6回のチェンジアップを主体とした投球。
先頭打者の倉持さんはアウト。
次の小湊さんも何とか打つが1塁へ走る途中怪我した方の足を地面に着いたときバランスを崩したように見えた。
「倉持さんは気づいてるのに無視してるのか…いや、それはないか」
3人目の伊佐敷さんもチェンジアップを何とか打つがライトフライ。
3アウトで交代。
「そろそろ限界でしょ、小湊さん」
俺は一人そう呟いてベンチに戻った。
6回の裏。
ヒットで出塁した主将を成宮さんがバントで送り。
山岡さんがフォアボールで1塁へ。
1アウト1、2塁。
「丹波さん、崩れてきましたね」
「これ狙ってたくせに何言ってんの、玖城」
「まぁ、狙ってましたけど。ここまで上手くいくとは思ってませんでしたよ」
バットを持ってベンチを出て。
まだ削るのか、と思いながら監督を見る。
「好きなように打って来い」
俺は小さく、口元を緩めた。
平井さんはセカンドライナー。
打席に入って、バットのヘッドで2回ベースを叩く。
狙い目は多分怪我をしてる小湊さんの2塁だけど。
倉持さんが怪我について気づいていないはずがない。
それでも交代させてないってことは、小湊さんの分も倉持さんがカバーする気でいるってことだから。
倉持さんの意識は2塁に向いてる。
そこから、導き出される答えは…
「三遊間!!」
初球から打って、三遊間を抜けたボール。
1塁を蹴って2塁に行こうとしたが聞こえた制止の声に足を止めた。
「…また降谷…」
レフトからのダイレクト返球。
5回に引き続き満塁。
次の打者、富士川さんのボールは二遊間方向へ。
小湊さんのグローブがボールを弾き、それを後ろから来ていた倉持さんが止めてアウト。
「スッゲェ…」
7回の表。
成宮さんのボールを結城さんが捉え、神谷さんを超えていく。
跳ねかえった時のことを考えて、そちらに駆け寄っていたが真っ直ぐボールを追いかけた神谷さんが壁を蹴りあげて、上体を浮かせたままそのボールを捕った。
「ナイスキャッチ、神谷さん」
「マジ、ファインプレーじゃね?」
「メジャーでも早々見れませんね、今のプレーは」
成宮さんはどこか不服そうだけど7回の表も無失点で抑えた。
「ナイスピー!!」
「おかげさんで!!神様仏様カルロス様!!」
「こんな黒い神様いないでしょ」
ボソッと俺が呟けば成宮さんは目を丸くして笑い出す。
「それ言えてる!!」
「オイコラ、お前らなに手組んでだよ」
「まさか。ナイスピーです、成宮さん」
成宮さんは「ん」とだけ言って、走って行く。
「何だよ、珍しいな」
「いえ、一応…表情硬かったんで。言わない方がよかったですか?」
「いや、言ってよかったんじゃね?少し嬉しそうだったし」
は?と首を傾げるが神谷さんは笑うだけで、ベンチに入っていった。
▽
7回裏。
マウンドの上で丹波さんが蹲った。
「肉離れや痙攣じゃねーみたいだな」
「足がつっただけだろ……」
ヒットで出塁した神谷さんを白河さんがバントで送って。
その直後だった。
この暑さだ。
それに負けている丹波さんからすればプレッシャーも半端ないだろう。
「交代はしないみたいですね」
「みたいだね」
試合を続行して。
吉沢さんを何とかアウトにして、打席にはキャプテン。
初球をキャプテンのバットが捉えるがファール。
足を引きずる様子からもう限界だろう。
そのあと3つボールをとって、次はわざとボールにした。
フォアボールでキャプテンが1塁へ。
「鳴とは勝負できるってこと?」
「いえ、違うみたいですよ」
眼鏡の人がタイムを取って。
そして告げられた選手交代。
マウンドに上がったのはあの1年だった。
「ナメられてる?俺、ナメられてる!?」
成宮さんが山岡さんにそう問いかけて。
顔は不機嫌そうだ。
「対左…鳴へのワンポイントかな?」
「いえ、違うと思いますよ。次の打席丹波さんに戻すことはできないでしょうし…降谷も投げれる状態だとは思えません。だからと言ってあのサイドスローの人が残りの回を投げ抜くことは不可能だと思います」
打席に行こうとする成宮さんを先輩が呼び止めて、渡したのはタイカップ型のアベレージヒッター用のバットだった。
あのうるさい奴のムービングに球威はない。
当たればスタンド運ぶこともできるだろう。
けど、成宮さんは三振。
イラついたように歯を噛みしめた。
俺は青道の打順を見つめて、眉を寄せる。
「おい、玖城」
「はい?」
「気になってることがあんなら、ちゃんと言っておけよ」
神谷さんはそう言って、笑う。
この人は時々鋭いから嫌だ。
「…成宮さん」
「なんだよ!!」
不機嫌そうな彼は凄い勢いで俺の方を振り返った。
「少し、聞いてもらってもいいですか」
「……さっさと、言え」
8回の表。
見るからに成宮さんは苛立っていた。
「マジでキレてんじゃねぇか」
「まぁ…三振ですからね」
「引きずらなきゃいいけど…」
打席にいるのは降谷。
カウント2-1で追い込むが、投球にはどこか力が入っていた。
そして4球目がライトへ飛ばされて。
「また打ちやがったよアイツ」
その次はあのうるさい奴。
絶妙なバントで1アウトで降谷を2塁へと送った。
そして、次の選手が初球を引っ張り1アウト1、3塁。
キャプテンがタイムを取って、内野陣がマウンドに集まった。
▽
「スクイズあるぞ!」
「わかってるよ!!顔近い!でかい!こわい!」
俺に顔を近づけて言った雅さんにそう言い返せば表情は不機嫌そうになる。
「でけーって何だよ!」
「でけーじゃん」
「あのー…」
伝令が少し困ったように口を開く。
「この場面1点は仕方ないそうです」
「ああ、わかってる。内野は中間守備、外野は前に出さず長打を警戒。無理をせずに取れるところでアウトをとっていこう」
監督もそう言ってましたと伝令が言って。
「2点のリードを有効に使えと…」
その伝令の内容に視線をずらす。
「何か不満でも?」
「別に!?教科書通りだな〜って思って!!」
「言っとくけどバッターだってプレッシャーはかかるんだよ。流石に向こうも1点欲しくて焦ってるでしょ」
だとしても6:4でと言いかけて言葉を止める。
「こっちは俺が投げてんじゃん。だったら8:2でこっちが有利じゃね?」
俺の言葉にみんなが黙る。
「ほらね!全然ピンチじゃねーし!さー散った散った」
マウンドに集まったみんなを手で払って。
「暑いんだからさー、さっさと終わらせようーぜ」
やっとみんな自分の守備に戻っていく。
「鳴、初球厳しく入るぞ!!それで向こうの出方を見る」
「だから、しつこい…「言わせろ、鳴。俺の役目だ」」
雅さんが真っ直ぐ俺を見て、俺は口を閉ざす。
「とにかく1点はいいからな。この回は1、2番で終わらせよう」
顔を背けて聞いていれば胸をグローブで叩かれて。
わかってるよ、と答えれば満足したのか戻っていった。
雅さんの指示を見ながら息を吐く。
ったく…
本当心配性なんだから雅さんは…
いつもより大きく鼓動を打った心臓。
蘇る甲子園第3回戦での暴投。
スクイズとわかっていたのに、犯したミス。
点差は2点ある。
ちゃんとわかってるよ。
あの時とは状況がまるで違う。
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