甲子園が終わってから10日が過ぎた。
けどグラウンドの周りはいつまでたってもざわついたまま。

「いつまで来てるんだろ…あの観客達」

どれだけ選手が切り替えたってこれじゃあな…

視線をグラウンドに戻せばいつもみたいに神谷さんが上半身裸でグラウンドを歩いていて。
その少し横で白河さんは不機嫌そう。

「あ、おい玖城」
「え?はい」

打撃練習をしようとしていた俺を呼んだのは原田さん。
その後ろには見覚えのない人が2人。

「お前に話、だそうだ」
「……練習中なので断っていただいても、いいですか?」
「あからさまに嫌な顔すんな。いいから、来い」

帽子を深く被って、溜息をつく。

「なんですか?」
「悪いね」
「……そう思うなら、来なきゃいいのに…」

ボソッと呟けば原田さんにだけ聞こえたようで頭を叩かれた。

「お前、最近白河に似てきたぞ」
「至極光栄なことです」
「はぁ…すいません」

少し、視線をあげる。

「野球王国の記者の峰です。こっちは」
「大和田です」

差し出された名刺を断って、内心ため息をついた。
日本で記事にされると色々困るんだけどな。

「甲子園でも大活躍だったけどどうだった?」
「…記事になるなら、答えません」
「あー…すいません。こいつ取材とか嫌いで」

原田さんの呆れた声を聞きながら俺は視線を伏せた。

「記事にはしないから答えてくれるか?」
「…どれだけ活躍したと言われても、負けらたら意味ないと思ってます」

準優勝なんて結局は1位になれなかったその他大勢だ。

それじゃあ、と大和田さんは峰さんに視線を向けた。

「…唯一1年で試合に出た君から見て新チームはどうだ?」

男の記者から発せられた言葉。
記者はぐるりとグラウンドを見渡した。

それ、1年に聞くこと?
どうって…なんだよ。

「…どうですかね。1年の俺が答えることじゃありません」

俺の返答に彼は何も言わなかった。

「てか、その質問に1年の俺がお答えする必要はありますか?」

視線をあげて彼を睨む。
横から聞こえる原田さんの声は無視した。

「…あぁ、すまない。ただの好奇心だ」
「好奇心が殺すのは猫だけじゃないですよ。どうぞ、お気をつけて」

俺は顔を背け、練習に戻る。
このチームがどうとか、俺に聞くなよ。
それに対する答えなんて俺は持ち合わせていない。


「…怖い子ですね」
「普段はいい奴なんですが…」





「げっ」
「げってなんですか」

打撃練習に戻ろうとすればブルペンに行けと言われ仕方なしにブルペンに行った。
人の顔を見て顔をしかめた成宮さんから視線を逸らす。

「あ、交代?」
「はい。交代です」

2年の先輩からボールを受け取ってありがとうございます、と会釈をしてブルペンに入る。

数回キャッチボールをしてから多田野に座ってもらう。
投げたボールは構えたミットに収まった。

「ナイスボール。けど、今日なんか機嫌悪い?」
「別に」
「そう?」

帰ってきたボールを受け取ってくるくると手の中で回す。
2球目を投げて、多田野がOK!ナイスボールと言って投げ返そうとしたときそれを邪魔した声。

「ボール!!今のはボール。わずかに低い、残念!!」
「自分が投げないからって邪魔しないで下さいよ、鳴さん!!」
「いーじゃん別に!!邪魔したって!!」

あ、邪魔してる自覚あったんだ。
ちょっと意外かもしれない。

「ダメですよ!!先輩なんだからわがまま言わないで下さいよ!!」
「何?わがまま言う先輩は先輩じゃないと?先輩らしさって一体何だね!!」

井口さんやもう1人の2年の投手がそれを見つめて絡まれてんなーと呟いて。

「今まで何とか手綱を取ってた原田さんがいなくなりましたからね。わがままし放題。…躾されてない犬みたい」
「おい、玖城。聞こえたらこっちまで飛び火するぞ」
「それは心底遠慮願いたいです」

帽子を取って髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。
…髪伸びてきたな。
目にかかる前髪を摘まむ。

「俺だって本当は焦ってんですよ。もっともっと鳴さんの球、受けといたほうがいいんじゃないかって」
「大丈夫大丈夫!お前が構えたところにバッチリ投げてやっから」

俺は肩を揺らす。
長くなった前髪が目を隠した。

…なんだよ、それ。
それって、壁に投げてるのと一緒じゃないか?

「なにその顔?不満そーな顔。こいつ何も分かってねーなみたいな!!」
「別にそこまで思ってないっすよ!!……鋭いなー……」
「心配しなくてもこっちだっていきなり雅さんの代わりが務まるなんて思ってないから」

成宮さんの口は弧を描いた。

「や…何かそうまで言われると…逆に…」
「ただ。負けるつもりもねえ!!頂点の景色見るまではね…」

俺は帽子を被り直して溜息をついた。
そんなんじゃ、多田野は追い込まれるだけだろうに。

「言っとくけど俺、わがままだよ」
「はい!!」
「サインにも首振るよ」
「知ってます!!」

どうなるんだろうなこのバッテリー。

「ファンレターだってこんなにもらってるよ!!」
「え!?あ…はい…」
「でさ!でさ!!ここだけの話…昨日ブラスバンド部の1年のコに告られたよ」
「何の話してんすか!!」

ただ自慢したいだけかよ。
早く終わんないかな、この言い争い。
時間の無駄だ。

「てか、颯音だって昨日告白されてましたけど。3年の先輩に」
「はぁ!!?どういうことだよ、玖城」

あ、そういえば。
原田さんが抜けたってことは左じゃ投げれないってことだよね。
元々左で投げる気はあまりないけど。
多田野は悪い捕手じゃないし、彼を相手に投げるのは結構気に入っている。
まぁ、技術面では原田さんには劣っているだろうけど前向きな気持ちはあるからな…
今後、左投げもしてみるか…

「おい、聞いてんの!!?」
「うわ、ガン無視…」

対応できないボールいくつかあっても仕方ない、か。
アイツらでも無理だったわけだし…
そう考えると本気で投げてなかったにせよ、それを全部捕った原田さんってすごかったんだよな。

「無視すんなーーーっ!!!」
「え?あぁ、しょうもない言い争い終わりました?多田野、ボール」
「え、あ…うん」

成宮さんは椅子の上で立ち上がって。

「落ちますよ」
「告白されたって本当か!?」
「告白…?あぁ、されましたけど。何ですか?」

あー、ムカつく!!と叫ぶ成宮さんは椅子の上で暴れる。
苦笑してる多田野からボールをこちらに投げないので仕方なく多田野の方へ近づく。

「付き合うのかよ!?」
「知りもしない人となんで付き合うんですか。てか、友達も作ろうとしない奴が恋人作るとでも?」
「あ…」

以前の会話を思い出したのか、前のめりのまま固まった成宮さん。
椅子がぐらりと傾いて、言わんこっちゃないと内心思いながら倒れそうになる成宮さんを抱きとめる。
椅子だけがガシャと音をたてて倒れる。

「…投げられないからって、成宮さんはエースでしょ。怪我、気をつけたらどうですか?」

腕の中の彼に視線を向ければ成宮さんが視線をあげて。
ぴたっと固まった。

「…大丈夫ですか?」

彼の顔が紅く染まっていって。

「ご、ごめん…」
「?はい」

成宮さんはどこか違和感のある動きで俺から離れて。
倒れた椅子を直して座り直した。
背もたれにかけた両腕に顔を埋めて、静かになった彼に首を傾げる。

「大丈夫ですか?どっか痛めたとか…」
「な、ない!!ないからっ!!さっさと練習戻れよ!!」
「はぁ…」

多田野にボール、と手を差し出せば彼に笑われる。

「何?」
「いや、颯音ってカッコイイよねって」
「……お前までどうしたの?大丈夫?」

ひどっと声をあげた彼からボールを受け取って。

「まぁ…静かなうちにさっさと練習しよう」
「あ、うん」



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