8月20日、夜。
甲子園の決勝を明日に控え、旅館の外からは歓声が聞こえていた。
建物を囲むように人がいるらしく、外出は禁止と先ほど連絡があった。
「外見て見ろよ。こんな時間なのにまだ来てんぞ」
「囲まれてんじゃねーか?」
先輩達のそんな声を聞きながら、頬杖をついて窓の外を見つめる。
成宮さんが外にいる人に手を振ったようで怒られていた。
「手ェ振ってんじゃねぇ!!」
「馬鹿か!!」
成宮さんが手を振ったことで、外の声はより一層大きくなる。
「騒がれるの好きだからねー」
「坊やだからな…」
テレビには甲子園のニュースが流れる。
アナウンサーの声は成宮さんの名前を呼んで。
画面にも彼ばかりが映っているようだ。
「お前ばっかじゃねーかよ!!」
吉沢さんの言葉に成宮さんが満足気な顔をしして笑う。
「んだ、その顔!!」
「おい、鳴。いつまで起きてんだ」
また言い合いが始まりそうになって、それを止めたのは原田さんの声。
満足気な成宮さんは原田さんの方に視線を向ける。
「明日に備えてもう寝ろ!!連投になるんだからよ」
「まだ8時前だよ。寝れるわけないじゃん」
成宮さんは不服そうに唇を尖らせる。
「だから身体を休めとけって言ってんだよ!」
「つまんね〜今日でこの宿舎最後なんだよ」
言い合いをする2人の声を聞きながら視線は窓の外に戻す。
「先輩達本当甲子園来ても変わんねーな」
「こっちは何かずっと夢の中でフワフワしてるみてーだってのに!」
「な!毎日スゲェ客は入ってるし。相手も名だたるチームばっかだし」
1年の2人もどこか声を弾ませていて。
窓の外の人達は帰る素振りは全くない。
この雰囲気が自分がJoker’sにいた時と被る気がして、少し懐かしくなる。
「しかも決勝だぞ!」
「あと1つで全国制覇だぞ!!?」
全国制覇…ねぇ…
俺達の決勝の前日もこんな風にうるさかった。
まぁ、アイツらは時間とか関係なくうるさい奴らだったけど…
「なのにさ…何かさこの人たちと一緒にいると…ここまで来て当たり前って気にもなるんだよな」
「試合出てない俺達より体はずっと疲れているはずなのに」
「やってくれるさ!このチームが負けるとこなんて想像できないもん。な、颯音?」
突然名前を呼ばれて、首を傾げながら振り返る。
「え?なに?なんか言った?」
「聞いてなかったの?」
「あぁ、悪い。聞いてたけど頭に入ってなかったみたい」
そう言って苦笑すれば多田野が珍しいなって笑った。
「どうかした?」
「いや、別に。なに?」
「このチームが負けるとこ想像できないって話」
多田野の言葉にあぁ、と答えて。
「あ〜も〜雅さんがうるせーから寝ようかな!」
「寝ろ寝ろ!!泥のように寝ろ!!」
「……多分」
2人の言い合いを聞いて最後に自信なさげに付け加えた彼に俺は口元を緩めて、窓の外に視線を戻す。
「…今更自信なくすなよ」
「いや、だって…」
「いつもこんなだろ」
部屋から出ていこうとする成宮さんが「あ」と声を出して立ち止まるのが窓ガラスに映って見える。
小さな声でそーだ、これ言わなきゃと言いながら頭をかく。
「井口さん」
井口さんはシュ?と首を傾げた。
「さすがのこんだけ猛暑が続くとね。俺1人じゃここまでは来れなかったっす…本当助かりました!!」
どこか照れた様子で成宮さんが言葉を続ける。
「吉さんも翼くんもやっぱ後ろにいてくれるだけで安心感あるし…今年のチームは最強のメンバーじゃないかなって」
成宮さんは振り返って一瞬だけ頭を下げた。
それにみんな驚いていて。
「雅さん!!獲るよ頂上!!」
指を立ててそう言えばキャプテンは迷うことなくその言葉に応えた。
「当たり前だ!ここまで来て譲れるか!!」
2人の口元は弧を描く。
「つーか、鳴。もう1人礼を言い忘れてんじゃね?」
「え?」
「玖城には言わないのかよ」
吉沢さんの言葉に成宮さんは固まって。
俺は小さく息を吐いて立ち上がる。
「…俺には、必要ないですよ」
「え。あ…」
「馬鹿はもう、報われましたから」
彼にそう言って微笑めばわずかに肩が震えた。
わざとらしく欠伸をしてドアに向かって歩く。
「俺も、お先に失礼します」
「お、おう。お前もちゃんと休めよ」
「…はい」
成宮さんの横を通り過ぎる時交わった視線。
「…玖城…」
「おやすみなさい」
「あ、うん…おやすみ」
1人で部屋を出ていけば、首を寝違えるなとかいう声が成宮さんに投げかけられていて。
成宮さんはそれを無視しておやすみ、と声をかけてからパタパタと音をさせて俺を追いかけてきた。
「玖城!!」
「…なんですか?」
「あ、のさ…」
成宮さんは俯いて、俺は首を傾げる。
「…か、感謝…してないわけじゃない」
「……そうですか」
「う、うん。それだけ!!それだけだからなっ!?勘違いはすんなよ」
びしっと俺を指差して成宮さんはそう言って足早に部屋に向かって行く。
「成宮さん」
「な、なに…?」
「……昨日は変なこと言ってすみませんでした。気にしないでくださいね」
成宮さんは足を止めてこちらをゆっくりと振り返る。
「…ありがとうございました」
「何が?」
「ここまで、連れてきてくれて。明日も…頑張ってください」
俺はそれだけ言って歩き出す。
「ちょ、おい玖城!!」
「早く寝てくださいね」
自室のドアを開けて彼の方を見ながらそう言えば成宮さんは不服そうに眉を寄せていた。
「おやすみなさい」
「話聞けよ、馬鹿!!」
成宮さんの声を聞きながら、パタンとドアが閉じる。
真っ暗な部屋の中、大きなため息をついてベッドに横になった。
「甲子園が明日で、終わる…」
枕元の携帯を開いて、昨日送られてきたメールを見つめる。
「……今日は電話してこないって言ってたし…」
アイツらの声を聞かない日は何か、少し…物足りなさがあった。
目を閉じて、腕で隠す。
甲子園の後どうするか、と心の中で呟いてもう一度溜息をつく。
「明日で…終わるんだな…」
▽
「颯音、あれ?寝てんの?」
部屋の電気をつければ、目を腕で隠してベッドに横になっている颯音がいた。
声をかけても返事はなくて。
彼のベッドの横には携帯が落ちていた。
それを拾えば、間違えてボタンを押したのか画面が付いた。
そこに書かれた英語。
長い文章の下の方。
俺にも訳せるくらい簡単な文章があった。
「え…」
俺は颯音を見て、もう1度その画面に視線を戻した。
「……早く、ニューヨークに帰って来い…」
画面には確かにそう書かれていた。
「…颯音…?」
見てはいけないものを、見た気がしてその携帯を枕元に戻す。
「……ニューヨークに…帰るの?」
颯音には隠し事は多いと思う。
自分のことはあまり話したがらないから、無理に聞くのも悪くて聞いたことはなかった。
嫌な思いをさせたくないし、嫌われたくはなかったから。
けど、これは…
「…知っちゃいけなかった気がする」
触れちゃいけない、大きな何かに触れてしまった気がした。
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