秋大の1回戦を突破して、肌で感じた違和感は2回戦で更に大きくなった。

「追い込んでんだ、遊びはいらないよ!!ね・じ・ふ・せ・ろ!!」
「うるせーなレフト!!」

2回戦。
先発は平野という2年の投手で。
成宮さんはレフトからのスタート。

成宮さんがレフトに入ったので俺はいつもと違いライトからのスタートで背番号は変わらず14番。

初回は出塁を許さず、スリーアウトでチャンジとなる。

「ナイスボールっス、平野さん。今日スライダー切れてますね。これを軸に…」
「相手真っ直ぐにタイミング合ってないじゃん。押せ押せストレートで!!変化球のサイン出しすぎ!!無駄なボール多すぎ!!」
「ちょっ…今は自分とバッテリー組んでるんですから」

多田野と成宮さんの会話を聞きながらグローブを外した手を見つめる。

「何だ!?俺をのけ者にする気かよ!!」
「先発じゃないからってすねないでくださいよ!!」

そんな彼を見ていた白河さんが小さくそう呟いた。
隣にいた神谷さんも苦笑を零す。

「ったく…こいつらバッテリーとして相性がいいのか悪いのか…?」
「それな…」

数回手を握ったり閉じたりを繰り返して小さく溜息をつく。

「まぁでも後ろに鳴がいてくれるからこっちは本当に心強いよ。いけるところまで全力でいけばいいんだからさ」

平野さんの言葉に成宮さんは満更でもない顔をしていて。
それの横を通り過ぎてベンチに入った。

「なかなかわかってるね。誰がエースなのか」
「何本気でテレてんスか!!」

ベンチに座って、タオルを頭にかける。

違和感なんてものじゃない。
どれだけ言い聞かせたって、体が憶えている。
この空気はヤバい。

ぎゅっと両手を重ねて握りしめて、目を閉じた。

「玖城?」
「…多田野?」
「なんか、調子悪い?」

顔を覗きこんだ多田野に平気と答えようとすれば彼の後ろにいた成宮さんと視線が交わった。

「……平気、だから。気にしなくていいよ」
「そう?」
「あぁ」

成宮さんから視線を逸らす。
眉を寄せて心配そうな多田野にもう一度平気だから、と言って目を閉じた。


1回の裏1点を先制するも、そこからは繋がらずチェンジになった。





2回の裏。
打席に立った颯音はサードライナーで珍しく出塁しなかった。
打席から戻ってくる彼の表情はいつもと、どこか違って見える。

「玖城」
「…はい」

ベンチに戻ってきた颯音に監督が声をかけてベンチが静かになった。
いつもとは違う雰囲気に、どことなく緊張感が走る。

「言わずとも、わかっているな」
「…はい」

颯音は顔を伏せて、バッドをぎゅっと握りしめた。
その手は微かに震えていた。

「志村交代だ。準備をしろ」
「「え?」」

2年のライトの先輩が呼ばれて、静かだったベンチがざわついた。

「交代だ、玖城。今のお前はチームには必要ない」
「すみませんでした。……頭、冷やしてきます」

バッドとメットを戻した颯音は俺の横を通り過ぎて奥へ入っていく。

「ちょ、監督!!1回出塁しなかっただけで、それはひどいんじゃ…」
「……アイツが一番わかっているだろう」

先輩達の言葉に監督はそう答えただけで。
それっきり、口を閉ざした。
視線を彼が歩いて行った方へと向ける。

ガンッ!!!!

聞こえた鈍い音に俺は慌ててそっちに駈け出して、奥を覗く。

「颯音!?」


壁に頭をつけた颯音の両腕は力なく下されて、微かに震えている。

さっきの鈍い音…
まさか、壁に頭打ちつけて…

あの音からすると随分と強く打ちつけたはずだ。
考えただけでもこっちが痛くなる。

長くなった彼の髪の隙間から見えた瞳に、俺は息を飲み後ずさる。
鳴さんを怒った時よりも、ラフプレーをしたチームへ怒りを見せた時よりも冷たく殺気を帯びていた。
それは多分彼自身に向けられたものだ。

あんな颯音、初めて見た。

「…樹、試合中だ」

神谷さんが俺の背を叩いて、ベンチを出る。
俺もそれを追いかけた。
1度視線を彼の方に向けたが首を横に振り視線をマウンドに向けた。
今、俺のやるべきことは決まってる。
颯音のことは、試合が終わってからだ。





「くそっ…」

なんだよ、このザマは。
壁に打ち付けた頭は熱を持つのに、体は徐々に冷えていく。

初回の守備についてからずっと手の震えが止められない。

もう1度、壁に額を打ちつけてズルズルとしゃがみ込んだ。

無様だ。
これが、今の俺だ。
俺は…弱くなった。

「…玖城」

キャプテンが氷嚢をこちらに差し出す。

「…ありがとうございます」
「そんなに、思いつめないでね。まだまだ、試合は始まったばっかりだから」
「…はい」

キャプテンの足音は離れていって。
手の中にある氷嚢がよりいっそう俺の体温を奪っていく。
額にそれを押し当てて唇を噛んだ。

調子が悪いなんて言い訳だ。
違和感なんて、そんなの気にせず自分のプレーをすればよかったんだ。
けどそれが出来なかった。
出来なくなっていた。

「あー……弱いな、ホント…」

このチームの、関係が好きだった。
皆が成宮さんを信頼して、エースだと言って。
それに応える彼の姿がカッコいいと思った。
だから、俺はあの人に信頼されたいと必要とされたいと思ったのに。

「こんなの、違うだろ…」

けどこれも結局言い訳だ。

本当はわかってる。
チームが変わったことも確かに不調の要因の1つだ。
けど、それ以上に…迷いのあるバットは何の意味もなさない。

氷嚢を額に当てたまま膝に顔を埋める。
聞こえてくる歓声や応援が、酷く遠く感じた。



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