あの敗戦の次の日。
多田野とキャプテンは青道と鵜久森の試合を見に行った。

珍しく1人の昼休み。
昼食も食べず、職員室に向かった。

「国友監督は?」
「野球部のグラウンドの教官室にいるよ」
「ありがとうございます」

グラウンドか。
少し、急いだ方が良いかもしれない。
足早に使い慣れたグラウンドへ向かう。

教官室のドアをノックをすれば入れ、と返事があった。

「失礼します。1年の玖城です」

中には監督と部長の姿があった。

「…どうした?」
「少し、お話があってきました。時間は、大丈夫ですか?」
「あぁ」

ドアを閉じて監督を真っ直ぐ見てから頭を下げた。
えっ!?と部長が驚いている声が聞こえた。

「お願いします。…1か月。…10日…いえ、1週間でも構いません。ニューヨークに…Joker'sに帰らせてください」

俺はそれだけ告げて頭を下げ続けた。

「頭を上げろ。…理由を聞こうか」
「…はい」

頭を上げて、小さく息を吐いた。

もう、決めたんだ。
これが俺の最善だ。

「…自分の不調について、監督が言った通りチームの不調が影響していること間違ってはいません。けど、それと同じくらい…俺の迷いが原因です」
「…迷い、か」
「本来、俺が稲実に来た理由は日本の野球をこの目で見る為でした。その目標は甲子園決勝までで果たせたと考えています」

本当は、そこで帰るはずだった。
けど、帰りたくないと思っている自分が確かに存在していて。

監督は何も言わずに俺の言葉を聞いていた。
部長はどこか落ち着かない様子で俺の言葉を聞いていた。

「ここに残ることはアイツらを裏切ることになります。けど、帰ることは…稲実にみんなを裏切ることになる。俺はどちらかを選ばないといけません」
「1軍に上がるとき、両方に所属することを認めたはずだが」
「認めてはいただきました。けど、現に俺はアイツらを裏切り続けてる」

帰って来ると信じている彼らを、裏切り続けているんです。
監督はいつものように首を鳴らした。

「稲実を卒業すればアイツらと一緒にプレーすることはもうできません。それは、所属してる意味がないと思うんです。…この部に籍を置いたまま向こうに帰ったって…俺のために席を開けておくことは間違ってる」

今、この瞬間だって俺はアイツらを裏切っている。
俺が帰って来ることを疑わず、信じて、待ち続けている。

「深く考えず、ここに来て。ここに居続けています。けど、これじゃあ…ダメなんです」

曖昧にしていればよかったのかもしれない。
目を逸らし続ければよかったのかもしれない。
けど、これだけ重くなった体じゃダメだった。

ぎゅっと手を握りしめて口を開く。

「迷いが俺を弱くします。迷いが、俺の判断力を鈍らせてバッドを鈍らせて体を重くして…きっと、これからも俺を弱くしていきます。だから、この迷いから目を…逸らすわけにはいかないんです」
「帰って、答えが出るのか?」
「正直わかりません。どちらかを裏切ることを決められるかもしれない。けど、決められない可能性だって確実にあると思います」

けど、アイツらと顔を合わせて話しをして。
それでもどちらも選ばないっていう答えが出たなら…
俺は、この迷いを背負って戦っていく覚悟が出来ると思います。

俺の言葉を聞いて監督は息を吐いた。
呆れられた、かもしれない。

「今、その覚悟はできないのか?」
「出来ません。俺は、元々弱い人間なんです。1人で全てを決めることはできません。それに…俺はエースで、キャプテンなんです。アイツらに意見を聞かずに決めることは…俺が一番嫌う人間に自らなりに行くようなものです」

監督は静かに俺の名を呼んで、口を開いた。

「迷いのあるものは…チームに必要ない」
「監督!!?」
「…はい」

長くて2週間だ。
監督はそう言って俺を見た。

「2週間以内に答えを見つけて帰って来い」
「はい。ありがとうございます」

頭を下げて、部屋を出ようとしてすみませんもう1つと振り返る。

「…背番号はお返します」
「何を言ってるんだ、玖城」

焦る部長にすみません、と呟く。

「毎日我こそはと競い合うこのチームで。2週間も戦列を離れる人間に席を開けておく必要はありません。…ここで戦い続けることを選んだときは…全力で奪いに行きます」
「取れる自信があるのか?」
「あります」

それでは、失礼します。
俺は頭を下げて教官室を出た。
担任に休学の許可を貰いに行こう。
ガチャンと閉じたドアにもう一度頭を下げて校舎へ足早に向かった。





「監督!!よかったのですか!?アイツはこのチームに必要な選手ですよ!!」
「だからこそ、アイツには万全な状態で戦っていてもらいたい。…それに」
「それに?」

窓から走って行く玖城の背中が見える。

「自分の弱さと向き合うことは大人でも難しい。それを冷静に分析し原因を突き止め。それを改善しようとしているなら…それを止めることは間違っている」
「それは、そうですが…」
「迷いは判断力を鈍らせる。その中でアイツは最善の方法を何とか見つけ出したんだ」

後はアイツの答えを待つだけだ。

「…アイツは知らなくていいものまで知りすぎた。それでいて、チームを1つ背負い、このチームでも重要な立ち位置にいる。他にも、アイツは多くを背負っていた。……高校生1人が背負うには重すぎる」
「それは…確かに…」
「その重荷が前に進むことさえ、出来なくしたんだろう」





親に電話で事情を説明し、担任に休学の許可を貰った。
期間は一応2週間。
それより短くなることはあっても、長くことはない。

帰ることを向こうの監督に知らせればものの数分で飛行機を指定され、そのチケットを取った。
出発は12日の夜。
時間はもうほとんどなかった。

日用品は全部向こうにあるから必要なものは野球の道具と貴重品くらいだろう。

けど、行く前にどうしても見ておきたいことがあった。


放課後、また引き籠っているかもという神谷さんの言葉を聞きながらグラウンドに行けばそこには彼の姿があった。

「あれ?成宮。何だよもう練習出て来たのか?」
「今度はどれくらい引き籠るか皆で賭けてたのに」

チームメイトで賭けするなよ…
俺はそんなことを思いながらマウンドの土を均す成宮さんを見つめる。

「気付いてんだろ、お前らだって…」

成宮さんの声はいつになく真剣だった。

「これまで俺達が好き勝手やってこれたのはチームの事をまとめてくれる先輩達がいたからだって…。最強だったのは前のチーム。俺達の代は物足りねェってもう言われてるかもな…」

あぁ、大丈夫だってそう思った。

「足りなきゃ、埋まるまで!!やること多すぎてのんびり落ち込んでるヒマなんてねーよ」

闘志の宿った彼の瞳に俺は少しだけ口元を緩める。

彼はちゃんと前に進んでる。
あんなに悔しそうにしていたのに。
きっと、まだ悔しいんだろう。
だからこそ、彼はエースとして先頭に立ち前に進もうとしてる。

その姿が本当に、カッコイイと思った。


練習を終えて自室に戻り昔書いたノートを広げる。

「…玖城?」
「なんですか?」
「落ち込んでると思ったんだけど、平気そうだね」

白河さんの言葉に俺ははい、と答える。

「……わかってますから、何がいけないのか。落ち込む暇があったら直します」
「お前らしいね」
「そうですか?」

うん、と白河さんは頷いて頑張れよと言った。



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