7月31日1時。
決勝戦が始まる。
球場には声援が飛び交い、いつもより熱く感じる太陽。
けどまだまだ足りない。
「俺達が勝ぁ〜〜つ!!!」
叫んだのはあの1年だった。
相変わらずうるさい。
青道ベンチを見ていれば倉持さんと視線が交わった気がして、顔を伏せた。
「先発は降谷か…」
「丹波を後ろに回したってことは薬師戦のように早め早めの継投で来るかもな」
「後はどういう順番で来るか」
3年の話を聞きながら深く被った帽子の下、目を閉じる。
「昨日はあまり眠れなかったみてぇだな。朝から欠伸ばっかだぞ」
「…そう?…大丈夫だよ。そんな心配そうな顔しなくても」
キャプテンと成宮さんの会話が耳に届いた。
「どうやってつぶしてやろうか考えてたら興奮してきちゃってさ」
いつもよりピリピリとしてる空間にも物足りなさを憶える。
「颯音」
「んー…?」
「そのまま寝ないでよ?」
隣から聞こえた呆れたような多田野の声。
「…別に眠くない」
「そう?」
「ただ…足りないなぁって」
何が?と多田野が言って。
帽子をあげてぐっと体を伸ばす。
「勝ったら、甲子園なんだな」
「うん」
「最初、野球部入った時…」
多田野が首を傾げる。
「スタメンに入る気も、レギュラーに入る気も…1軍に入る気さえも、なかった」
「は?」
「どうでも、よかったんだよ」
ぼんやりとグラウンドを見つめて、自嘲するように笑った。
「けど…、今さ」
「…颯音?」
「柄にもなく、あの人たちが勝つところが見たいって思ってる」
多田野は少し黙ってから、嬉しそうに笑った。
「俺も見たい。だから、頑張って」
「…努力は、する」
信頼とか、嫌われてるとかは…今、放っておこう。
ただ、やるべきことをやる。
…問題は、その後回しだ。
「行くよ」
「…はい」
ベンチから出て整列する。
スタンドから聞こえる拍手。
深く被った帽子で、少し顔を上げれば倉持さんと視線が絡んだ。
あの人との話しも、後回しだな。
彼の視線から逃れるように顔を俯かせた。
俺達の守備から始まる試合。
レフトの位置に向かって行けば後ろから神谷さんに背中を叩かれた。
「痛いんですけど」
「力抜いて頑張ろーぜ」
「…力入ってるように見えます?」
首を傾げれば全然見えないと笑われた。
先頭打者の倉持さんは左打席に入る。
塁に出ることを意識しての選択か…
倉持さんはフォアボールで歩かせて、キャプテンに怒鳴られていた。
次の打者は小湊さんで、俺は帽子を少し上げる。
倉持さんは初球単独スチール。
キャプテンの送球も間に合わず成功して。
「やっぱり、足速いな…」
結局初回1点を取られ、向かえた4番結城さん。
結城さんをチェンジアップで抑え、チェンジ。
「熱くなってません?成宮さん」
「ま、仕方ねェだろ。つーか、お前は冷めすぎ」
頭を叩かれて痛いですと呟いて、ベンチに戻る。
「初回から何熱くなってんだ」
「そー見えた?点取られたくらいでムキになるワケないじゃん。別に無失点記録なんて狙ってないしね」
ケラケラと笑いながら言う成宮さんを横目に見る。
「取られたら取り返せばいい…それだけのことだよ。期待してるよ4番バッター」
「るせぇ!!」
あれでムキになってないなんて、よく言ったな…
ひくつく米神を見なかったことにしよう…
1回裏。
ベンチの一番前で降谷の打球を見つめる。
「……いつになく真剣じゃん」
後ろから成宮さんの声が聞こえて、なんて言おうかと言葉を探す。
「……俺を報われない馬鹿にしないで下さいよ」
何とか引っ張り出した俺の言葉に成宮さんは後ろから足を蹴った。
「痛いんですけど」
「うるさい。取り返せばいいんでしょ」
「そうですけど」
あ、神谷さん三振じゃん。
「……てかさ、エース様のために1点取り返してやろうって気持ちはないわけ?」
「え?」
「打率6割越えてる化け物のくせに」
打率6割?
あぁ、そう言われればそうかもしれない。
「……期待はしないでください、偶然です。神谷さん、どうでした?」
「打席で見るとボールの圧力ハンパない」
「へぇ…」
続く2人も三振で交代。
振り返れば不機嫌そうな顔をしていて、「またその顔」と多田野に言われていた。
1-0のまま迎えた3回の裏。
ベンチから出ようとした俺を監督が止めた。
「玖城」
「はい?」
監督に言われた言葉に俺はコクリと頷いて。
「わかりました。出来る限り、やってみます」
メットを深く被って口元を緩める。
「いいよね、あぁいう指示」
嫌いじゃない。
俺は打席の横で、数回屈伸をする。
「あれ、打つ気満々?」
捕手の眼鏡さん、もとい御幸さんがニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「1点リードされてますからね」
左打席に入って、投手を見る。
降谷、ねぇ…
1球目は見逃しでボール。
うわ、えげつないボール。
Leonardoのストレートとそう変わらないよな?
▽
「おい、いつまでファール続ける気だよ」
打席を見ながらカルロスが言う。
「これで、何回目?」
「14」
「アイツ、何狙ってんだよ」
左打席に入った玖城。
俺達はセーフティで無理矢理にでも塁に出るものだと思っていたのに。
アイツは1球目を見送りボール、2球目はバントの構えをしたがボール。
3球目はバントをしようとして失敗。
2ストライクを迎えた時、玖城の打ち方が変わった。
アイツがよくやるファールで粘って、打ち易いところで大きいのを狙う。
だが、それも違うようだった。
「絶対アイツ打てるだろ」
「つーか、完全にタイミング合ってんじゃん。あれで打てないような奴じゃないだろ」
打席の玖城は深く被ったメットに手を当てて、大きく息を吐いた。
降谷にも疲れが見えてきて、でも玖城は相変わらず冷めた顔で打席に立っていた。
最初のボールなどを含めて20球目。
降谷のボールはストライクゾーンを外れ、玖城はそれを見逃す。
「ボールファ!!」
審判の声が聞こえて、玖城はバットを転がして1塁に進んだが、次の打者でゲッツーを取られ交代となった。
「何だよ、あの重い球」
手を開閉しながらベンチに戻ろうとすれば眼鏡の人に呼び止められて。
「何が打つ気満々だよ」
「アンタが勝手に言ったんでしょ?さっさとくたばってもらいますよ」
ベンチに戻って、嫌と言うほど感じる視線を無視してグローブを取ろうとして目的のものが視界から消える。
「…お前、何狙ってたの?」
顔を上げれば成宮さんがグローブを持っていて。
「継投して試合を回すチームの弱点は次の投手の状態が万全じゃない可能性があることです」
「は?」
「降谷は見ての通り、調子良さそうですけど…体力はないみたいなんでさっさと削って次に出てきて貰おうかと。出来るだけ削って来いと監督に言われたんで」
手を伸ばせば成宮さんは眉を寄せて。
「アンタは、1人で投げ抜くんでしょ?だったら調子のいい奴には早々にご退場願って、不調な奴を引きずり出す」
「性格悪っ」
「勝つためなら何だってしますよ。…所詮馬鹿ですから」
彼の手からグローブを奪い横を通り過ぎる。
「疲れてるか?」
神谷さんの言葉を鼻で笑う。
「まさか」
「本当に体力底なしかよ」
手にはめたグローブを開閉しながらあ、と声をあげる。
「何だ?」
「やっぱり俺が塁に出た後。降谷の球威落ちてました。神谷さんが出たら流れは変わります」
「プレッシャーかけんなよ」
神谷さんは苦笑してそう言ったけど、俺の背中を叩いた。
「まぁまかせとけ」
「お任せしました」
俺はそれだけ言ってレフト位置に立つ。
「やっぱり、全然足りない」
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