初戦。
途中成宮さんから井口さんへ交代があったが無失点。
7-0で勝利を収めた。
成宮さんはびっくりするくらい不機嫌そうだったけど。

2回戦も成宮さんから井口さんへの継投。
無失点記録は継続中。

3回戦の相手は西邦。
高校通算67本の怪物スラッガーがいるチームと話題になっていた。

ヒットは出るも点数に繋がらず。
0-0で迎えた8回。
キャプテンのタイムリーで2点先制。

チェンジアップも低く投げ込めるようになったようで、2-0で準々決勝進出を決めた。


俺はライトとレフトに入ることはあったし、打席にも立ったけどそれほど甲子園と言う場所に特別さを感じない。
正直青道の方が強かったんじゃないか、と思うところもある。

そして、迎えた準々決勝も初の失点を許すも勝利を収めた。

新聞に載った鳴ちゃんフィーバーという言葉に眉を寄せる。
鳴ちゃんフィーバーってなんか、うん。
なんだろう、ぞっとする。

「ね、颯音」
「なに?」
「どう?甲子園の舞台に立ってみて」

多田野の問いかけに首を傾げる。

「別に」
「なにそれ。緊張…はしないか。けど、ほらなんかないの?」
「無茶言うなよ」

俺試合出ないのにスゲェ緊張してんだけど、と言う多田野に苦笑する。

「思ったことがあるとすれば、これが甲子園か…くらいかな」
「冷めすぎ」
「そんなことないと思うけど…」

高校球児が皆、目指す甲子園という舞台。
高く遠いその舞台に今自分がいて。
日本の野球をこの目で見ているわけで。
高揚感や緊張以上に、この目に焼き付けようと必死になっている気がする。

「玖城」
「はい?」
「監督が呼んでる」

白河さんの言葉に頷いて、監督のもとに行く。

「準決勝。成宮が失点をしたらお前と交代する」
「…決勝への、温存ですか?」
「あぁ。準備は怠るなよ」

わかりました、と答えて。
部屋に戻れば成宮さん達が騒いでいて、呆れ顔のキャプテン。

「何だった?」
「別に。何でこんな騒いでるの?」
「さぁ?」

まぁ、いつものことかと心の中で結論付ける。

「俺、部屋に戻ってるから。何かあったら呼んでくれるか?」
「うん」
「サンキュ」





準決勝。
初回に2失点で俺はベンチに下げられた。

「なんでですか!?」
「明日への温存だ」

俺の代わりにマウンドには玖城が立っていた。

「アイツに甲子園はまだ早いのに…」

頬を膨らませて言ってみても監督はガン無視で、溜息をつく。

「颯音なら大丈夫ですよ、きっと」
「樹は甲子園の怖さを知らないからそんなこと言えるんだよ」


マウンドの上にいる玖城は見る限りいつも通りで、グローブは左手にはめられていた。

玖城の交代のアナウンスが聞こえた時俺には負けるけど随分と大きな歓声が球場を包んだ。

投げ始めた玖城を見て、感じた違和感。

「なんか変じゃない?玖城」
「…やっぱり、そうですか?」

樹も気づいていたのか眉を寄せる。

「緊張してるってこと?」
「緊張するような奴じゃないですよ」
「じゃあ…」

投球のテンポが速い。
球威、球速はいつもよりある気がするけど、コントロールはいつも通り。

投球が悪いわけじゃない。
それでも、おかしい。
いつもと違うのだ。

三振を取って、ベンチに戻ってくる玖城に雅さんが駆け寄っていく。

「おい、どうした?」

雅さんも違和感に気づいていたらしい。
その問いかけに玖城が首を傾げる。

「何がですか?」
「いつもよりテンポが速い。投球自体は悪くねェけど…」

雅さんの言葉に玖城は自分の右手を見つめる。

「緊張してるか?」
「いえ、別に。いつもより、投げやすいなとは思いましたけど」
「は?」

投げやすいって…
普通緊張して体堅くなったりするもんでしょ?

「強がんなくても怒んないけど」

俺の言葉にやっぱり玖城は首を傾げる。

「何がですか?」
「何がってお前…」

相変わらず視線は交わらないけど玖城はどこか楽しそうに目を細めた。
初めて見た表情に俺は口を開いたまま固まる。

「心配しなくても、ちゃんと勝ちますよ?」
「そ、そんなこと言ってるんじゃなくて!!」

言葉にしようにもなんて言えばいいかわからなくてベンチに腰かける彼を見ながら首を傾げる。
マウンドに戻っていく彼を見ながら樹に視線を向ける。

「……なんなの?」
「さ、さぁ?」


途中、2失点をするも取られた点は自分で取り返すと言わんばかりのヒットを打って。
2人をホームに帰し、その後自分もホームに戻ってきた。

「取られた点は取りかえす、だね」
「まぁ、取られちゃったものは取られちゃってるんだけどな…」

樹と会話をしてる感じもいつも通りのような気がする。

「玖城。あと2回。気を引き締めろよ」
「はい」

玖城は白河やカルロスに話しかけながらマウンドに向かって行く。
マウンドに上がると空を仰いだ。

「どうしたんですかね、颯音」
「本当だよ。何なの?」
「…よく、わかんないですけど…楽しそうですよね」

確かに。
玖城はなんだか楽しそうだ。
いつもは見せない、あの目を細めた表情。

心の中に、少しだけ違和感が残った。

結局7-4で決勝進出を決めた。

皆に絡まれている玖城は珍しく嬉しそうに笑っていた。





「お疲れ」
「お疲れ様です」

初登板で2失点。
お世辞にもいいとは言えない結果だった。

「お前、マジで今日どうした?」
「なにがですか?」
「らしくないなって思った」

神谷さんと白河さんの言葉に首を傾げる。

「キャプテンと成宮さんにも言われましたけど…」
「自覚がないの…?」
「別に、いつも通りですよ」

ただ、と口を閉ざしてからマウンドに視線を戻す。

「あの緊張感と歓声と熱気…なんかいいなぁって」
「は?」
「ただ、それだけです」

俺はそれだけ言った。
2人は顔を見合わせて首を傾げる。

「やっぱり、変…」
「だよな?」

2人の言葉を聞き流して俺は帰る準備を始めた。

なんだか、昔に戻ったみたいだった。

もう一度マウンドに視線を向けて、口元を緩めた。



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