御幸を病院に連れて行ったあとの祝賀会で夏川が少し声を小さくして、俺を呼んだ。

「何?」
「これ、玖城君から」

騒がしい食堂の外で手渡されたのは紙袋。

「は?玖城から?俺に?」
「うん。試合の後渡しに来てくれたんだけど、倉持は御幸の付き添いでもういなくって」
「あぁ…ありがとな」

どういたしまして、と夏川が笑って食堂の中に戻っていく。

そういや、見に来てたもんな玖城…
結局どうすることにしたんだろうか。

そんなことを考えながら紙袋を開いて俺は目を丸くさせた。

「は?これって…」

見間違うはずがない。
俺はこれをよく知っている。

「沢村!」

食堂の中、騒ぐ沢村から携帯を借りて彼の携帯に電話をかけた。
数回のコール音のあとかけてくると思ってました、と彼の声が聞こえた。

「夏川から貰った、今!これ、あれだろ!?」
「あってました?倉持さんの好きなプロレスラー」
「あってる!!」

紙袋の中に入っていたのは俺の好きな選手のサインが書かれた色紙だった。

「向こうに戻って試合した時に見に来てくれて。日本で世話になってる先輩がファンなんですって言ったら心よくサインしてくれたんです」
「マジかよ!!サンキュ!!スゲェ嬉しい」
「喜んでもらえてよかったです」

色々気にかけていただいたお礼です、と彼の声色は以前より少し穏やかだった。

「なんか、落ち着いたな。声が」
「え?そうですか?」
「あぁ。ちゃんと、決めてきたんだな」

はい、と答えた彼の声の向こう玖城を呼ぶ成宮の声が聞こえた。

「すぐ行くんで待ってください!!…すいません、呼ばれてるので」
「おう。また、時間が合えば会って話そう」
「はい。それじゃあ、またどこかの試合で」

彼はそう言って電話を切った。
またどこかの試合で。
と、いうことは…

「残ること決めたんだな…」

Joker'sはどうすることにしたのだろうか。
まぁ、追々聞けばいいか。

紙袋の中のサインをもう一度見て頬を緩める。
甲子園出場に加えて、こんな嬉しいプレゼントが貰えるとは思ってもいなかった。

「いい日だなぁ、今日は」






青道が神宮大会で戦う中、稲実はトレーニングの期間に入っていた。
フィジカルトレーニングがメインにはなるが、ボールに全く触れないということはない。

投げたい投げたいと騒ぐ成宮さんをブルペンから追い出した多田野がきょろきょろとグラウンドを見渡す。

「樹、手空いたなら受けて」
「わかった。……………え?」

目を瞬かせる彼の横を通り過ぎてブルペンに入る。

「待って!もう一回!!」
「早く入ってよ」
「いいから、もう1回!!」

樹、と彼の名前を呼んで彼の方を見る。
彼は目を輝かせ、頬が緩むのを必死にこらえていて。
そんな姿が目に入って俺はつい笑ってしまった。

「待て、してる大型犬みたい」
「だって!颯音が今、樹って!!」
「あと2年一緒にやるんだから、苗字っていうのもあれだろ」

俺の言葉に彼は嬉しそうに笑って、俺に抱き着いた。

「スゲェ嬉しい」
「そりゃよかった」
「なんか、やっと…認めて貰えた感じ」

彼の言葉に俺は首を傾げる。

「ずっと、お前のことは認めてたつもりだけど」
「え?」
「あぁ、そうだ。あと改めて」

来年は一緒に甲子園に行こう。

俺はそう笑って彼にボールを手渡す。
それを受け取った樹は嬉しそうに笑って頷いた。

「勿論」





練習を終えた後。
夜のほんの少しだけある自由時間に樹と玖城が寮の外で二人で話しているのを見つけた。

「アイツらやっぱり仲良いよな」

カルロの言葉に白河もこくりと頷く。

「1軍にいる1年ってあの2人だけだったし」
「クラスも一緒だっけ?そういや」
「うん、確か。昼とかも一緒に食べてたよね」

話している内容は練習のときのことの様だった。
ミットを動かす癖があるとか、リリースのポイントが少しずつずれるとか。
バッテリーらしい会話の中、ふと違和感を抱いた。

「玖城さ、樹って言ってね?」
「え?」

俺の言葉にカルロと白河が目を瞬かせ、2人の会話に耳を傾ける。
そこで確かに、玖城が樹と彼のことを呼んだのだ。

「うわ、まじだ」
「へぇ、帰ってきてそういうとこも変わったってことか」
「みたいだな」

少しずつ仲間になってるんだな、とカルロが笑う。

「お前らなんて呼ばれる?」
「神谷さん」
「白河さん」

で、俺が成宮さん。

「…ここの呼び方変わらないの?」
「あぁ、もしかして鳴って呼んで欲しいの?」

白河はそう言って目を細め、笑う。

「なっ!?違う!!」
「どうだか。鳴は玖城のこと大好きだもんね」
「べ、べつに好きじゃないから!!」

大声を出したからか2人がこちらに気づく。

「お疲れ様です」

2人がそう言って小さく会釈をする。

「随分仲良くなったみたいだな」

カルロの言葉に樹は嬉しそうに笑った。

「そうなんですよ!!樹ってやっと呼んでくれたんです」
「その流れで鳴のことも名前で呼んでやって」

白河の言葉に玖城は目を瞬かせる。

「鳴さん、ってことですか?俺は別にいいですけど」

玖城の言葉にカルロと白河が嫌な笑みを浮かべてこちらを見た。

「よかったな、鳴」
「お前も呼んでやれば?颯音って」
「は!?俺が!?」

無理に呼ばなくていいですよって、玖城が笑う。
帰ってきたアイツは変わった。
けど、変わらず勘違いしている。
いや、させているのは俺なんだけど。

「颯音」
「え…?」

別にもう、お前のこと嫌いじゃない。
つーか、好き…な方…だと思うのに。
それを分かってない。

「颯音!!」

あー、もうクソ恥ずかしい。
名前呼ぶのでドキドキするなんて、どこの少女漫画だよ。

「なんですか、鳴さん」

そう言って困ったように微笑んだ彼に息が詰まった。

は?
待て待て待て。
なに、これ。
おかしくね?おかしいよね?
何で俺、今…

「じゃ、俺も颯音って呼ぼうかなぁ」
「じゃあその流れで俺も」

…ドキッとか…しちゃってんの!?

カルロと白河の会話が遠くに聞こえる。
代わりに、大きな音で俺の耳に届くのは心音。
紛れもない俺自身の心臓の音。
いつもより少しだけ速いその音に俺は首を横に振った。

そうだよ、ただちょっとびっくりしただけだ。
アイツが俺のこと名前で呼んだから。
そう、きっとそうだ。
俺らどっちも男じゃん。
恋とか…そういうんじゃない。
そういうんじゃ…ないよな…?

必死に否定しながらも頭の中に浮かんだのは玖城…じゃなくて颯音が青道のマネージャーと話していた姿。
手渡していた紙袋。
そして、あの時の意味の分からない苛立ち。

「…冗談だろ」
「鳴?」

白河がこちらを見て首を傾げる。

「何か、顔紅くね?」

カルロがそう言って俺の顔を覗き込む。

「あ、暑いだけ!!」
「は?」

違う。
そんなはずない。
必死に否定しながら、カルロから顔を背ければ不思議そうに颯音が俺を見ていた。

途端に心臓が跳ねる。

「鳴さん、風邪とかひかないでくださいよ」

樹の言葉にひかねぇよ、と返して顔を背けた。

違う。
きっと、違う。
この心音はそういうんじゃない。

だって、俺達は。
背中合わせなのだから。



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