その日の夜。
明後日に決勝を控えて、みんなどこか浮き足立っていた。

最初、トランプをしようだとか言って騒ぐ皆を見ていたが俺は1人部屋を出る。
手にはあの紙切れ。
正直まだかけていいのかわからないけど、気にし続けるのもなんだか億劫だったし。
あの空間にいるのに少し、抵抗があった。

旅館の裏にあるベンチに座って、携帯でその番号に電話をかける。

電子音が聞こえて、それが途切れる。

『もしもし?』
「え…」

聞こえた声は倉持さんのものではなくて。

「倉持さんじゃ…ない?」
『倉持?もっちー先輩?知り合い?』
「あ、うん」

この声…沢村?

「倉持さんから、この番号貰って…」
『げ、マジで?勝手なことをッ!!俺の携帯だぞ!!?』
「倉持さんのじゃないの?」

俺のだ、と彼が言って。
まぁ仕方ねェなと大袈裟な溜息をついた。

『もっちー先輩に代わればいいか?』
「あ、できれば」
『わかった、ちょっと待ってろよ。もっちーせんぱーい』

電話越しで叫ぶなよって言葉を飲み込んで、電話を少し耳から離す。

『うっせーよっ!!』
『痛い!!蹴らないでくださいよっ!!電話ですよ!!』
『は?俺に?』

驚いた声が聞こえて、電話を彼が受け取ったようだ。

『もしもし?』
「人に番号渡しておいて忘れてたんですか?」
『え?あぁ…かけてくるとは思わなかった。沢村、電話借りるわ』

ちゃんと返してくださいよーと沢村が言って、倉持さんは歩き出したようだ。

『明後日、決勝だろ?』
「はい」
『いいのかよ、電話なんてかけてて』

別に平気ですと、言えば彼の周りにあった騒がしさが消える。

『見たぜ、お前が登板した今日の試合』
「恥ずかしい試合ですみません」
『まぁ2失点だもんな。けど、お前らしかった』

変と言われたり俺らしいと言われたり…
今日は本当によくわからない。

「どういう意味ですか?」
『Joker’sにいるときのお前の投球っぽかったんだよ。テンポとか表情とか』
「まぁ、あの雰囲気。Joker’sの試合の時に似てましたね。けどまだまだ歓声も緊張感も足りないですけど」

そりゃお前だけだと彼は言っていつもみたいに笑った。

『お前らしいって言っても…昔の方が良い投球してた』
「そうですか?」
『今のお前、全力じゃねェし。全力に出せる環境じゃねぇんだろ?』
「そんなつもりはないですけど…」
『お前がそう思ってるだけでファンとかチームメイトが見たら絶対怒るぜ?』

倉持さんの言葉に浮かんだ映像に眉を寄せる。

「…Leonardoにぶん殴られそうで嫌ですね」
『本当に仲悪いんだな。……けどまぁ、そういうことじゃね?』
「え?」

結局お前には物足りねぇんだよ、と倉持さんは言った。

『お前はそこにいるべきじゃない。お前には狭すぎんだろ…ここは』
「倉持さんは俺を高く評価しすぎですよ」
『高く評価せざるを得ないだろ。俺はお前をずっと応援してたんだぜ?』

今のプレーで満足できるかよ、と彼は言った。

「初耳です」
『こんな恥ずかしいこと普通言うわけねぇだろ!!』
「……けど、なんか…嬉しいっすね」

くすっと笑えば倉持さんは電話の向こうで舌打ちをする。

『あー…言わなきゃよかった』
「……今の俺は…ダメですか?」
『あぁ、ダメダメだな』

ハッキリと言われた言葉に苦笑して。
両膝を抱えて、空を仰ぐ。

『何で…日本に来た?』
「両親の仕事の関係で」
『お前らってルームシェアじゃなかったか?』

何でそこまで知ってんですか、と言えばネットに載ってたと彼は答えた。

『わざわざお前まで一緒に来る必要なんかなかっただろ?』
「…見てみたかったんですよ、日本の野球。ラフプレーもほとんどなくて、それなのに強いから」
『…だったら、もう嫌と言うほど見ただろ。お前はこの夏どのチームより多く試合をするんだ。日本の高校野球の頂上を明後日見る』

もう、満足だろと彼が言った。
俺は目を閉じて、息を吐き出す。

『帰れ。お前は…ここにいるべきじゃねェよ』
「酷いことばっかりいますね」
『…ファン全員の気持ちを代弁してんだよ』

ここにいるべきじゃない…か。

『それに成宮と、折り合いはついたのかよ?』
「いえ…逆に倉持さんと喋った後口論になりました。信頼されてないってこと改めて思い知らされちゃいましたよ」
『…だったら…』

俺は閉じていた目を開く。
見える夜空に、少しだけ胸が痛んだ。

「俺わかったんですよ」
『なにが?』
「俺…怖いんです」

胸のあたりのシャツをぎゅっと握りしめる。

「嫌われることよりも…信頼されないことが怖い」
『…玖城…』
「確かに…今、信頼されてないし嫌われてるけど…。もしかしたら、甲子園が終わったら成宮さんは俺を信頼してくれるんじゃないかって…少しだけ、思ってるんです」

正直、帰った方が良い気もする。
もう日本の野球はわかったから。
それでも、そう決められないのは…なんでだろう。

『玖城…お前『なに、玖城と電話してんの?』は?御幸!!?ちょ、おい電話返せ!!』

御幸って言った?
御幸ってあの眼鏡の人…?

『もっしもーし、玖城君?御幸一也です。わかる?』
「はい…一応」
『いやー、本当に倉持と仲良いんだね』

御幸さんの声はどこか楽しそうだった。

『オイコラ、返せ!!』
『いいだろ、少しだけ。話したいことがあんだよ』
「なんですか?」
『お前、青道に来ない?』

御幸さんの発した言葉に俺は肩を揺らす。

成宮さんの意味の解らなかった発言が頭の中で1本の線でつながった気がした。

「アンタが、言ったんですか?成宮さんに」
『え?あぁ、お前が欲しいって言ったよ。だって、鳴には嫌われてるみたいだし…お前みたいな選手欲しがるのは普通だろ?』
『やめろ御幸!!』

なんでだよ、と電話の向こうで御幸さんと倉持さんが話している。

『お前も玖城のこと気に入ってんじゃん』
『確かに、そうだけど。玖城はこんなとこにいるべきじゃねェんだよ』
『だから、青道に…『違う!!玖城は日本になんかいるべきじゃねェんだよ。アイツを待ってる奴らが山のようにいるんだ』…どういうこと?』

倉持さんが強引に電話を奪ったようだった。

『悪い、気にすんなよ』
「あぁ、はい」
『決勝終わったらまたかけてくれ』

分かりましたと答えて、視線を前に向けた時見えた姿に携帯を落としそうになった。

『それと、亮さんの怪我のこと。教えてくれてサンキュ』
「…それを、容赦なく狙いましたけど…」
『あの三遊間だろ?まぁ、その話とさっきの話の続きはお前の試合が終わってから。電話じゃ面倒だし適当のどっかで会おうぜ』

はい、と答えて電話が切れる。
キョロキョロと周りを見渡していた成宮さんがこちらに気づいて駆け寄ってくる。

「…なにしてんの?」
「電話、ですけど」
「またレオナルド?」

レオナルド以外とだってしますよって言えばふぅんと興味なさげに返事をした。

「どうかしたんですか?」
「お前、今日変だった」
「…そればっかりですね」

Joker’sの頃の俺を知ってる人からしたら俺らしいと言われ、知らない人には変と言われ。
俺は知らず知らずのうちに自分の力をセーブしていたのかもしれない。
だからこそ、倉持さんは俺に帰れと言うんだろう。

「…ねぇ、成宮さん」
「なんだよ」
「……俺を、信頼してくれませんか?」

成宮さんはピシッと固まった。

「嫌いでもいいです。それでも、力だけでも信頼してくれませんか?」

信頼してくれたらなにか分かるかもしれない。
俺がここにいようとする理由が。

「……するわけ、ないじゃん。お前のことなんて」

目を逸らしながら成宮さんは言った。

「…そうですか、残念です」

わからない。
けど、確かに…俺の胸がキリキリと痛んだ。

あぁ、怖い。
信頼されないことは…こんなにも辛く怖いことだった。





残念ですと言って微笑んだ玖城は凄く辛そうだった。
こんなこと言いたいわけじゃない。
嫌いじゃないし、ちゃんと信頼してる。
力だけじゃなくて、ちゃんと…

それでも、初めにあんな態度を取った手前、言いにくくて。
それに信頼してることを告げた後に、彼を失ったら…
もし玖城が青道に行ったらって考えると伝えられなくて。

「あーもうっ!!」

玖城がいなくなった後1人大声で叫んだ。
手を伸ばせばきっと届くのに。
もしもって考えたら怖い。

「…やっぱり、遠いんだってば…」



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