甲子園が明けて、初の練習。
3年の先輩達は国体があるからとまだグラウンドにいた。

抜けたのに抜けてないこの感じが少し、変だなと思った。

「なぁ」
「はい?」
「一昨日。朝っぱらからどこ行ってたんだ?」

神谷さんの問いかけに俺は首を傾げる。

「少し知人に会いに」
「…鳴がスッゲェ心配してたよ」
「え?俺、書き置きしてましたよね」

してたけど、そうじゃなくてと神谷さんの隣にいた白河さんは言って。
俺はやっぱり首を傾げる。

「はぁ…まぁ、いいや。昨日は鳴と会った?」
「いえ。姿は見ましたけど話はしてないですよ」
「……頑張れよ」

ポンと俺の肩に手を置いた神谷さんと大変だねと呟いた白河さん。

わけがわからない。
まぁさっさと練習に戻ろうと歩き出した俺は突然の衝突にバランスを崩す。

「は…?」

振り返れば白い頭が見えた。

視線を逸らせば神谷さんと白河さんが生暖かい目でこちらを見ていた。

「あの…成宮さん?」
「お前、どこ行ってた」
「え…知人と、会ってましたけど…」

顔を上げた成宮さんは俺を睨み付ける。

「お前やっぱり、行く気かよ」
「え?」
「青道!!行くのかよ!?」

…また、これか。
溜息をついて、帽子を深く被る。

「行きませんよ」
「…本当かよ」
「俺の言葉より、御幸さんの言葉の方が信頼できますか?」

成宮さんの肩が揺れた。

「お前、なんで知って…」
「味方の言葉より、敵の言葉の方が…信憑性ありますか?」
「ち、ちがっ!!そうじゃなくて」

酷い話ですね、と俺は言って帽子の下から彼を見つめた。
交わった視線に彼の瞳が不安気に揺れた。

この人に信頼されたい。必要とされたい。
…けど、それが一番難しいんだ。

眉を寄せて、顔を背けた。

「……玖城…」
「何ですか?」
「あ、のさ…あの…「おい玖城」」

成宮さんが何かを言おうとしたとき、俺を呼んだのはキャプテン…じゃなくて原田さん。

「何ですか?」
「至急の電話だそうだ。教官室に行け」
「あ、はい」

俺は成宮さんの方に視線を向ける。
成宮さんは顔を伏せていて。

「すいません、行きますね。…話は、「別にいい」え?あ、はい」

原田さんに頭を下げてから教官室に行く。

「玖城です」
「電話だ。ニューヨークから」
「え?」

急用だから携帯にはかけなかったそうだ、と監督が言って電話を受け取る。

颯音ですと言えば聞こえた声は聞き覚えのある声だった。
挨拶も程々に本題に入ると、と彼は言う。
彼の話を聞いて、電話を切れば監督がこちらを見ていた。

「何の用だ?」
「あぁ、あの。日米親善試合の召集で。俺のチームの監督がアメリカチームの監督らしくて」
「あぁ、そういえば玖城はアメリカ国籍だったな」

部長の言葉に頷く。

「国籍だけですけどね」
「行くなとは言わない。好きにすればいい」

監督の言葉に俺は首を横に振った。

「いえ、お断りさせていただきました」
「…そうか。いいのか?」
「はい。練習に戻ります」

教官室から出て溜息をつく。
俺以外に何人か選出されているみたいだったし、問題はないだろう。

「颯音」
「多田野?どうした?」
「いや、ちょっと…お願いがあって」

じっと俺を見つめる多田野から視線を逸らして。
なに?と言えば俺の耳元に口を寄せる。
小さな声で言ったそのお願いに俺は苦笑した。

「別に小声でいうことか?」
「鳴さん知ったら馬鹿にされそうだし。…雅さんに聞いたら颯音のとこ行けって」
「いいよ。あとで」

サンキュ、と多田野が笑った。

走って戻っていく多田野の背中を見つめてからグラウンドを見渡す。

……ねぇ、倉持さん。
もし、俺が今帰っても…
俺はここにいるみんなを裏切ることになるんですよね。
成宮さん以外、ですけど。
信頼してるんだと、言ってくれたこの人たちを…。

結局、どうやったって…選ばなくちゃならない。

「何を選び、誰を裏切るのか…」

見つめるグラウンドに移る彼らから視線を空に向けた。

「……何が、正しいんだろうな…」

真っ青な空に溜息をつく。

さっさと練習に戻ろう。
歩き出した俺の背中を成宮さんはじっと見つめていた。
そんなこと、俺は知りもしなかったけど。





「多田野」
「あ、颯音」

教室で彼の席に行って。
宿題を写している彼の前の席に座る。

「これ」
「え?あ、これって…」
「多田野が言ってた奴」

多田野はペンを置いてノートを開く。

「俺が見てきた試合は全部まとめてある。それは一番最初の修北戦な」
「あの試合か…」
「うん。一応、成宮さんの投球について俺が分かるようにだけど詳しく書いてある。分かる限りのキャプテン…じゃなくて原田さんの指示も書いてある。どれに首振ったとかもね」

多田野はそれをじっと見つめる。

「『鳴さんと雅さんのバッテリーの時の指示について知りたい』なんて…本人に聞くか?」
「だって、俺はあの人の後釜じゃん。技術も信頼も足りてないなら勉強するしかないし」
「……確かにそうだけど」

原田さんになって欲しいからお前が正捕手になったわけじゃないと思うんだけど。
コイツにはコイツの才能があって、それを…て、これは自分で気づかないといけないのか?

「ま、無理はすんなよ」
「うん」
「それから、他の試合の奴は部屋にあるから見たくなったらまたいつでも言って」

悪い、と多田野は言ってノートをじっと見つめていた。
試合始まる前から気負いすぎじゃない?

「あー…それから」
「颯音?」
「もうチャイム鳴るけど。予習平気?英語1時間目」

あーっと叫んだ彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でて自分の席に向かう。

「え、ちょ…颯音?」
「あんま、気負いすぎんなよ」
「…うん」

視線だけ彼に向ければ俯いていて、俺は溜息をついた。

「本当に大丈夫かよ…」

多田野はよくできた捕手だと思う。
成宮さんの球を捕ってるところは見たことないけど、他の投手は随分と多田野を信頼しているようだった。
俺も多田野に投げるのは嫌いじゃない。
まぁけど試合でどうなるかはわからない。
原田さんのように攻めた指示が出せるとは少し、思えない。

「まずあの我儘王子を操れるかが問題か…」

大変だなぁ、なんて思いながら俺は自分の席に座った。



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