「お前らは、いい加減試合見ろ」
「あ、すいません」

呆れ顔の雅さんに玖城は謝って、視線をマウンドに向けた。

「あ…」
「げ、アイツ…」
「沢村、ですね」

自然な動きで、隣に玖城が立つ。

「これだけランナー溜めたら流石にベンチも…」
「四球出したくて出す投手なんて一人もいないけどな」

樹の言葉にそう返せば驚いた顔をしてこちらを見ていて眉を寄せる。

「なんだよ」
「いや…なんか人間ぽい答え」
「どういう意味だ」

樹を睨めばすみません、と彼は苦笑を零した。
そして、彼の視線が俺から少しずれた。
その視線の先に俺も視線を向ける。

ただ真っ直ぐ、玖城は沢村を見つめていた。
一球目の彼の投球。
インコースいっぱいのストレートを見て、彼は本当に少しだけ安心したように目を細めた。

「…敵の心配してんじゃねェよ、バーカ」
「え?」

玖城はこちらを見て目を瞬かせる。
彼がデッドボールへの異常なまでの反応を見せることは知ってる。
沢村のデッドボールに対しても、自分と同じだと話していたことも憶えている。
憶えているけど…なんで敵の心配までしてんだよ。

「成宮さん?」
「何でもねぇよ」

彼から視線を逸らして、内心舌打ちをする。
イライラするのを何とか押さえながら見つめた沢村の投球は前に戦った時とは全然違っていた。

「へぇ…結構出てますよね。今の」
「…まぁ、そこそこだな」
「てか、どうします?成宮さんに被ってきてません?サウスポーのエース」

突然の玖城の言葉に「はぁ!!?」と彼に詰め寄れば冗談ですと、彼は笑った。

「エースは貴方一人ですから」
「は?」
「貴方より上がいるとは思ってませんよ」

玖城は真面目な顔してそう言って、視線を試合に戻した。

「……お前も、エースだろ。そう易々と負けを認めていいのかよ」
「え?あぁ…それはちょっと怒られそうなんでやめときます。けど、俺にとってのエースは成宮さん一人ですよ」
「自分を除いてってことかよ」

そうなりますね、と彼は言った。
まぁ、実力があることはわかってるしそれがまだ全力じゃないことも分かっているが。

「生意気」
「今更ですね」
「エース番号は絶対に譲らねェから」

彼がエース争いをしてくるとは思ってない。
ただ彼の言葉に応えたかっただけ。

「わかってますよ。稲実でアンタ以外に、その数字は似合わない」
「ふん、よくわかってんじゃん」

彼がどんな顔してその言葉を言ったかはわからない。
けど隣に立つ彼の言葉は柔らかさを含んでいたから、きっと笑っていたんだと思う。

…それにしても、調子悪いな一也。
さっきからチャンスで全然打てていない。
轟のボールに三球三振した一也を見ながら眉を寄せる。

「4番の仕事、全然出来てねェじゃねぇか」
「御幸さんですか?…あれ、壊れてますよ」
「は?」

驚きの声を上げたのは青道の3年だった。

「ねぇ、今のどういうこと」
「そのままですよ。多分、どこか痛めてます。前に見た時とスイング全然違うし」

怪我か?と顔を見合わせる彼ら。
小湊さんだけ真っ直ぐ玖城を見ていた。

「足はちゃんと踏ん張れてるんで、多分上半身ですかね。まぁ、詳しくはわかりませんけど」
「上半身って…まさか、昨日のクロスプレー?」

相変わらず、人の怪我には敏感だな。
けど、これで納得がいく。

「その怪我にみんなは気付いてないんですかね?」
「気付かせねぇだろ、一也なら。キャプテンで4番で、正捕手で…前日に抜けて見ろ。ガタガタになるのが目に見えてんだろ」
「前のチームで言ったら、前日に原田さんが抜ける感じか…」

隠して試合に出なきゃなんねぇ気持ちも分かるけど。
出るなら、腑抜けたプレーしてんじゃねぇよ。





眉を寄せる成宮さんから視線を青道の3年へと向ける。
昨日のクロスプレー…
どんなものかは見てないけど、捕手の彼が巻き込まれたクロスプレーなら走者が体当たりしたとかそんな感じだろう。

「あのプロテクターつけてても、痛いものは痛いしな」

御幸さんの後、倉持さんがホームに返り1点を返す。
そして再び死球で満塁。
あの急造の投手のボールがストライクに入らなくなり出した。
まぁ、所詮急造の投手だ。
マウンドという特別な場所にそんな奴が上がって勝てるわけがない。

「また荒れ始めましたね」
「その日の調子に関係なくどう試合を作るかが投手の役目…。その日どころか回ごとに調子が変わるような奴を投手と呼べるかよ」

どこか怒気を含んだ彼の言葉に多田野と赤松君が顔を見合わせて怒ってますね、と言葉を交わす。
まぁ怒るのも頷ける。
投手には投手のプライドがある。
他とは違う、特別なもの。

「怒らないでくださいよ。彼はここでお終いみたいですから」

交代して出てきたのは真田という投手。
ピンチの場面を1球で切り抜ける辺り、恐らくあのチームのエースだ。
続く回、長いミーティングをしていたところを見ると御幸さんの怪我が明るみになったのだろう。
そして、チェンジアップを投げた沢村に完全にキレている成宮さんの隣、アイツは本当にエースになりたいんだなとマウンドの上の彼を見つめていた。
成長速度が著しい。
彼は確実に、後々面倒な選手になるだろう。
俺の打ち損じたあのカットボールを自在に操るまでになっているし。

「まぁけど…負けないか…」
「なに?」
「いえ、別に」

少しだけ笑えば成宮さんは不服そうに眉を寄せた。

「お前さ、なんで青道の試合見てるときだけそんな楽しそうなんだよ」
「え?そんなことなくないですか?」
「いーや、あるね!!怪我してる時、俺が出てる試合見なかったくせに」

あぁ、それまだ引きずってるんだ。

「どうやったって敵になるってわかってるんですから、研究材料は多い方がよくないですか?」
「それはそうだけど。なんで楽しそうなのって聞いてんの」
「予想外のことばっかり、してくるからですかね。ほら、成宮さんも青道と戦うとき凄い楽しそうだったじゃないですか。それと同じです」

倉持いるからじゃないよなと彼は俺の足を軽く蹴った。
視線を彼の方に向ければ、疑うような目を俺に向けていてつい笑ってしまった。

「ちょ、なんで笑ってんの!?」
「いえ、浮気を疑う彼女みたいだなーって」
「はぁぁあ!!!?ふざけんな、なんだよそれ!!」

容赦なく足を蹴ってくる彼に俺は口元を隠して視線を逸らす。

「まぁ、倉持さんは好きですしプレー見てるのも楽しいですけどね」
「ほらみろ」
「別に俺、倉持さんと特別な関係ってわけでもないですしそこまで気にしなくていいんじゃないですか?」

今後特別な関係になる予定は?とどこから話を聞いていたのか、小湊さんがこちらを見てニコニコと笑った。

「今のところその予定はないですね。けど、」
「けど?」
「もっと大きな舞台で一緒にプレーする約束はしましたよ」

まとめて倒してやる、と横で成宮さんは呟いた。
完全に倉持さんまで敵認識されてる。

不機嫌そうに成宮さんは試合に視線を戻した。
まぁ、そのイラつきが御幸さんの凡退に対する怒りと交ざって完全にブチギレてた。
それを見て、これが本性だよと多田野は赤松に説明していた。

たった2週間弱で、こう…多田野が成宮さんの扱いに慣れてきている気がした。
原田さんのポジションを継ぐってことに対する重荷はプレーに対してだけではなく成宮さんの手綱をいかに握れるかってとこにもあると思ってたけどその辺はなんか心配なさそうだ。

「あーもう、なんなの一也は!!俺に代われって」
「いや、敵ですからね!?」
「言われなくても分かってるよ、うるさいな樹は!!」

何か多田野に対する当たりも少し、変わった気がする。
何がって言われると困るけど、何となく少しだけ優しくなった?
いや、信頼してるからこそのこの当たり…みたいな?
きっとこの2人もいいバッテリーになるだろう。





「なんか仲良くやれてるっぽいな」

カルロは視線を鳴と玖城に向けてから安心したそうに笑った。

「今だけだろ、多分」
「…そういうこと言うなよ」
「帰ってきた直後だし、残留するって宣言したから今は舞い上がってるけど。段々元に戻る」

このまま仲良くならねェかな、と言ったカルロに無理だろと即答すればやっぱりそうだよなと苦笑を零す。

「けど、鳴が玖城をチームメイトって言ったのは成長だろ」
「それはそうだな。録音しておけばよかった」
「だな。…けど、やっと肩並べて笑えるようになったんだな。あの2人」

今までアイツらが肩を並べることなかったろ?と言った彼に思い返せば確かにそうかもしれない。
2人の間には基本的に誰かいたし、2人で話すときは真正面からで喧嘩するばかり。
肩を並べていたのなんて、祝賀会で2人が抜けだした時くらいだろう。

肩を並べて時折言葉を交わし、目も合さずにクスクスと笑う。
普通のはずの光景があの2人がすると凄く珍しくて。
けど、どこか当たり前のような気もした。

「似合うな、あの2人」
「は?」
「隣に並んでるの、絵になる」

カルロは2人を見て、確かにそうだなと笑った。
肩を並べて笑う2人を見ていたのは俺達だけじゃなかった。
雅さんも他の先輩も、2人を安心したような眼差しで見つめていた。



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