「あ、の…颯音…」
「なに?」

朝、教室で本を読んでいれば恐る恐る俺に声をかけてきた多田野。
視線を上げずにそう返事をすれば多田野は言いずらそうに言葉を詰まらせる。

「…なに?」
「いや…昨日は、悪い…」

昨日、俺の荷物を勝手に成宮さんたちと漁ったことを気にしていたらしく、視線を少しだけあげれば瞳が所在なさげに揺れていた。

「あれは…鳴さんが、あの」
「いいよ、別に。気にしてないし」
「、え?」

本のページを捲って、溜息をつく。

「でも怒ってた…よな?」
「あぁ、あれな…大人気ないことしたと思ってるよ」

多田野が黙り込んだから、俺は不思議に思ってまた彼を見上げる。

「…多田野?」
「怒られると思った…昨日、怖かったし」
「まぁ、あれは誰だって怒るだろ。成宮さんには無駄なだけだろうけど」

多田野はごめん、とまた呟いた。

「しつこい」
「え?」
「いいって言ってんだから、それ以上謝るな。うざい」

多田野は目を丸くして俺を見た。

「…なんだよ」
「あ、いや…やっぱ颯音って優しいんだなって」
「………お前、Mなの?ウザいって言われてなんで優しいになんの」

うわぁ、と言葉を零しながら言えば多田野は慌てて違うから!!と叫ぶ。

「…うるさい」
「ちょ、ひどいっ!!」

わーわーと騒ぐ多田野に溜息をついて、本を閉じる。

「颯音?」
「…白河さんが今朝、ほとんどしゃべらなかったのって…昨日のあれのせい?」
「え?あぁ…多分」


昨日自分の言った言葉を思い出してまた溜息をついた。

「白河さんには申し訳ないことした」
「俺は!!?」
「…別に…」

ひどっ!!と声を上げた彼に俺は頬杖をついて視線を廊下に向けた。

「……げ」
「なに?」

視線を逆方向に向ける。

「颯音?」
「樹ーっ!!!」
「あ、鳴さん!!?」

俺は眉を寄せて、多田野はびっくりしてか肩を揺らした。

「え、颯音…?」

遠慮もなく教室に成宮さんが入ってくる。

「樹、今日昼にミーティングだって!!」
「あ、はい!!」
「玖城にも…て、いんじゃん」
「え、鳴さん!!!?」

多田野の驚いた声が聞こえてそちらを見れば成宮さんが多田野の後ろに隠れてこちらを見ていた。

「………なんすか」
「別に…今日、昼にミーティング」
「聞こえてましたけど」

成宮さんはいつもみたいに言い返さずに、瞳をゆらゆらと揺らす。

「………なんなんですか」
「なんでもない!!」
「そうですか」

だったら、見なければいいのに。
めんどくさい…
俺は閉じた本を開いて、頬杖をついたまま視線を本に向ける。

「…あ、あのさ」
「なんですか」
「ご、ご…」

何か言おうとする成宮さんに視線を向ければ、どこか嫌そうに顔をしかめているのが見えて溜息をついた。

「思ってもいない謝罪はいりません」
「「え?」」
「…反省してないんでしょう?」

多田野が慌てたように俺の名前を呼んだ。

「それとも、嫌いな奴に謝るなんて…プライドが邪魔しますか?」
「は?」
「そんなもので言葉にならなくなるような謝罪も…俺には必要ありません」

成宮さんは目を丸くして、俺を見た。

「ちょ、颯音!!そんな言い方…」

チャイムが鳴って俺は視線を本に戻す。

「予鈴ですよ」
「……知ってる」
「帰った方が良いんじゃないですか?」

俺の言葉に成宮さんは俯いた。

「わかってるよ!!!」

成宮さんは俯いたまま教室を出て行って、俺は本を閉じた。

「……なに、多田野?」

視線を感じて、そう彼に問いかければ多田野は少し、言葉を詰まらせて。

「鳴さんも…反省、してた…」
「してないよ。あの人は…反省してない」
「なんで、そう思うんだよ」

俺は溜息をついて、視線を窓の外に向けた。

「………逆に、何で反省してると思った?」
「え…それ、は…」
「…反省って、悪いことをしたと思っているから出来るんだよ」

あの人は悪いことをしたと思ってないよ。
俺がそう言えば多田野は俯いて。

「……ごめん」
「多田野が謝ることじゃない」
「…うん」





昼休み。
多田野は俺の前に来て、名前を呼ぶ。

「ん?」
「ミーティング、場所知らないだろ?」
「あぁ…」

お弁当を持って行くと言われて、鞄の中からカロリーメイトを出して。

「やっぱり、それだけ?」
「……悪い?」
「いや…別に…」

屋上に行けば見慣れた顔がいくつかあった。
「よう、玖城!!」

神谷さんの言葉に頭を下げる。

「座れよ、隣」

神谷さんは自分の隣を叩いて、俺は視線を伏せたままそこに座った。

「またカロリーメイト?」

神谷さんとは反対側の白河さんの言葉にはいと頷いて、封を開ける。
向かい側に座る成宮さんはキャプテンの後ろに隠れて俺を見ていて。
それを見ないように視線は下におろしたままにした。

「全員揃ったな。今日集まったのは次の練習試合について話すためだ」

キャプテンの声を聞きながら、口の中のものを飲み込む。

「対戦相手は修北と青道だ」

…どこだろう。
いや、まぁ知るわけないか…

「修北とは主力メンバー、青道とは控えメンバーで戦う」

ダブルヘッダー…か。

「玖城。お前は初試合になるな」
「…はい」
「ポジションはライトだ」

キャプテンの言葉にはい、と答える。

「よかったな、玖城」
「……主力が出ないから繰り上げで出られるだけでしょう。俺の実力じゃありません」
「たく、冷めてんなぁ…」


やっと、このチームが戦ってる姿が見れる。
ゴミをグシャッと握りしめた。

「……やっと、か」
「玖城?」

白河さんが俺の名前を呼んで、俺は顔を上げた。

「…はい?」
「…いや、なんでもない」

試合についての話は終わって、帰ろうとすればキャプテンが俺を呼び止めた。

「なにか?」
「……投手として、出しておきたかったんだけどな…」
「…大丈夫です。俺は投手としてマウンドに上がる機会はありませんから」

俺の言葉にキャプテンはだといいな、と答えた。

「…鳴となにかあったか?鳴の様子がおかしかったが」
「機嫌を損ねたみたいです。ご迷惑おかけしてすみません」

失礼します、と頭を下げて屋上を出た。



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