※物語中の『』は英語で話している設定です。


夏の終わり。
嵐は突然やって来るらしい。

「Excuse me.Do you know Hayato?」
「え?」
「Where is he?」

グラウンドの脇。
聞き慣れない流暢な英語を話す2人の男がいた。


ブルペンでボールを投げていればグラウンドの方が騒がしいことに気づく。
玖城もそれに気づいたようで汗を拭いながらこちらを見た。

「グラウンド、なんかうるさくね?」
「誰か倒れたんですかね…」
「あー…今日も暑いもんな」

その騒がしさを無視してボールを投げようと構えた時、凄い勢いでブルペンに福ちゃんがやってきた。

「玖城!!」
「え?はい?」
「英語喋れたよね?」

喋れますけど、と玖城が答えれば急いできてと腕を掴まれてブルペンから引きずり出されていく。
その背中を見て俺の相手をしていた樹が不思議そうに首を傾げた。

「どうしたんですかね?」
「行くか!!なんか、面白そうだし」
「え?えぇ!!?」

慌てる樹を無視して2人を追いかける。
彼らの向かった先には人だかりができていた。

「玖城連れて来たよ」
「あの、連れて来たよって…何で俺が?」
「いいからっ」

玖城を通すように人がはけて、その人だかりの中心が見える。
そこにいたのは背の高い男と俺と同じくらいの男。
2人とも日本人ではなさそうだった。

「Kevin、Louis!!」

映画の中で聞くような外人の名前を言ったのは玖城だった。
その2人も待ってましたと言わんばかりに笑顔を見せて玖城にハグをする。
テレビとかでよく見る向こうの挨拶で2人と頬を寄せた玖城。
周りは一層ざわついていた。

俺には聞き取れない流暢な英語を話し始めた片方の男と玖城は慣れたように英語で会話をしていて。
背の高い男は玖城に後ろから抱き着いて頭に顎を乗せていた。

「…あれは、一体?」
「俺が知りたい」

俺達には見せない柔らかい表情。
きっと、Joker'sのメンバーだろう。
思い返してみれば例の写真にあの2人も写っていた。
そちらに歩み寄っていけば白河とカルロスがこちらを見て首を傾げる。

「どういうこと?」
「知り合いなの?玖城とあの2人」
「…多分、アイツのここに来る前のチームメイト」

2人は顔を見合わせてから彼らを見る。

「玖城?その人達は…?」

周りのざわつきを止める為か代表して福ちゃんがそう尋ねれば玖城は2人に何かを言ってからこちらを見た。

「俺と同じチームの人達です。日米親善試合のアメリカ代表でこっちに来てたみたいで」
「…アメリカ代表?…え、アメリカ人と元チームメイトなの?」
「あー…そう言えば、言ってませんでしたっけ」

玖城はどこかめんどくさそうに口を開いた。

「俺、中学までアメリカにいたんです」
「はぁ!?アメリカにいたの!!?え、聞いてないんだけど…」
「今初めて言いましたよ」

驚く周りに彼は淡々とそう、答えていた。
こいつって隠し事が多いとかそんな話じゃない気がしてきた。

…てか、やっぱりJoker'sのメンバー…
そこまで上手そうには見えないんだけど…

「て、ことは…颯音って一般入試じゃなくて帰国子女枠?」
「あ、うん。そういうこと」
「…マジで?」

そんなに驚くことか?と首を傾げた玖城。
彼に抱き着いていた方の男が耳元で何かを言った。
それに玖城はどこか楽しそうに笑った。
俺達と居る時とは明らかに違う彼がそこにいた。





『まぁ、顔が見れたから俺達は帰るね』
『え、もう帰るのか?』
『監督に無理を言って連れてきて貰っただけだから』

Louisはそう言って俺の体に回していた腕を緩める。

『帰ろう』
『ん。…ねぇ、颯音』
『なに?』

Kevinがぐるりと周りを見渡す。

『ここのエースはどの人?』
『え?あぁ、あそこの白い髪の』
『…ふぅん』

Kevinは成宮さんの方に視線を向けた。

『Kevin?』
『アイツに、惚れこんでるわけね…』
『別に、惚れこんでるってわけじゃないけど』

Kevinは俺に背を向け、徐に成宮さんの方に近づいて行く。
そんな姿を見ながら俺とLouisは顔を見合わせる。

『あ、止めた方がいい?』
『…Kevinは日本語喋れるから問題はないと思うけど。成宮さんに変なこと言わないかな…』

Kevinは成宮さんの耳元で何かを囁いた。
眉を寄せた成宮さんにKevinは目を細めて、2人が少しだけ話をしていた。
そして彼は何食わぬ顔でこちらに戻ってくる。

『ごめん、もう帰るな』
『Kevin、お前何言ったの?』
『…早く、帰って来いよ。颯音』

Kevinはいつもの優しい笑顔を見せて歩いて行った。

『じゃ、俺ももう行くから。またね颯音』
『あぁ』
『早く帰って来てね、エース』

ひらひらと手を振ってKevinの横に並んだLouis。
2人はもう一度こちらに手を振ってから出て行った。

2人の背中を見送ってから成宮さんの方に駆け寄る。

「あの、成宮さん。Kevinが何か変なこと言ってないですか?」
「……いや、別に」

視線を逸らした彼はKevinの背中を睨みつける。

「あー、あの…?」
「別に何も言ってないって言ってんじゃん。ほら、さっさとブルペン戻るよ!!」
「あ、はい。すいません、お騒がせしました」

先輩達に頭を下げてからどこかイライラしている成宮さんの後を追いかける。
アイツやっぱり変なこと言ったのかな…

「颯音が甲子園知らなかったり、背番号貰うってこと知らなかったのってアメリカにいたからだったの?」
「あーうん、そういうこと」
「アメリカのどこ?」

ニューヨークだけど、と答えれば多田野はそうなんだと答えて視線を伏せた。

「……多田野?」
「え?あぁ、なんでもないよ」
「ならいいけど」





ボールを投げ込みながらさっきの奴との会話を思い出す。

「エース、なんだってね。君は颯音を信頼してる?」

耳に注ぎ込まれた流暢な日本語。
こいつ、日本語喋れたのか…と思った。

「もし、ここがあの頃みたいな場所なら…すぐに返してくれない?俺達のエース」
「…あの頃みたいな場所って何だよ」
「信頼のない集団」

すっと細められた目が俺を睨みつけた。

「もう2度と颯音をそんな場所にはいさせない」

彼の目は酷く冷たくて、確かな敵意を感じた。
そんな視線を少しの間俺に落としていた彼はくるり、と向きを変えて俺に背を向ける。

「颯音にはもう傷ついてほしくない」
「…ここはそんな場所じゃない」
「なら、いいけどね。けど、颯音には日本は狭すぎる。早く、返してね」


……傷ついてほしくないってなんだよ、
それって俺達がアイツを傷つけるみたいな言い方じゃん。

隣で投げている玖城を見て眉を寄せる。

「…なんですか?」
「別に」

それに日本は狭すぎるってなんだよ。
なんか、スッゲェムカつく。

「なんで、アイツら連れて来たわけ?見せしめ?」
「は?見せしめってなんですか。俺も来ること知りませんでしたよ」
「ふぅん…」

彼はボールを投げるのをやめて溜息をつく。

「加えて言えば、日米親善試合の参加を断ったことへのお説教です。俺が出なかったせいでLouisが参加することになったみたいで。アイツ飛行機好きじゃないので怒ってたんです」
「は?お前も親善試合に参加?え、日本側で?」
「まさか。アメリカ代表ですよ。俺、アメリカ国籍なんで」

はぁ!?と彼に詰め寄れば彼は一歩後ろに下がる。

「お前、日本人じゃないの!?」
「日本人ですよ。国籍だけ、向こうなんです」

何それ、聞いてないんだけど!!と言えば彼は困ったように眉を下げた。

「そりゃ、初めて言いましたから」
「…あり得ない」
「すいません」



戻る