「試合以来だね、玖城」
「小湊さん…そうですね、お久しぶりです。足、もう平気ですか?」
「お陰さまで」

こちらを振り返った小湊さんはニコニコと笑った。

「どうして怪我に気づいたか、聞いてもいい?」
「クロスプレーを丁度見てて、その後の歩き方とかですかね」
「…ふぅん。倉持に言わずに黙ってればよかったのに。そっちの方が有利じゃない?」

小湊さんの言葉に俺は首を傾げた。

「言ったからこそのあの三遊間だと思いますよ」
「いい性格してるね」
「お褒め頂き、ありがとうございます。…まぁ、けど」

俺は視線を試合中の倉持さんに向ける。

「俺が言わなくてもきっと倉持さんなら気づいてましたよ。あの人はそういう人です」
「まぁ、そう言われればそうかも。変に鋭いもんね、アイツ。…そういえば、実家に帰ってたって聞いたけど?」

実家?
首を傾げで横にいる原田さんを見れば少しだけ眉を寄せた。

あぁ、流石に元々いたチームに戻ってるなんて言えないか。

「はい、少しだけ。帰って来いってうるさかったのと、色々ケジメをつけないといけないことがあったので」
「ふぅん…複雑な家庭環境?」
「え?まぁ、複雑と言えば複雑ですね」

家庭環境じゃなく野球をする環境が。

「倉持が玖城を気にかけてるのはそういうところが理由か…」
「多分そうですね。色々、お世話になってます」
「アイツのこと好きだったりする?」

好きですよ、と答えれば突然後ろに体が引っ張られた。

「うわっ、ちょ!!?なんすか!!!?」
「お前、いつまで敵と喋ってんの」
「え、ちょ…成宮さん!?」

ズルズルと引っ張られて、成宮さんがもといた場所に戻り彼の隣に立たされる。
訳が分からなくて原田さんを見れば額に手を当て溜息をつき、小湊さんや神谷さんはどこか楽しそうに笑っていた。

「あ、の…成宮さん?」
「なんだよ」

こちらを睨みつけた彼になんでもないです、と答え視線を逸らした。

「ごめんね、颯音」

反対隣りの多田野が困ったように眉を寄せた。

「いや、別に。この意味が解らない感じは帰ってきたなって感じする」
「それ、どうなの?あぁ、そうだ。こいつ俺の後輩で来年稲実に入る予定みたいで」

そう言って多田野が後ろを指差す。
背の高い男と視線が交わり「あ、」と声を漏らす。

「さっきの」
「え?」
「さっき、俺のこと見てたよな?目が合ったら逃げたけど」

やっぱり知り合いじゃなかったようだ。

「え、えっとすいません!!こっち向くと思ってなくて…」
「あぁ、いや別にいいんだけど。多田野と同学年の玖城颯音。よろしく」
「あ、赤松晋二です。よろしくお願いします」

笑顔でそう答えた彼を見ながら後輩ってどういうものなのだろう、と首を傾げる。
Joker’sは同い年の奴らだけだったし、チームを作る前だって年齢よりも実力重視だった。
正直、年下との接し方というのは俺にはわからない。

「玖城さん、本当にすごかったです。1年なのに試合に出てて、投手としても打者としても、守備でも本当に結果残してて。本当に、凄いと思いました」
「投手として出たのは成宮さんを休ませるためで俺の実力ではないよ。それに打撃の方だって点数に繋がったのは本当に僅かなものだし」

俺の言葉に彼は目を瞬かせる。

「そこは普通にありがとうって言えばいいだろ」

隣にいた成宮さんがそう言って俺を見た。

「本当のことを言っただけですよ。俺は別に凄くとも何ともないし」
「何それ、ムカつく」
「なんでですか。俺凄いですって言った方がムカつきません?」

それもムカつくけど、と彼は言って眉を寄せた。

「この稲実で1年でレギュラーとして背番号貰ってスタメンで出たんだぞ?それが凄くねぇなら、稲実も凄くねぇみたいじゃん」
「別に、そんなことは思ってないですけど」
「だったら、胸張ってりゃいいじゃん」

成宮さんの言葉に今度は俺が目を瞬かせた。
こんなこと言われると思ってなかったし。
てか、こんなこと言う人じゃなかったし。

「…成宮さん、どうかしましたか?」
「はぁ!?」
「正直、らしくないです」

成宮さんは眉を寄せ、そっぽを向いた。

「あーもう、うるせぇな。別になんでもないっ!!」
「え、ちょっとなんで怒ってるんですか?」
「怒ってねェし!!思ったこと言っただけだっつーの、バーカ!!」

訳が分からない。
多田野に視線を向ければ彼は苦笑を零した。

「成宮さんと玖城さんって仲良いんですね」

ニコニコと笑いながら言った赤松に隣で成宮さんの肩が大きく揺れた。

「し、晋二?」
「仲良くはないと思うよ。俺、成宮さんには嫌われてるし」

成宮さんを横に言う事ではないか、と思いながらも変な誤解をされていては困るのでそう伝えれば多田野が額に手を当て溜息をついた。

「相変わらずだね、颯音って」
「え、何が?」
「なんでもない」

呆れる多田野がどこか原田さんと似ていて少しだけ笑えた。

「んだよ、それ……つーか、………じゃねぇよ」

ボソボソと明瞭ではない声が隣から聞こえ、視線をそちらに向ける。

「なんですか?」
「別に」
「…別にって。…ちゃんと聞こえるように言葉にして貰わないと、俺は成宮さんの考えてることわかりませんよ」

俺の言葉に彼は眉を寄せ、舌打ちを零す。

「アイツらのことならわかんのかよ。いや、倉持でもわかんのか!?」
「何で怒ってるんですか?てか、今倉持さんもアイツらも関係ないでしょ。俺は成宮さんに聞いてるんですけど」

おい、やめろと原田さんが俺と成宮さんの間に割って入る。
だが彼の鋭い視線は俺に向けられたままだった。

「お前ら何で会ってすぐに喧嘩になんだよ」
「喧嘩なんてしてない」
「つーか、鳴。お前自分が言ったことと全く反対のことしてんじゃねぇか」

成宮さんの頭を軽く叩いた原田さんに成宮さんは眉を寄せる。

「…してない」
「玖城も、もう少し鳴の気持ち考えろって」

成宮さんの気持ち?
…そんなもの、わかっているなら苦労はしない。
分からないから聞いたのに、あの態度が返ってきたんだし。

「だったら、教えて貰えますか?成宮さんが今、何考えてるのか」

原田さんはまた大きなため息を吐く。

「玖城、そういう事じゃなくてだな…」
「どうせいなくなるくせによろしくとか、嘘言ってんじゃねェよ」

今度ははっきりと聞こえた。
成宮さんは俺を睨みつけて、原田さんと多田野は焦った表情を見せた。

「あぁ、そういうことですか」

俺は小さく息を吐いて、笑った。

「残念でしたね。大嫌いな俺がいなくならなくて」
「え…?」

嫌われていることはもう嫌というほどわかっている。
彼に好かれるとも、俺は思ってはいない。

「俺、言いましたよね?帰るとき」

けど、嫌われているからって妥協する気はない。
嫌われていようが、邪魔だと思われていようがやるべきことがあって俺はここに帰ってきたのだ。

「今、成宮さんが俺をどう思っていようがどうでもいい。嫌いだろうが、認めてなかろうがそんなことグラウンドの上じゃ関係ない」

目を丸くし固まった彼から視線を逸らさずに俺は言葉を続けた。

「俺が1軍に上がった時も言いましたけど俺を信頼できないなら、力だけでも信頼させる。それで…アンタに必要だって言わせる」
「な、なんだよ…それ」
「腑抜けたプレーは勘弁してくださいね?エースのアンタにしか興味ないんで」

彼、成宮鳴がエースではなかったら。
俺はきっと今頃彼らとアメリカで戦っていただろう。
沢山の歓声の中、1という数字を背負って。

彼がエースだから。
彼が俺の初めてであった、尊敬すべきエースであったから。
俺はここに戻ろうと思えたのだ。

「お前、マジで何様だよ!!?腑抜けたプレーしたのはお前だろ!!?」
「あれはお互い様じゃなかったですか?」
「はぁ!!?」

掴みかかってきた成宮さんは俺と視線を合わせて、少しだけその瞳を不安気に揺らした。
その意味が俺には分からなかったけど、そんなの今更だった。
自分に対する負の感情には鋭いが、それ以外の感情には鈍い。
だから、きっと彼の隠された感情の意味に気づくことは俺には出来ないだろう。
負の感情じゃない彼の感情を知りたいとは思うけど、知ることが出来ないことはもうわかっていて諦めている。

「成宮さん。アンタにとっては迷惑な事かもしれませんけど」
「なんだよ」
「…ただいま、戻りました」

どんな言葉で、何を伝えるべきか俺にはわからない。
きっとどんな言葉でも彼は俺に対しての苛立ちを消さない。
帰ってきたらなんて言うんだっけ、と子供を諭すように言った白河さんの言葉を思い出しながら、彼には言っていなかったなって思ったからそう言った。
今彼に伝えるべきことはそれだけだと思ったから。

なのに、なんでか成宮さんがこんな風に泣きそうな顔をして、唇を噛んでいて。
見たことない彼の姿に凄く驚いた。

「お、か…えり…」
「…はい」

途切れ途切れなその言葉に一つ、言葉を返せば彼は俺の胸倉から手を離した。

「…遅ぇよ、馬鹿」
「2週間経ってませんけど」
「それでも遅い!!」

安心したように、でも呆れたように原田さんは大きなため息をついた。

「いいから、お前ら試合見ろ。何のために来たんだよ」
「わかってるよ。うるさいなー、雅さんは」

いつも通りに戻った成宮さんを原田さんは叩いて、結城さんの隣へと戻っていく。
その彼の口元が安心したように微笑みを浮かべていて、俺は首を傾げたのだった。

「やっぱり、仲良いんですね」

そう言って微笑んが赤松に多田野は困ったように笑っていた。

「お帰り、颯音」
「ん、ただいま。…まぁ、またよろしく」



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