学校に戻れば優勝祝勝会の準備がされていた。
1年から3年まで全員で乾杯をして、馬鹿みたいに騒ぎながらその料理に箸を伸ばした。

「颯音、食べないの?」
「あぁ、食べるけど…ちょっとトイレ行ってくる」
「ん、いってらっしゃい」

1人、席を立ってグラウンドに向かう。
ポケットの中には携帯とあの紙切れ。

グラウンドのベンチに膝を抱えて座って、少しだけ欠けた月にその紙きれをかざす。

綺麗とは言えない字で11ケタの数字が並んだその紙。
これを俺に渡して、どうするつもりだったんだろう。

大きく息を吐き出してその紙をポケットにしまい直し、膝に顔を埋める。

勝てたことは素直に嬉しかった。
甲子園に行けことに、俺は胸を躍らせた。
けど、手の平が微かに震えたままだった。
あの場面が頭の中から消えずにいる。

それに、勝てたからと言って俺のプレーには問題だらけだった。
点数に繋がるヒットが今回はなかったし、なにより沢村のボールを打てなかった。

いつもは自分が打てなくてもチームが勝てばそれでよかったのに、心がすっきりしないのはなんでだろう。

「こういうの…なんか、久しぶりかもしれない…」

日本の野球って面白い。
今まで面白かった野球がまた、どんどん面白くなっていく。

戻らないと多田野が探しに来るかもしれない、と思いながらも戻る気にはなれなくて足を地面に降ろす。
もう少しだけここにいようなんて思った俺の頭に衝撃が走った。

「痛ッ!!?」

後頭部に手をあてて、振り返れば俺を見下ろす成宮さん。

「…何してんの、お前」
「外の空気吸ってた、だけです」
「…一切料理に手つけてないでしょ」

ん、と差し出された皿の上には唐揚げやピザが乗っていて。

「あ、の…?」

成宮さんは何も言わずに俺の隣に座る。

「試合終わってお腹空いてんでしょ。食べたら?」
「…どうも」

首を傾げながらも皿に乗ったピザを頬張る。

「最後に打てなかったこと、そんなに引きずってんの?」
「引きずってるわけではないと思うんですけどね。アイツに初めて会ったとき俺がお前に負けたとしてもチームが勝ったならそれでいい、なんて言ったのに…スゲェ悔しいなって」
「…チームの勝敗が大事って言うのも分かるけど。それも、普通じゃないの。俺も結城さんに打たれたのスゲェ悔しい。あと、あの1年」

だからそれは普通のこと、と成宮さんは言って皿の上の唐揚げを頬張った。

「小湊、春市ですか?」
「そ。ソイツ。木のバットで俺のボールレフト前まで運びやがって」
「忠告しておきながら俺も捕れなかったです」

捕ってればアウトでもっと簡単に勝てたのにねと馬鹿にするように成宮さんは言う。

「…そうですね。それは俺も思います」
「けど、ちゃんと勝ったよ。…少しは報われた?」
「はい」

なら、よかったと成宮さんは言って、気まずそうに目を逸らした。

「…あー…あのさ」
「なんですか?」
「…白河がデッドボールになった時…お前は顔色凄い悪くて、震えてたけど大丈夫…?」

凄く言いずらそうに成宮さんは言って、視線をこちらに向けた。

「なんで、気づいてんですか」
「いや、つい…見ちゃって…」
「目の前で、ああいうプレー見たの…久しぶりなんです。わざとじゃないってわかってるけど…。まぁ、もう平気ですけどね」

皿の上の唐揚げを頬張って、立ち上がる。

「すいません、俺もう寮に戻ります」
「……祝勝会抜け出す奴がどこにいんの」
「成宮さんだって抜け出してるじゃないですか」

それはそうだけど、と成宮さんは拗ねたように口をとがらせる。

「…向こうに戻れとは言わないから。…今日くらい、俺に付き合え」

俺の服の裾を掴んだ成宮さんが、顔を逸らす。
月に照らされた彼の頬は微かに紅くなっているように見えた。

「……みんなと騒いでくればいいのに」
「いいからっ!!今日大活躍のエース様の命令だかんね。ちょっとは労われ」

こんなことを言われたら帰れなくて、また成宮さんの隣に腰を下ろす。

「俺といるよりみんなといた方が楽しくないですか?折角勝ったのに」
「いいのっ!!戻ると泣いたことからかわれるだけだし。あ、お前も笑う?」
「笑いませんよ。笑うようなことじゃないでしょ」

そっかと成宮さんは言って笑って、でもすぐに何か思い出したのか「あ、」と声をあげた。

「俺達の方が強かったからね!!」
「何がですか?」
「青道より俺達の方が強かった!!」

そうですね、と首を傾げながら言えばそうじゃなくて!!と声を荒げる。

「青道になんかに行くなよ」
「は?また、それですか?」
「大事な事!!日本一になるチームにいた方が絶対いいから。だから、行くな」

…この間も思ったけど、何がどうしてこんな話になってるんだろう。

「…俺がどこかに行くとしたら、ちゃんとこの学校のデータは残して行きますから」

俺の言葉に成宮さんはガタッと音をさせて立ちあがった。

「違う!!」
「は?」
「違うんだってば。そうじゃなくて…そうじゃなくて!!」

捕まれた右手と成宮さんを交互に見て、首を傾げた。

「成宮さん?」

まただ。
嫌悪じゃない、他の感情が掴まれた腕から伝わってくる。
けど、確かに俺はこの人に嫌われているはずで…
見上げた成宮さんの顔は辛そうに歪められていた。

「…なんで、そんな顔してんですか?」
「お前が、わかってないから」
「成宮さんが俺のこと嫌いだってことはわかってますよ」

だから、違うんだってば!!と声を荒げて、顔を俯かせた。

「…玖城?」
「はい?」
「お前、震えてんの…?」

成宮さんは掴んでいた手をゆっくりと開いて、俺の手を見つめた。

「な、んで…」
「あー…気のせいですよ」

ぎゅっと手を握ってそう言えば嘘つくな、と言われた。

「お前が珍しく落ち込んでたのって打てなかったからじゃないの?」
「それはさっき言った通りですけど」
「じゃあなんで、震えてんの?デッドボール?平気って言わなかった?」

成宮さんは俺の反応を見て、デッドボールなんだねと確認するように言った。

「お前がデッドボールだったこと?」
「自分のことは別に…」
「じゃあ白河だよね?あの場でお前があんな状態になるのはわかるけど。別に異常なんてなかったじゃん。なんで今も震えてんの?」

真っ直ぐ俺を見つめて問いかけた彼に俺は視線を逸らす。

「…答えて」
「嫌です」
「なんで?また、隠すわけ?」

俺の腕を成宮さんがまた掴んだ。

「逃げるのはなし」

掴まれた腕を視界の端に映して、小さく息を吐く。
握りしめていた手をゆっくりと開く。

「俺が、初めて…」

声が震えた。

「怪我をさせたのも…打者へのデッドボールでした」
「え…」
「今回、沢村がしたのと同じでプレー中の事故、でしたけどね…」

成宮さんは何も言わずに俺の腕を離した。
自由になった震える手を隠すように反対の手を重ねて目を閉じる。
あの光景は今も瞼に鮮明に焼き付いている。

「トラウマ、ってやつですね」
「治るの?」
「トラウマは治らないんじゃないですか?まぁ、落ち着けば震えは止まります」

立ちあがっていた成宮さんはまた隣に腰を下ろした。

「…みんなには、言わないでおく」
「ありがとうございます」

目を開ければあの光景は途切れて、震える自分の手が見える。

「…故意じゃないなら、気にしなければいいのに」
「そうも、いかないんですよ。腕とか体ならこんな風にはならない。頭だから、ダメなんですよ。人の生死に関係するから」
「そっか…」

2人の間に沈黙が流れて、食堂から騒がしい声が聞こえる。
その沈黙が少し居心地が悪かった。

「…玖城」
「何ですか?」
「俺…お前のことき「お前らいつまでイチャついてんだーっ!!!」は!?」

成宮さんは後ろを振り返って、つられて俺も後ろを振り返る。
今声をかけた吉沢さんだけじゃない。
平井さんもキャプテンも白河さんも神谷さんもいて。

「イチャついてないしっ!!!何言ってんの!?吉さん!!!」
「必死だね、鳴」
「翼クンまで酷いっ!!」

成宮さんは彼らの元に走って行く。
俺はその姿に苦笑して、視線をグラウンドに戻した。

「玖城、戻らないの?」
「俺はいいです」
「そう言わずに戻るぞ」

神谷さんが腕を掴んで無理矢理引っ張っていく。
その横を白河さんが歩いて。

「今日くらいは付き合ってあげなよ」
「……わかりました」
「おら、行くぞー」

先輩達に文句を言っている成宮さんお背中を見つめて首を傾げる。

「…さっきなんて言おうとしたんだろう?」

お前のことき…?
きってなに?

「…わかんねぇ…」



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