少しずつ、少しずつ。
チームが変わっていく。

「鳴さん、次チェンジアップを。出来れば低めに…」
「いーけど、捕れんの?ブルペンで止められても本番で止められなきゃ意味ねーし。せめて前に転がしてもらわないと投げづらくて仕方ねーよ」

そんな成宮さんの言葉に内心溜息を吐く。
ブロック予選でのパスボール、まだ引きずってんのか…

「必ず止めます!!たとえこの身が砕け散ろうと!!」
「はい、ウソ!!まぎらわしい。誰かの悪い影響!!漫画や映画見すぎ!!ゲーム脳!!」
「…ボロクソ…」

ポツリと呟いてタオルを頭にかけてブルペンを出る。

「だから前から言ってんじゃん!!気持ちだけじゃ限界あるって!!まずは技術!!技術が身に付いたら自信になるしそこから気持ちだってコントロールできるんだって!!」

最近、成宮さんのああいう姿をよく見かける。

「精神論だの気持ちだの弱いやつらの常套句だよ、そんなものは!!」

彼の言葉に取材陣がざわつく。
取材陣は昔と比べて減ったけど、今もそれなりに多い。

「心配しなくても俺と組んでりゃ嫌でも上手くなるって」
「はい!!けど自分にも捕手としての意地があります」
「めんどくせーな頑固者!!」

彼らの会話を聞きながら俯いて、頭に書けたタオルをガシガシと動かす。
長くなった髪が目元を隠し、溜息をついた。

「あ、玖城君」
「……また、アンタらですか…」

声をかけてきたのはこの間の記者だった。
あれ以来時々姿を見かけてはいたが、声をかけてこなかったので安心していたのだけれど…

「怖い…」
「だったら、声かけないでください」
「…最近、調子はどう?」

俺は視線を逸らして、別にと呟く。

「あの新しいバッテリーについては?」
「ノーコメント」
「何についてなら答えるの?」

俺は何も答えません、と言って彼らを通り過ぎて、監督のもとに行く。
後ろから聞こえる文句は聞こえないふりをした。

「ブルペン終わったので、守備練入ってもいいですか?」
「あぁ」

タオルを外して帽子を被ろうとした俺を監督が呼んだ。
振り返れば険しい顔をした監督。

「…最近、調子が悪いか?」

監督の言葉に俺は視線を伏せた。
あぁ、流石だなと思った。

「…もし、監督が使えないと判断したならスタメンからは外してください」

彼の質問には答えていない。
けど、きっとわかっているだろう。
帽子を深く被って、頭を下げた。

「失礼します」
「……あぁ」





お昼ご飯を食べながら多田野はじっと俺が渡したノートを見ていた。
最近こればっかりだ。

必死に努力しているのはわかるけれど食事のときまでこれっていうのはどうかと思う。
消化に悪いし、行儀も悪いし。

「なぁ」
「…なに」
「いや、なんでもない。ちょっと席外す」

うん、と答えた彼は顔を上げなかった。
邪魔したいわけじゃないし、やめろとも言わないけど。
見ていていいものではない。

教室を出て1人、目的もなく歩く。
考えてみればまともに校舎の中を見るのはこれが初めてだった。
自分が使う教室だけ憶えてそれ以外になんて興味はなかったし。
何より、憶える必要がないと思っていた。


校舎の外を歩いていたとき見つけた小さな花壇。
人の目にはあまり触れられないその場所にはひっそりと花が咲いていた。
花壇の横にはベンチがあって、そこに腰かけて携帯を開く。

待ち受け画面に映るチームメイト達の写真。
今でも毎日連絡は取ってるし、彼らの試合の映像も毎回かかさずに見ている。
気付いたことがあれば指摘するし、次の試合のローテーションだって指示する。
あの頃と何も変わらない。
ただ、機械を挟まなければいけなくなったと言うだけのこと。

「今の俺見たら…絶対怒るだろうな…」

特にLeonardo。
考えただけでイラつくけど。
きっと、怒られる。
倉持さんが言った言葉の意味が、段々と身に染みてわかってきた。

「玖城?」
「あれ…キャプテン…じゃなくて、原田さん」
「なにしてんだ、んなとこで」

廊下から声をかけてきたのはキャプテンで。
俺はそちらに顔を向ける。

「ちょっと気分転換に」
「…よりによって、なんでそう目立たねぇ場所で」
「いえ、ちょうど見つけたので」

携帯の画面を暗くして、ポケットに押し込む。

「原田さんは何か、用事ですか?」
「自販に行った帰りだ」
「そうですか」

原田さんは何かを言おうとしてから、口を閉ざした。
少し乱暴に自分の頭をかいてから、改めて口を開く。

「鳴と樹はどうだ?」
「お世辞にも良い、とはいいがたいですね。心配ですか?」
「まぁな」

原田さんの目はどこか、優しかった。
なんだかんだ言って2年も成宮さんのボールを受けて来たのだ。
愛着と言うか…父親心的なものが芽生えているんだと思う。
いや、母親心?

「樹が俺に過去のプレーについて知りたいって言ってきてな」
「それ、俺に回しましたよね。ノートは貸しましたけど」
「あのノートはもっと人の目に触れさせるべきだろ」

て、そうじゃねぇよと原田さんが話を戻した。

「俺の後を継ぐってのは、やっぱり樹にとっちゃ重荷でしかねぇだろ」
「まぁ、原田さんの存在って大きいですからね」
「だからと言って、俺と同じことを監督は求めてるわけじゃねぇ」

そのことに、樹は気付いてるか?

原田さんの問いかけに俺は顔を背けた。

「…そうか」

俺の言葉はなくとも、わかったらしく呆れたような溜息。

「……いいんじゃないですか、今は」
「は?」
「それってやっぱり、自分で気づくべきだし。成宮さんとどんなバッテリーになるかは試行錯誤を重ねて、衝突を重ねて作り上げないといけないですから」

俺にはどうしてやることもできません、と小さく呟く。

「まぁ、無理をしすぎねぇように見ててやれよ。チームメイトとしても、友達としても」
「え?」

俺は彼に視線を戻した。

「どうした?」
「友達、ですか?俺と多田野が?」
「違うのか?」

不思議そうに首を傾げた彼に俺は瞬きを繰り返して、顔を伏せた。

「玖城?」
「…友達」

あれ、いつから友達になったんだ?
いつここから消えてもいいように、俺は友達を作らないと決めていたはずで。
だから俺は誰のことも名前で呼ぼうとしなかった。
確実に一線、引いていたはずだ。
なのに、いつからだろう…

多田野が、その一線を越えて俺の隣に立つようになったのは。

「…友達、かぁ…」
「お前、どうした?」
「いえ、なんでも…ないです」

色々、ミスったな俺。
気付かぬうちに帰りにくい方へと進んでいってる。

答えは出ていない。
迷いは消えていない。
ただ俺を取り巻く環境は答えを急かし。
それでいて答えを出しにくいところへと連れて行く。

遠くで、予鈴が聞こえた。

「玖城、お前もさっさと教室戻れよ」
「はい」

立ちあがった俺の体は酷く重かった。



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