運命の出会い

Book mark


 これは一体、どういうことだ。
 この目で見た光景が信じられないなんて、俺はどうかしている。


 事の始まりは九月の上旬――秋季。
 この大陸を統べる竜帝の花嫁候補を選出することになったので、地方の視察と称して花嫁候補を帝都まで護衛するために、辺境にあるアポイナ村におもむいた。

 アポイナ村の領主からも、アポイナ村への道中を共にする地元の騎士からも、今回の花嫁候補に自信があるようで自慢話ばかりされた。
 領内から花嫁候補を送り出せるだとか、辺境に美しい娘がいるとは奇跡だとか、耳がおかしくなりそうになった。軽い洗脳を受けた気がする。

 それから俺達はアポイナ村の人々に歓迎され、まずは花嫁候補に会うことになった。
 確かに自慢するのも頷ける、辺境では珍しい美貌を持っていた。
 柔らかな亜麻色の髪は背中まであり、琥珀色の瞳は蜜を垂らしたように色っぽい。体躯も年頃の娘らしく、華麗と受け取れた。
 だが、それだけだ。感心させる美貌の持ち主でも、偽物臭い態度できょうが削がれた。

 出発は二日後。それまで村のことを調べようとした。
 アポイナ村の水源は少なく、土地もれている。それでも村をおこせているのは鉱石を採掘できる鉱山のおかげだと聞かされた。
 初日のうちに鉱山へ向かったところ、その鉱山は名物になるものが見当たらなかった。

 これはおかしい。いくら村があると言っても、名物にもならない鉱石ばかりでやり続けられるほど世の中は甘くない。
 しかも、この村の土地は全て村長のものだとも聞いた。

 村長一家は、アポイナ村を含む辺境全体を統治する地方貴族と血縁ではない。
 領主一族と一切の関係を持たない、ただ村民を纏めるだけの代表者。
 それなのに村民の全てが、村長の所有する土地を借りて生活している、という現状が出来上がっていた。
 一人一人の村民のものとなる証が全くない。借りものばかりで生活しているせいで、自分の手には何も残らない。

 領主から村長を拝命はいめいされたというはるか昔の経歴から、数百年が経った現代でも上位者の権威をかさに着て下々に威張り、搾取さくしゅした結果のさびれた村――そんな印象がつく。

「ひぃ!」
「ヘ、ヘルハウンドだぁ!」

 鉱山の視察を終えた頃、ヘルハウンドという犬型の魔物の群れに襲われた。
 俺と友人ならまだしも、手練れでもない二人の騎士は歯が立たないだろう。
 さて、どうしようか。

「あの魔女め……! 手を抜きやがって……!」

 ……魔女?

 村民の悪態に違和感を覚える。だが、今は魔物を討伐しなければ死傷者が出る。
 ひとまず魔法を行使しようとした――その時、凛とした張りのある声が聞こえた。

「『ショックウェーブ』=I」

 次の瞬間、視界の端を紫電が明るく染め上げた。
 驚く間もなく、電撃に触れたヘルハウンドは倒れていく。

「なっ、雷魔法……!?」

 風属性の上位互換・雷属性を開花しなければ行使できない魔法。
 アポイナ村へ派遣された騎士達の中に、雷魔法を使える者はいない。
 呪文を唱える声から女性であると気付き、そちらへ向くと、討ち漏らしたヘルハウンドが一つの人影へ駆け出す瞬間を視界に映した。

「逃げろ!」

 咄嗟に叫ぶが、人間よりも足が速いヘルハウンドから逃げられるはずがない。
 焦燥しょうそうに駆られた刹那、肌に冷気を感じた。

「『フリージング』=I」

 次の瞬間、残りのヘルハウンドが全て凍り付いた。
 あっという間だった。水属性の上位互換・氷属性の魔法を呼吸のように発動し、いとも簡単に魔物を倒したのだ。
 そもそも滅多に開花しない上位属性の魔法を自由自在に操る平民は初めて見る。

 よく見ると、その人間は……少女だった。
 真っ直ぐ伸びた腰まである黒髪は綺麗だが、毛先は不揃い。前髪も鼻にかかるほど伸ばしているせいで、顔のほとんどが判らない。背格好で判断するなら、大体十五歳ぐらいだろうか。
 まるで幽霊のような子だ。そう感じたのも一瞬だけ。

 ドクリ、心臓が強く脈打つ。
 異様なほど全身に響く鼓動こどうの強さに困惑する。

 これは……何だ? 俺は一体、どうしたのだ?

「貴方達、誰?」

 胸倉を掴んで混乱する最中さなか、少女は俺達を警戒する。
 物怖じしないその姿勢と、凛と澄み切った声に、何故か惹かれるものを感じる。

「おい! 失礼な態度をとるな!」

 少女に話しかけようとしたが、逃げ惑うことしかできなかった村の男達が、少女に向かって怒鳴り散らした。
 異様な光景に眉をひそめると、酷い暴言が吐き出された。

「魔女は魔女らしく森に閉じ籠ってろ!」

 これは流石に不快になった。俺達を助けてくれた相手に対して、まるで厄介者のように当たり散らすなんて。
 彼女が殴られそうになるまで発展したが、寸前で止めることができた。

 村人は少女に二言だけ言い捨てて、少女は反抗することなく森の中へ入っていった。
 森の中は危険だ。いくら近道でも、暗くなる時に入るとどんな目に遭うか判るはず。
 仲間に一応告げてから追いかけると、少女は空を飛んで帰ると言った。

 まさか地属性で飛ぶ……否、浮く魔法が存在するとは予想外だ。更に風魔法を同時に維持して飛ぶなんて、並大抵の精神力と想像力ではできない芸当。
 しかも本人いわく、独自で作ったのだと言った。
 宮廷魔導師になる才能がある者が、こんな辺境でくすぶっているとは思わなかった。
 彼女にぴったりの職業があるということを伝えてみた。

 だが――

「私は……魔女だから……」

 そう言った彼女は、とても苦しそうだった。
『黒持ち』は総じて魔力が高い者のみに現れる。だから魔女と呼ばれているのだろう。
 そう安直に思っていると、少女は前髪をかき上げて素顔を曝す。

 右眼は、澄んだ夕暮れ時の空を切り取ったような瑠璃色。
 左眼は、浄化で有名なアメジストよりも鮮やかな紫色。
 異色の双眸そうぼうは、どちらとも凛としているけれど穏やかな目元をしている。
 さくらんぼ色の唇は瑞々しく潤い、肌もきめ細やかな白皙はくせき
 ボロボロの衣服でなければ体型もはっきりしているだろうが、袖の隙間から見える手は異常なくらい細い。

 まっすぐ俺を見据えるその瞳の光に、ガラにもなく見惚れてしまった。
 だが、自分が魔女と呼ばれる理由を話すと、その光が徐々に失われていく。
 それがとても怖かった。この美しい光が消えてしまうことに、恐怖を感じた。
 掴んだ彼女の肩はとても華奢で、見るからに充分な栄養をれていないのだと判った。

 俺は瞳のことや彼女を「ただの女の子」だと言って、必死に繋ぎ止めようとした。
 初対面なのに知ったかぶる言葉を使うなんて俺らしくない。
 普段なら嫌悪されるような発言なのに、彼女は怒らず、むしろ……。

「ほん、とうに……?」

 願うように、震える声で紡ぐ。

 本当にただの女の子でいいのか。
 都合のいい道具でいなくていいのか。
 自由でいてもいいのか。
 泣きそうな顔で答えを求める姿は、あまりにも痛々しすぎて……。

 衝動のまま、世界は広いと、そして彼女にも自由でいる権利があると伝えた。
 気休め程度の言葉だと思う。それでも、彼女は――

「……ありがとう」

 涙を流して、笑ったのだ。
 不器用な笑顔は痛々しいのに、心を揺さぶる美しさがあって……。

 彼女を……シーナを、この村に置いていけないと感じた。


 翌日の昼間まで、俺は昨日の鉱山のことで村長から謝り倒された。
 内容は、主にシーナのこと。
 なるべく聞き流そうとしたが、村長だけではなく村人まで彼女を罵った。

 親がいないから礼儀知らずで、強欲で、傲慢で、生意気で……。
 黒持ち。怖い。不気味。気色悪い。魔女――。

 吐き気がする言葉に、俺は途中で仕事を放り投げてしまった。
 彼女の何が解る。あんなにも繊細で、苦しみを抱えているというのに。

 シーナの家は、村の外れの森の中にある。柔らかな日差しが心地よい空間だが、魔物が出てもおかしくない場所だ。
 心配で向かったが、子供の笑い声が聞こえた。
 広々とした空間に出ると、シーナが三人の子供達と遊んでいた。
 見たことがない珍しい遊びだが、子供達と一緒に笑い合っている姿に心が揺さぶられた。
 村人達に酷い扱いを受けているというのに、子供への優しさを忘れない。
 強いと、心から尊敬の念を覚えた。

 子供達に林檎を渡して帰し、家の中に案内される。殺風景だが、どの一般家庭にもある台所があって、鍋やフライパンが棚に吊るすように片付けられていた。

 林檎は勿体無いから断ったが、野生だと言って不思議な形に切った。
 この時期の林檎はおいしくない。野生は特に固く、不快なほど青臭い渋味しぶみが尾を引く。
 しかし、シーナが薄切りにした林檎は歯触りが良く、野生とは思えないくらい甘みが強かった。手元にあれば無意識に摘まんでしまう形状も相俟って、とても美味しかった。

 それに、魔力で作られた水も美味だった。
 水魔法で生成する飲料水は、使い手の魔力の質と魔力制御によって左右される。
 誰でも飲める程度に魔力を抜いているが、山頂から湧き出る清流のごとし清涼感と透き通った喉越しから、どれだけ魔力の質がいいのか手に取るように判る。

 現時点では見習いから始めなければならないが、シーナの魔法使いとしての技量は宮廷魔導師の筆頭と比肩ひけんするだろう。

「それで、話って?」
「シーナ、君を帝都に連れて行こうと思う」
「……え?」

 正面の席に座ったシーナが訊ね、俺も単刀直入に宮廷魔導師にならないかと勧誘した。
 シーナならすぐに受け入れてくれると思ったが、どこか躊躇ちゅうちょしていた。
 難しく考えていたが、小さな声で「行きたい」と言ってくれた。
 持って行きたい大切な持ち物をくと、とんでもないものが目の前に出された。

 それは、古代魔法書。
 大抵は最初の人類が作り出した魔法を記したものだが、シーナが持つ物は古代魔法文明の初期からの魔法言語や呪文の組み合わせ方が詳しく載っている、いわば辞典だった。

 現代の宮廷魔導師では解読できない、失伝した世界的文化遺産級の魔法言語だが、シーナは普通に読めるようだ。やはり辺境で燻らせるのは勿体無い。
 俺は「国宝級の古代魔法書を国に献上しないか」と持ち出したが、シーナは断った。

「お金とか褒美なんて、私の思い出に比べると価値がない。ほんの少しだったけど、私の幸せが詰まった宝物だから」

 強い眼差しではっきり断ったシーナの発言はとても強くて、格好良かった。
 思わず息を詰めてしまう俺に、シーナは少し考えて百歩譲って写本にしていいと言ってくれた。綺麗な状態で返すことを約束すれば、柔らかな微笑みを見せてくれた。
 少なくとも俺を信用してくれていると判って嬉しかった。


◇  ◆  ◇  ◆



 
- 11 -