たかと思えばずっとそれ読んでたしな。お前のだったのか?」
「…まぁ、一応…」

見せてくれと言われて、ノートを渡せば確かにわかりやすいと言われた。

「アイツすぐ飽きて長文読めねぇからな。ここまでシンプルだとアイツにはいいだろ」
「へぇ、イラストもあるから見やすいな」

3年の先輩までそれを見始めて、俺は溜息をついて手元の資料を見つめる。

倉持洋一と小湊亮介…
鉄壁の二遊間。
……あんなこと、言わない方がよかったかもしれない…

「こんだけ書いてんなら他の奴にも見せればいいのに。なんでまた隠れて?」
「人に見せるために書いてるわけじゃなくて、ただ自学のためなので…」
「こんだけ丁寧に書いて自学かよ」

昔の癖ですと言えばキャプテンは溜息をついてノートをこちらに返した。

「お前にも説明は必要なさそうだな」
「いえ、他人の意見も大切だし。何より対戦経験のある人の言葉は重要なので…」
「…はぁ、めんどくせぇなお前ら」

すみません、と言って再開されたミーティングに耳を傾けた。





青道投手陣を模して、行われるフリーバッティング。

「お前さっきから軽々打ちすぎなんだよ!!」
「そんなこと言われても困ります」

隣でやっていた神谷さんに俺は眉を寄せる。

「カルロスうるさい」
「てめ、白河っ!!」

決められた球数を打って、交代をして。
山のように着ている記者に視線を向ける。

これだけ記者がいれば知ってる人が1人でもいそうで嫌だ。

「玖城、交代」
「はい」

バットを構えて、マシンから出てくるボールを打ちながら頭の中で考えるのはほかのこと。
昨日謝られてから、俺は成宮さんと会っていない。
俺も謝らないといけないと思いながらもそのタイミングがなくて…
まぁ、謝ってどうなる問題でもないけど。
いっそのことこのまま、嫌われて…

「よくもまぁあれだけ飛ばせるよね」
「バカスカ打ちやがって」
「しかも、集中してないし」

後ろから聞こえた白河さんの声にあの人鋭いなと溜息をつく。

「打ち損じたらジュース奢れよ、玖城」
「そこまで気は逸れてないです」

一応全球打って交代すれば神谷さんに不服そうな顔をされた。

「集中してねぇくせに」
「…それは、すみません」
「さっさと何とかしてくれば?」

白河さんにそう言われて、俺は苦笑する。

「いえ、何とかできる問題じゃないのでいいです」
「…だったら、気持ち切り替えな」
「はい」

顔洗ってきますと水道に向かう。
顔を洗って大きく息を吐いて、練習に戻ろうとしたと近づいてきた足音。

「げ」

成宮さんはぴたっと足を止めた。
さっきまで取材受けてなかったか、と内心首を傾げる。

「あ、あー…」

気まずそうに目を泳がせる彼に俺は帽子を深く被る。

「……昨日はすみませんでした。怒鳴ったことと、タメで話したこと」
「いや、それは…」
「それじゃ」

それだけ言って横を通り過ぎようとすればいくつもの足音がこちらにやってきて。

「あれ、もしかして1年の玖城君?」
「鳴君と一緒に写真、撮ってもいいかな?」

隣にいる成宮さんが少しだけ困った顔をして、でもすぐに笑顔を振りまく。
こういう時猫被るのは得意なんですね、小さく呟けば軽く足を蹴られた。

「すみません、俺は練習の途中なので」
「いや、そう言わないで。ね?すぐに終わるし」
「エースの成宮さんと一緒に写真に写るなんて1年の自分には恐れ多くて出来ませんよ」

笑顔を張り付けて言えば、成宮さんは固まって。

「それじゃあ、失礼します」

帽子を取って一礼してからその記者たちから離れる。

「お帰り、玖城。お前の順番抜かされたけど」
「え、すみません。なんか途中絡まれて」
「鳴に?」

記者に、と言えばあぁ、お疲れと言われた。

「鳴がいるからね、この時期は大変だよ。お前は結構目立っちゃってるから」
「そんなことないと思いますけど…」
「あれだけやらかして、そんなことないってよく言えるね」

白河さんに呆れたように溜息をつかれ、首を傾げながら練習を再開した。





深夜。

携帯を片手に俺は寮の外にいた。
本当はグラウンドに行くつもりだったけど監督と部長が酒盛りをしていてやめた。

寮の外、満月を眺めながらいつもの電話に出る。

聞こえてきた声に今日はLeonardoかと口元を緩める。
今日決勝だと告げれば、負けたらどうなるかわかってんのかと言われ俺はわかってるよ、と答えて。

チームの近況をいくらか聞いて、明日試合ならもう切るとLeoが言った。

電話を切るたびに、みんな尋ねる。
お前は誰だ?、と。

月を見上げて溜息をつく。

「…俺は、Joker…」

以前は迷いなく答えていた言葉に最近躊躇うようになった。

「…あーもう、寝るか…」

髪をぐしゃぐしゃとかき乱して寮へと戻った。



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