「なんか、不機嫌そうな顔してんな」
「別に」

試合観戦の帰り道。
ここに玖城の姿はない。
用事があるから、というのはさっき白河から聞いた。

「…玖城がいないから拗ねてんのか?」
「拗ねてないから!!雅さんの馬鹿」
「あ?」

偶然見てしまった。
皆、気付いてなかったけど。
青道のマネージャーとアイツが話している姿。

玖城は今まで友達を作ることも彼女を作ることもしなかった。
多分早々にチームを離れることを決めていたからだと思う。
けど、このチームに残ると宣言した今…彼女を作ることは決しておかしなことではない。

何かプレゼントみたいな物も渡してたし、もしかしたら結構前から繋がりがあったのかもしれない。
アイツはモテるらしいし、別にアイツが誰と付き合おうが俺の知ったことじゃない。
知ったことじゃない…はずなのに。
どうしてだろうか、とてもイライラする。

「あ、颯音!!」
「あれ…普通に間に合った」
「鳴さんの写真撮影に結構時間がかかって」

人気だな、と呟き彼は集団の後ろ、樹の隣に並ぶ。

「よかったな、戻ってきたぞ。玖城が」
「うるさいよ、カルロ。別にいなかったからイライラしてたわけじゃない」
「じゃあなんでイライラしてんだよ」

別に、と顔を背けて溜息をついた。
なんでイライラしてるのかなんて、俺が知りたいっての。

「けど、よかったな。玖城が残ってくれて」
「え?あぁ…うん」
「なんだよその歯切れの悪い感じ」

樹との話には納得した。
俺がアイツの過去やJoker'sを気にし過ぎていたってこと。

けど、皆は知らない。
アイツのいたJoker'sってチームがメジャーに一番近いと言われるチームだってこと。
アイツがそのJoker'sでエースだってこと。
アイツのチームメイトがアイツを返してほしいと言ったこと。

皆は知らない、けど俺は知ってる。
だからまだ、スッキリしない。
チームに残ってくれることに安心している反面、アイツのチームメイトとかはどうしているんだろうって。

「何考えてんだよお前。さっきはあからさまに不機嫌そうだったのに今度は複雑そうな顔して」
「俺にも色々あんの!!」

人がいるところでは聞かない方がいいんだろうな。
Joker'sのことは隠していたっぽいし…
あぁ、けど雅さんは知ってた。

他の奴らは?
知らないよね、やっぱり。
知らないから、彼が帰ってくると無条件に信じられたんだ。

この悩みは俺だけのもの。
俺だけが抱いているもの。

「……なんだかんだ言って、俺が一番…知ってんのかな…」

そんなはずないか。
樹が一番仲良いし、俺よりも白河やカルロの方が親しい。
このチームで、一番アイツから遠いのはきっと俺だ。

「背中合わせ…か、」

俺らの間のドアは、きっと今も消えていない。
俺はそう…思っていた。





久々に帰ってきた寮の自室。
机の上に埃などが溜まっている様子はなく、遅れて部屋に入ってきた白河さんに視線を向ける。

「あの、ここの掃除って…」
「勝手にやった。出来るだけ、物は触ってないから」
「え?あ…すいません、そんなことさせてしまって」

好きでやっただけだから、と彼は気にした様子もなく言った。

「鳴が呼んでたから。一応早めに、行ったほうがいいよ」
「成宮さんが、ですか?わかりました」

何か、しただろうか?
いや…とりあえずここに残留することが問題か?

「多分、玖城の本…返すんだと思う」
「あ、そういうことか…ありがとうございます。ちょっと行ってきます」

部屋で大丈夫ですかね、と尋ねれば多分ねと返答があった。

成宮さんの部屋のドアをノックすれば開いてる、と彼の声が聞こえた。
ドアを開け、失礼しますと中に足を踏み入れれば部屋の中には彼の姿しかなかった。

「…他の方は?」
「出て行ってもらった。ちょっと、お前と話さないといけないことがあるから」

入り口で突っ立ってないで、入って来いと言われて部屋の中に入る。

ベッドに座っていい、と言われたので素直にベッドに腰を下せば背もたれに腕を乗せ、その上に顎を乗せて成宮さんは視線だけこちらに向けた。

「……なんですか?」
「なんで、帰ってきたの?」

…やっぱり、そう来るか。
まぁ、この人が俺のことを嫌ってるのはわかってることだし…

「貴方に、必要とされるために」
「そういう話をしてるんじゃない」
「じゃあ、どういう…?」

Joker'sはどうすんだよ、と彼は言って視線を伏せた。

「メジャーに一番近いと言われるチーム。お前はそこでエースをしてる。お前のチームメイトは、お前を必要としてた。…ケビンに言われたよ。お前を返せって。チームの柱が、こんな所にいていいのかよ。」
「…俺は別に、チームの柱じゃない」
「え?」

顔をこちらに向けた彼から、今度は俺が視線を逸らした。

「Joker'sは俺がいなくなったくらいで、壊れない。アイツら全員、柱になりうる奴らです」
「…だとしても、お前はエースだろ?」
「そうですね」

エースがチームを離れていいのかよ。
成宮さんのその言葉に俺は曖昧に笑うしかなかった。

「よくはないですよ。俺が抜けることできっと凄い迷惑をかけてます」
「…なら、」
「けど、それでも。アイツらは行ってこいって背中を押してくれました」

成宮さんが僅かに目を見開いた。

「なんで?だって、こっちで3年間を過ごせばもう一緒にプレーできないんだぞ?」
「普通なら、ですよね?」
「は?」

Joker'sはどこかの学校に属したチームじゃないんですよ、と言えば彼は首を傾げた。

「Joker'sは部活じゃないので高校を卒業したからって終わるものじゃないんです」
「……それって…」
「元々高校生でチームは解散する予定でした。けど、元々大学進学を希望してるメンバーの方が多かったんです」

解散して、それぞれ大学の部活に所属する予定だった。
けど、それをやめてチームを大学卒業まで存続させることを決めたのだ。

「……じゃあ、また一緒に野球出来るのか?」
「はい。高校卒業したら向こうに戻る予定なので。4年間はアイツらとプレーします」

成宮さんは俺の言葉を聞いて、ほっと息を吐いた。

「…なんで、」
「え?」
「なんで、そんな顔してるんですか?」

ほっと息を吐いた彼は安心したように笑った。
目を伏せて、彼の口は綺麗な弧を描く。

「そんなって?」

怪訝そうに寄せられた眉とこちらをじっと見つめる目。
いつもの成宮さんの表情だった。

「いえ…」
「あ、そうだ。これ、返す」

鞄から引っ張り出されたのは俺が彼に預けた本だった。
結局、あの安心した表情については聞けなかった。

久しぶりに自分の手に戻ってきたその本の表紙をそっと指でなぞる。
指先に慣れた表紙の感触。
蘇ってくる記憶を途切れさせたのは成宮さんの俺を呼ぶ声だった。

「どうかしましたか?」
「え、あ…いや…その、なんだ?」

彼は目を泳がせてから大きく息を吐き出す。

「重たいなら…重たくなったなら、」
「ん?」
「半分持ってやっから」

何をとは彼は言わなかった。
それでも俺には彼の言葉の意味がわかった。
けど、俺はただそれに何も言えなかった。
彼の優しさを素直に受け入れられなかった。
嬉しいと感じた反面、その優しさがどこか心に突き刺さる。

「綺麗ですね、」
「え?」
「本当に、」

本当に彼が綺麗だから。
彼が綺麗に笑っているから…
俺の心は悲鳴を上げるんだ。

あの時彼が鍵を開けなくて、安心したんだ。
彼が俺の中に踏み込まなくて、よかったと…そう、思ったんだ。

「…どうした、お前?」
「いえ、なんでもないです。ありがとうございます」

ベッドから立ち上がって、ドアの方に歩き出した俺に彼は何も言わなかった。

「あとで、お土産持ってきますね」
「お土産?」
「アメリカ土産。お菓子なんですけどね、凄い美味しい奴教えて貰ったんです」

それじゃあお邪魔しました、と外に出た。

「…どうか、扉を開けないで」

貴方にこっち側は似合わないから。

自分の部屋に戻れば、多田野がいて。
おかえりとへにゃりと笑いながら言った。

「ただいま。なんだよそのしまらない顔」
「ひどっ!?ただ、颯音が帰って来てくれて嬉しいだけなのに」
「…あっそ」

成宮さんだけじゃない。
彼も、白河さんも神谷さんも俺がこっちで出会った皆。
こちら側には踏み込んで来ないで。
俺は汚したくない。
綺麗な野球をする綺麗な彼らを。



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