負けた。
延長14回まで成宮さんは一人で投げ抜いたけど。
俺達は、負けた。

マウンドの上で泣き崩れる成宮さんの背中を俺はただぼんやりと見つめていた。
3年の先輩も、2年の先輩も1年も応援に来ていた人も涙を流していて。

けど、誰よりも悔しそうに泣いていたのは成宮さんだった。
その背中にある1という数字が、凄く大きく見える。

「なんでだろう…」

凄い、悔しい。
負けるのは好きじゃない。
ここまで来たら勝ちたかった。
頂上を見たかった。
スゲェ、悔しいのに…なんでか…

「泣けない…」

あと一歩届かなかった。
準優勝でもよくやった。
そんな声が耳に届いたけど。

「準優勝って言ったって…結局ただの敗者じゃん」

涙を隠すこともせずふらふらと立ち上がった成宮さんの肩をキャプテンが叩いて、酷く優しい顔をしていた。

整列が終わってからもみんな泣き続けていた。
甲子園の砂を泣きながら持ち帰る先輩達の姿を見つめる自分が、どこか遠くにいる気分だった。

彼らと一線を引いて後ろから見ているような。
そんな感じ。

「…颯音っ…」

俺に抱き着いた多田野の頭をポンポンと撫でながら、俺はじっとグラウンドを見つめていた。

「勝つと、思ってた。先輩達が負けるなんて…」
「…そうだな」

何人もの泣き声が俺を包むようなそんな感覚。
多田野を撫でていた手が止まる。

「そういう、ことか…」

キャプテンに縋りついて泣いている成宮さんを見ながらなんとなく、俺の中で糸が繋がる。
俺がここにいようとする理由。
俺がニューヨークに帰るって選択肢を自分の中に作ろうとしない理由。
やっと、分かった。

「颯音…なんで、泣かないんだよ」

男泣きする多田野が俺を見上げる。
涙に濡れた目尻を撫でて苦笑した。

「…悔しすぎて、泣けない」
「颯音…」
「もっと、打てばよかった。1本でも多くホームランを打てばよかった」

本気を、出せていればよかった。
そしたらきっと…この人たちは笑っていたんだろう。
変わることのない過去を嘆いたって意味なんてないけど、それでも今だけは嘆くことしか出来なかった。

「勝ちたかった」
「うんっ」

多田野の目からはまた涙が零れてきた。
けどやっぱり、俺は泣くことはできなかった。

多田野の頭を撫でながら、俺は目を閉じた。

「……勝ちたかったよ、本当に」
「っうん…」

応援してくれた人たちに頭を下げる。
歓声と拍手のなか、やっぱり泣き声が耳に聞こえた。

多田野はまだ俺の腕に縋りつきながら泣いていた。

「……俺達には、次がある」
「うん…」
「今度はお前が…成宮さんの相棒になるんだよ」

分かってる、と彼は言った。

「泣きやんで、前向くしかないよ」
「……うん」
「下向いても、なんにもないからな」

けど、今だけは泣いていいと思うって言えば多田野はコクリと頷いた。

「…泣かないんだな、お前」

涙を拭った神谷さんが俺を見て言った。

「…悔しすぎて泣けないんですよ」
「そうか」
「悔しいっすね、本当に」

そうだな、と彼は答えて。

「けど、俺達よりもずっと…」
「先輩達の方が悔しいですよね」
「あぁ…」

多田野も涙を拭って、顔を上げる。

「…もう、いいのか?」
「うん。泣いて、らんない…気がしてきた」
「そうだな」

真っ赤に染まった多田野の目に俺は苦笑して、濡れる目尻をさっきと同じように拭う。

「颯音」
「何?」
「……一緒に、来年は…一緒に、甲子園行きたい」

多田野の言葉に俺は、少し戸惑ってからそうだなと答えた。

「また、ここに…」
「うん」
「次こそは…1位に…」

あぁ、と俺は言って多田野の頭を撫でた。

次…こそは…。
来年こそは…か…。





バスの中、俺は泣きやむことはできなくて。
何度も何度も涙を拭う。
今年で最後だった。
雅さんと、この最強のメンバーで全国制覇が出来るのは今年で最後だったのに。

雅さんが記者の前で言ったありがとうという言葉は俺の心に深く突き刺さる。
俺が、打たれなければ。
勝って、ありがとうって言わせたかったのに。

ずっと迷惑かけてきたから。
俺にはそれくらいしか返せなかったのに…。

エースとして、力が足りなかった?
そんなはずない。
だって、俺は勝つためにずっと頑張ってきたから。

悔しいなんて言葉じゃ表せない心の痛みに唇を噛む。

そんな俺の頭にふわりとかけられた何か。
握りしめていた手を開いてそれに触れれば柔らかいタオルで。
横を見れば玖城は何も言わずに俺の横を通り過ぎる。

「な、んだよ…」

そのタオルをぎゅっと握りしめて、濡れた顔を押し付ける。

「くそっ…あと、少しだったのに…」

涙の止め方は、もうわからなかった。

「勝ち、たかった…」

あと一歩、届かない。
その一歩が酷く大きくて。

やっぱり、涙は止まらなかった。



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