颯音がアメリカに戻ってから、沢山の試合を組まれていた。

今日の相手は紅海大相良。
この回2点目を取られて鳴さんの様子が少し、おかしいことに気づく。
出したサインに首を振らない。

「樹!あそこ何で外に構えた?」
「あ、はい…打者があれだけベースから離れて立ってたんでインコース投げたらそれこそ絶好球になるかと…」
「離れて立つってことはインコースが苦手って言ってるようなもんだろ」

鳴さんが帽子を取って額の汗を拭う。

「ああいう打者には迷わずインコース!!嫌がるくらい投げ込んでやればいーんだよ…」

こちらを見た鳴さんが何だよ、と不機嫌そうに言った。

「あ…いえ。今日は全然サインに首振らないから、らしくないなって思ったんで」
「あ?」
「もしかして鳴さんこっちに合せようとしてくれてません?だとしたらもうやめて下さい。今はまだ未熟者ですけど必ず鳴さんのいるところまで登ってみせますから」

成宮さんにはいくらでも首振ってもらいな。
颯音が、そう言ってた。

「だから今まで通りわがままにもっと首を振ってください!!鳴さんが納得するリードを自分がしますから!!」

颯音がいい捕手だと言ってくれた。
その言葉が彼の本音だったかはわからないけど、嘘でも彼がそう言ってくれた。
だから、その言葉に見合う姿になりたい。

「暑苦しい。生意気。身の程知らず!!」
「え?」
「実際お前のリード通り投げて失点してるけど?」

鳴さんが嫌な笑みを浮かべる。

「この俺のとこまで登ってくるだと?追いつかせるワケねぇだろうーが!!!」
「えぇ!!?」
「いくらてめえが成長しようがその分俺の方がもっと成長すんだよ」

彼の言葉に俺は目を瞬かせて。

「はるか遠く!!お前からじゃ見えないくらいはるか遠くだから」
「追いかけますよその背中が見えるまで!!」
「見えたとしてもそれは残像だから。樹残念、それ残像〜」

ニヤニヤと笑った鳴さんに言い返せば彼も負けじと言い返して来る。

「てか、何にムキになってんスか!!子供じゃないんですから」
「子供だよ、高校生は子供だよ!!」

終わらない口喧嘩をキャプテンが止めてくれて、俺は溜息をついた。

…颯音は、全部わかってたのかな。
サインに首を振らなくなることも、こうやって喧嘩することも。
だから、道を記した。

その後、打席が爆発して。
どうしたのさ、急にと鳴さんは嬉しそうに笑っていた。





「いろいろと試してるみたいだな」
「ん…まぁ監督がたくさん試合組んできてくれたから…オフ前に」

久々に雅さんがグラウンドに顔を出してくれて。
誰もいなくなったグラウンドのベンチに座って話をした。

「ただ樹のやつが融通が利かないというか頑固というかさ。大変だよ生意気な後輩持つと」
「お前が言うか?」
「俺1年の時なんてかわいいも「まだ言うか?」」

もー、酷いな、と呟いてグラウンドを見つめる。

「そういやドラフトって監督や校長と一緒にテレビ観て待つんでしょ?カメラもたくさん来るみたいだし面倒くさそうだなー」
「ああ…正直面倒くせぇ」
「まぁ向こうで待っててよ」

雅さんの方を見れば雅さんもこちらに視線を向けた。

「甲子園優勝投手。その肩書き下げて来年俺も乗り込むからさ」
「俺も自分で選んだ道だ。どこに選ばれても覚悟はできてるさ」
「おおーカッコイイ」

ベンチに背を預けて、頭の後ろに手をあてる。

「けどさ…なんでこーも全力でコケるかね…俺ってやつは」
「いーじゃねぇか成長させてもらってると思えば」
「けど痛いよ。自分の嫌なトコ全部見える」
「心配すんな。お前の業はもっと深ぇ」

そういや、玖城はと雅さんが言って途中で口を閉ざす。

「帰った」
「…そうか」
「なんだよJoker'sとか…」

知ってたのか?と言う雅さんに写真拾ったから調べたと答える。

「…メジャーに一番近いチームのエースとかありえなくない?」
「まぁな」
「そんなとこにいたくせにここと向こうで悩むって変だよね」

迷わず、向こうを選べばいいのに。
小さく呟いた言葉に雅さんは目を瞬かせた。

「いなくなっていいのか、玖城」
「嫌だけど。けどさ、仕方ないかなって…思ったりする。俺、アイツに優しくなかったし」
「自覚してたのかよ」

最初は本当に嫌いだった。
気に入らなかった。
信頼なんてしてやるかって、思ってたのに…

「一也がアイツを欲しいって言ったとき。スゲェ嫌だって思ったんだよね。玖城は渡したくないって」
「…そんなこと言われてたのか?」
「うん。しかもその直後に倉持と仲良くしてて」

焦った。
本当に、アイツを取られるんじゃないかって。
アイツは俺達のものなのにって。

「青道に行くとか言ったらマジでキレるけど。Joker'sなら…仕方ないかなって」
「…仕方ないって言う割にスゲェ嫌そうな顔してんぞ」
「だって、嫌だし。嫌だけど、それを止めることは俺には出来ないじゃん」

雅さんは呆れたように溜息をついて、最初から素直になりゃいいのにと言った。

「夏の終わりに玖城のチームメイトきたんだよね。ルイスとケビン?親善試合に出てたでしょ?」
「あぁ。化け物みたいなやつらだった」
「…そのさ、ケビンに言われたんだよね。ここが信頼のない集団なら玖城を返してくれって。玖城を傷つける場所にはいさせたくないって」

あの時は俺達が傷つける、みたいに言われて苛立ったけど俺はきっと何度も玖城を傷つけてるんだよね。
それに俺達は信頼の薄れた集団になってた。

雅さんは俺の話をただ何も言わずに聞いてくれていた。

「きっと、アイツは…ここに居るべきじゃなかったんだ。力だけは信頼してもらって、自分を認めてくれなくていいなんて…本心じゃなかった。けど、アイツは…そうやって生きてきたのかな…」
「だろうな。自分を認めてもらうのって難しいから。だから、力だけで信頼して欲しかったんだろ。勝つために最低限の繋がりが欲しかったんだ」
「そんな中で見つけた仲間だったんだよね、きっと。なら…そこにいた方が幸せなんじゃない?」

それからさ…と俺は言葉を続ける。

「…俺と玖城って背中合わせなんだって」
「は?」
「アイツが言ってた。背中合わせは仲が悪いって意味だって。けど、俺が倒れそうになったら支えることが出来るし背中を押してやることもできるって」

確かに、正しいと思った。
けど、それじゃダメだと思ったんだよね。

首を傾げた雅さんに視線をグラウンドに向けながら口を開く。

「だって、背中合わせじゃ一緒に前に進めないじゃん」
「…そうだな」
「だからさ、もしアイツが帰ってきて俺達を選んだなら…今度はちゃんと隣に並びたいなって思ったり思わなかったり」

雅さんは俺の言葉を鼻で笑って、やっと素直になったかと言った。

「…まぁ、アイツに面と向かって言えるとは、思わないけど」
「ダメじゃねェか…」
「今更、言いにくいじゃん」

まぁ、最初からあんな態度だしなと言った雅さんに俺は溜息をつく。

「…早く、帰って来ないかな」
「まだ行って数日だろ」
「だってさ。アイツが俺に押し付けていった本見てるとイライラすんだもん」

心配なら心配って言えよと雅さんは呆れたように言って。
違うから!!と言い返せば頭を叩かれた。

「痛いんだけど」
「早く帰って来てここを選んでくれりゃ良いな」
「…うん」





(ここからは英語で話している設定)

クシュッ

「あー…風邪か…?」

さっきからくしゃみが酷い。

「Hayato、試合始まるよ」
「あぁ、わかってる。わかってるけどさ、なんでLeoとバッテリーなの?」
「散々待たせた罰に決まってんじゃん」

いい笑顔で言ってのけた彼、Kevinに溜息をつく。

「文句あるか?Hayato」
「あぁ、大ありだね」
「俺だってお前の球なんて受けたかねェよ」

睨みあう俺達の頭を容赦なく叩いて、行くよと歩き出した。

「つーかさ、なんで俺最後に登場なんだよ?」
「ま、サプライズ登場だしな」
「ペットボトルとか投げられたらどうすればいい?」

サインして投げ返せば?

話を聞いていたGilがケラケラと笑いながらそう言ってペンをこちらに投げた。
それを受け取ってナイスアイデアと俺も笑う。

歓声の中、グラウンドに出ていく彼らの背中を見送る。
頭の中に過ぎった成宮さんの背中。

「…1が似合う人だよな、ホント」

アナウンスを聞きながら彼らの背中を追いかけた。

「そして誰もが待ちわびたJoker'sの絶対的エース、Hayato――ッ!!」

自分の体を包んだ耳を劈くような歓声。
先にグラウンドに出ていた彼らがこちらを振り返る。

「待ってたよ、エース」
「おかえり」

笑顔で俺を迎えた彼らと枯れてしまいそうなほどの大声で俺の名を呼んでくれる観客に嬉しく思った。

けど、頭の中には成宮さんと、稲実のメンバーが浮かんだ。

「一時帰宅だって言ってんだろ」
「そこは素直にただいまって言えよ、馬鹿」
「お前の方が馬鹿だろ、Leo」

また勃発しそうになった口喧嘩を止めたのは整列の声。
久々に背負った1の重さ。

「まぁ……嫌いになれないんだよな」

この緊張感も、肌を刺す声援も、1番の重さも。
けど、あの場所も俺は好きだった。
嫌いになんて、なれなかったんだ。

「サインに首振ったら許さねぇぞ」
「振るに決まってんだろ」

マウンドに上がった俺にLeoはそんなことを言って。
でもすぐに笑った。

その笑顔はずっと俺の隣を歩いてきた彼のもの。
隣を見れば当たり前のようにあった彼の笑顔が酷く懐かしく感じた。
けど、その笑顔は少しだけ成宮さんの笑った顔に似てる気がした。

「お前にはその番号の方が似合うぜ」
「14番は嫌いじゃないって言っただろ」
「それでも、俺はそう思ってんだよ」

バンッと背中の背番号を叩いて彼は戻っていく。

「腑抜けた投球すんじゃねェぞ」
「努力するよ」

見上げた空は真っ青で。
振り返ればJoker'sのユニフォームを着た仲間が笑っていて。
周りを見渡せば声が枯れてしまいそうなほど大声で俺の、俺達の名前を呼んでくれる観客がいた。

前を向き直ればマスクをつけたLeoが不敵に笑った。
インコース、胸元を抉るクロスファイア。
一番初めに出す指示がそれかと、笑いそうになってグローブで口を隠す。
俺が笑いそうになったのが分かったんだろう。
Leoは満足気に笑ってから、真剣な眼差しを俺に向けた。

「あー…本当に、帰ってきたんだな…」

俺の小さな呟きは、歓声に飲み込まれて消えた。



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