初球アウトコースのボール。
それらしい動きはなかった。
スクイズやるなら早くやれよ。
2球目。アウトローいっぱいのストライク。
どうせ普通にやっても打てる気しねぇんだろ?
ただでさえイラついてんのに、倉持を見てるともっとイラついてくる。
玖城と喧嘩したのはこいつが原因じゃん。
3球目、スクイズの動きを見せて。
行けたと思ったのに無理矢理バットにボールをあてられた。
けどこれで2ストライク。
だから言ったじゃん。8-2でこっちが有利だって…
1点は仕方ない場面!?
何だよそのネガティブな考え。
最初から点取られるつもりでマウンドに上がるような投手には…死んでもなりたくねぇ。
4球目スリーバント スクイズ――……
「このっ」
バットにボールが触れて、ランナーがホームに戻ってくる。
「くそっ!!」
「鳴!!次のバッターで「わーってるよっ!!!」」
球場に流れたアナウンス。
『2番セカンド小湊亮介君に代わりまして代打小湊春市君』
俺は眉を寄せて、7回が終わった後に玖城と話したことを思い出していた。
「少し、聞いてもらってもいいですか」
「…さっさと、言え」
アイツとは相変わらず視線は交わらなかった。
けど、声はいつになく真剣で。
「小湊亮介。あの人怪我してます」
「は?」
「ずっと隠してプレーしてましたけど限界っぽいです。だから、次の小湊さんの打席は代打で来ると思います」
思います、なんて言ってんのにその言葉には自信が滲み出ていた。
「だから、なんだよ」
「代打は多分、小湊春市っていう1年です。映像見る限り木製バットしか使ってません」
彼には、気を付けてくださいと玖城は言った。
「なんで?俺が打たれると思ってんの?」
「思ってはいないです。けど、小湊春市は打率10割です。気を付けてください」
…本当に出てきた。
1年で、木製バット…
そのバットへし折られてェのかぁぁ!!!?
ベース寄りに立っているそいつ。
雅さんはストライクはいらないと指示を出した。
「…わかってるよ」
無様に、のけ反れ!!!
▽
小湊春市。
彼がバットを振った瞬間嫌な予感がした。
少しだけ、前に進んで。
折れたバット。
打球はレフト前。
後わずかグローブが届かなくて、地面に落ちたボールを、3塁に送球するが間に合わなくて。
「どんまい、玖城」
「バット折れてなかったら絶対フライですよね、アレ」
「だな。それでも、よく追いついた」
追いついてもアウトじゃなきゃ意味ないですと言えば苦笑された。
2アウトランナー1、2塁。
次の伊佐敷さんをフォアボールで進める。
満塁で回ってきた結城さん。
この試合、4度目の対決。
ピンチってことか。
けど、マウンドにいる彼の背中はいつもより堂々として見えた。
そんな彼の後ろを守るみんなも表情は明るい。
「やっぱり、アンタはエースだよ」
俺はそう小さく呟いて口元を緩めた。
1球目、フォークでストライク。
バットは1球目から迷いなく振っているように見える。
2球目、成宮さんのボールをキャプテンが弾いた。
けど進もうとした3塁の走者を結城さんが手で制す。
こっちから見ても成宮さんは力が入りすぎてる。
それに、慎重になっている…と思う。
3球目、成宮さんはキャプテンの指示に首を横に振った。
1、2打席目はチェンジアップで三振にしたが、3打席目はストレートを完璧にとらえられていた。
神谷さんのファインプレーで失点はなかったけど…
3球目、ストレートで結城さんを追い込んだ。
球場を包む歓声。
続く4。5球目はファールで迎えた6球目。
投げたボールはチェンジアップで、結城さんの体勢は確かに崩した。
けど、バットがボールを捉えた。
2塁を超えて、センター前。
2、3塁にいた走者がホームに戻っていく。
成宮さんは後ろを振り返っていつもの通り2アウトーと声を出した。
次の打者の打球を神谷さんが取って3アウトチェンジ。
ベンチに戻った成宮さんはタオルを持って裏に入っていって。
「くそ!くそ、くそ!!ふざけんな!!!!」
聞こえてくる声に俺は眉を寄せる。
「ふざけんなよ、バカヤロォ!!!!!」
少しして、成宮さんが戻ってきた。
見るからに苛立ちを纏っていて。
「あーーー超スッキリした」
叫んだ言葉と表情がミスマッチすぎた。
「全然スッキリしてねーじゃん」
「いやした。今した!!逆に清々しい気分だね」
ドカッとベンチに座って腕を組む。
「まだ終わってねーし!負けてねーし!!」
「なんだ…意外と冷静じゃん」
もっと取り乱すと思ってたけど、と誰かが呟いた。
「ドリンクを「ん」……玖城…?」
彼の前に差し出した紙コップ。
驚いた顔をしたがそれを受け取った。
「…馬鹿にする気?」
「それはこっちのセリフです。自分で言っておいて捕れなかったし」
成宮さんは、じゃあお互い様!!と言って飲み物を飲んで。
「甲子園に行くのは、俺達だ」
小さく成宮さんは呟いた。
「知ってますよ、そんなこと」
成宮さんは俺を見て満足気に笑った。
8回の裏。
打席には山岡さん。
小湊亮介さんは小湊春市と交代をしていた。
山岡さんがボールを捉えて、レフト方向へ。
長打に定評がある山岡さんにしてはボールが詰められている気がした。
平井さんのバントは投手の接触ギリギリのプレーで止められ2塁はアウト。
平井さんが1塁で大き目のリードを取る。
打席に入って、バットのヘッドでベースを2回叩く。
眼鏡の人の牽制に負けず、平井さんは大きめのリードを取っている。
1球見てわかったことはリリースのタイミングがすごく掴みにくいこと。
球威はやっぱりないけど、これは多分当てるのがやっとかもしれない。
狙いは確実に来るインコース。
…来た、インコース。
振り抜いたバット。
だが途中でボールが折れた。
「ゲッツー!!3アウトチェンジ」
審判の声を聞きながら、バットを堅く握りしめる。
「チッ」
このタイミングでカットボール?
意図して?それとも、たまたま…?
いや、そんなことはどうでもいい。
「打てなかった」
くそっ、スゲェ悔しい。
「初めて見た。お前がアウトになるの。どうしたの?」
「…カットボールです」
「カットボール?」
バットを戻して、大きく息を吐く。
「データにはなかったボールです。凄い角度から抉られる感じ」
「あのバッテリー覚えたばかりの球をこの場面で使ってきたのか…」
「フン…たまたまいいところに決まっただけだろ?まぐれで甲子園行けるかよ」
成宮さんは玖城、と俺の名前を呼ぶ。
「切り替えろよ」
成宮さんはそれだけ言ってベンチを出ていく。
「…鳴なりの励ましだね」
「ま、うちのエースがあぁ言ってんだ。切り替えろ」
「はい」
←→
戻る