「さぁて、腹ごしらえもしたし…どこ行く?夕方まで帰らねェって電話で言ってたよな?」
「まぁ、まずはスポーツショップ、ですかね」
「そういや俺も新しいスパイク欲しいんだよな…」

2人で近くの大型スポーツショップに行って。

「そういやさ」
「はい?」

スパイクを見ながら倉持さんは口を開く。

「御幸が悪かったな」
「あぁ…あれ…」
「御幸は本気みてぇだけどな。Joker'sのことは隠したから心配すんなよ」

青道に来い、そんな彼の言葉が頭に流れて溜息をつく。

「あの眼鏡が余計な事成宮さん言わなければ、あの日成宮さんと口論になることもなかったのに」
「…悪いな。アイツ性格最悪だから」
「まぁ…そうだろうと思いましたけど」

青道には、行きませんよと言えば倉持さんはわかってるよと笑った。

「一緒にプレーしてみてぇとは思うけどな」
「俺も倉持さんとはしてみたいですけど」
「ヒャハッそりゃどうも」

一緒にプレーするならもっと大きなところでしましょう、なんて言えば軽く蹴られた。

「…痛いです」
「今の言葉忘れんなよ」
「え?…はい」

俺は口元を緩めて頷いた。

「そういえば…小湊さんの怪我大丈夫でしたか?」
「おう。もう引退しちまったけどな」
「…そう、ですか…。一度ちゃんと話してみたかったです」

亮さんも同じこと言ってたよ、と倉持さんは言ってこちらを見た。

「感謝してる」
「え?」
「怪我教えてくれたことも、怪我してるってわかってて本気で戦ってくれたこと」

手抜かれたって知ったらあの人どうなったことか、と倉持さんは苦笑していた。

「あの三遊間は俺のミス。間違いなく亮さんに意識が行ってた」
「それをわかってて打ってますから」
「スゲェムカつくけど、感謝もしてる」

サンキュ、と顔を背けながら倉持さんが言って。
俺ははい、と一言答えた。

「亮さんは小柄な体格に反して気持ちが強くて俺の憧れでさ」
「へぇ…」

口は悪いし、怖いしって言いながら倉持さんは凄く優しい顔をしていた。

「あの人と組めたこと、誇りに思ってる」
「…後輩がそう言ってくれるのってきっと嬉しいでしょうね」
「だと、いいけどな」


他愛もないことを話しながらスポーツショップに行った。
倉持さんはスパイクを買って、俺も必要なものをいくつか買って店を出る。

「まだ昼まで時間あるんだよなぁ…行きたいとこあるか?」
「行きたいとこ?」

どこでもいいんですか、と言えば別にいいけどと倉持さんは答えて。

「じゃあ、1つだけ行ってみたいところが」
「どこだ?」

俺の言葉に倉持さんは目を丸くしたけど、すぐに歩き出す。
そんな彼の隣に並んで歩けば見えてきた景色に倉持さんはこちらを振り返って笑った。

「今が夏休みでよかったな」
「はい」

向かった先は近くにある野球場。

「これが日本の少年野球…」

フェンスにもたれ掛ってそれを見つめる。

「アメリカとは違うか?」
「こんなに和気藹々って感じではないですよ。もっとピリピリしてる。…いつ脱落するかわからないサバイバルゲームみたいな感じだったんで」

グラウンドを走り回る少年たちは、キラキラとしていて少し憧れた。

「…リトルリーグって言うんでしたっけ?」
「おう」
「俺も、こういうところで…野球したかったなぁ…」





玖城の目は優しくて、でも寂しげで。
少し前にパソコンで見た記事を思い出して目を逸らした。

こういうところで野球がしたかった。
子供たちを見ながら呟いたこの言葉は紛れもない彼の本音だろう。
怪我を重ね、蹴落としあい、何も信じられない中で戦ってきた彼の横顔にかけてやれる言葉はなかった。

「見てると野球したくなりますね」
「折角のオフだけどな」
「あとでバッティングセンターでも行きません?」

振り返った玖城はそう言って、微笑んだ。

「まぁ、いいけどよ」

酷い世界を目にしてきたくせに、コイツはいつだって前を見てる。
だからこそ、ここに来たんだろう。
また少年たちに視線を向けた玖城の頭を少し乱暴に撫でる。

「ちょ、何ですか!?」
「よく頑張ったな」

玖城は目を丸くして、不思議そうに首を傾げる。

「何のことですか?」
「ヒャハッ、なんでもねぇよ」

世界を変える。
きっと、コイツになら出来るんだろうな…
Joker'sが出来たように。

「バッティングセンター行こうぜ。なんか、ウズウズする」
「俺も。行きますか」
「おう」

玖城は少年たちに背中を向けて歩き出した。
後ろから少年たちの掛け声が聞こえる。

「彼らの中にもきっと。来年俺の後輩になる人がいるんですよね」
「そうだな」
「なんか、新鮮な感じ。Joker'sはメンバー決まってて増えることなかったし」

後輩ってどんなの何だろう、と首を傾げた。

「生意気でめんどくせぇ」
「え、それ俺にも言ってます?」
「お前には言ってねぇよ。沢村とか降谷の話だ」

あぁ、あの2人かと言った玖城だったが、「あ」と声をあげて足を止めた。

「沢村」
「沢村がどうした?」
「アイツ、大丈夫でしたか?」

大丈夫の意味が解らなくて首を傾げる。

「頭へのデッドボール投げたから」
「あぁ、平気だろ。アイツ普通に練習参加してるし」
「…多分、そんな軽いものじゃないですよ」

玖城は自分の左手を見つめた。

「…試合中のミスは、勝敗に関わったりする大きなミスであればあるほどに…見えないところで傷が大きくなる」
「え?」
「先輩達の夏を終わらせてしまったとあれば…それは、きっと思いもよらないほどに深く大きな傷が奥底にありますよ」

見つめていた左手で胸の辺りの服をぎゅっと握りしめた。

「その傷はそう簡単に、消えはしない」
「それって…」
「それに、人を傷つけるプレーは野球が好きであれば好きであるほど…そいつを壊していく」

服を握りしめる玖城の手は力を入れ過ぎて白くなっていて。

「ちゃんと、見ていてあげてくださいね。沢村のこと」
「…おう」
「きっと本人も気づかぬうちに…傷はアイツを蝕んでいく」

玖城の手から力が抜けて何もなかったかのように笑った。

「バッティングセンター行きましょうか」
「そうだな」





あの後バッティングセンターに行って、昼食を食べて。
その後は買い物をしながら街をうろついた。

「じゃあな」
「今日は楽しかったです」
「俺も楽しかったぜ?普通に」

玖城はいい気分転換になりました、と言った。

「そりゃよかった。…これからのこと、俺でよけりゃ話聞くからな」
「ありがとうございます。敵チームの人とこんなことしてていいのか少し疑問ですけど」
「ま、いんじゃね?」

玖城はそれじゃあ、と俺に背を向けたけどすぐに足を止めて振り返る。

「倉持さんも何かあったら連絡下さい」
「…おう」
「それじゃあ、また」

玖城の背中を見えなくなるまで見送って俺は溜息をつく。

人のことばっかり心配して。
自分のことなんて眼中にねぇじゃねぇか。

「…無茶はすんなよ、玖城」

俺の言葉は彼にはきっと届いていないだろう。
けど少しでも、アイツを助けてやりたい。

「さーて、帰るか…」

俺は彼の歩いて行った方に背を向けて、学校への帰路についた。



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