帝都へ到着

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 アポイナ村から帝都バシレイアーへの長旅が、ついに終わりを告げる。
 雲をオレンジ色に薄く染める時間に帝都に着いた、花嫁候補一行の馬車。

 これまで訪れた町と比べものにならない重厚な石積みの外壁に囲まれた帝都に入って、私は思わずきょろきょろと見回してしまった。
 大通りの両脇には高層の建物が整然と並び、進むにつれ煌びやかな外観へ移り変わり、ゴシック×バロック×ルネサンス様式が調和したような美しい街並みに見惚れる。
 水路には石造りの橋が架けられているし、教会らしき建物の窓にはステンドグラスが埋め込まれていて見応えがある。
 窓辺に草花を飾っている赤茶色の屋根の共同住宅が建ち並び、所々の花壇や街路樹が整備され、噴水広場では露天商を営む人々もいて、子供から大人まで楽しそうに過ごしている。

 田舎では想像できない、とても美しく活気のある大都会。
 ずっと車窓を開けなかったスザンヌでさえ、窓を開けて夢中に眺めていた。

「素敵……! ここがバシレウス帝国の帝都バシレイアーなのね」

 魅力的な帝都の街並みに自然と呟いてしまうと、アレンが嬉しそうに笑う。

「帝都には大陸中の人や物が集まってくるんだ。城の生活が落ち着いて休暇を取れたら、たくさん案内してやるからな」
「うん、楽しみにしてるね」

 満面の笑顔で言えば、アレンも楽しそうに笑う。
 こういった約束もできるなんて、とても嬉しい。
 少し前までの自分が変わっていくのが判るほど、私は明るくなった。
 これもアレンのおかげだと思うと、胸が熱くなるほど感謝した。

「見えてきた。あれが帝城だ」

 アレンが指差した先には、荘厳華麗なゴシック×バロック様式の城がそびえ建つ。
 山裾やますそに広がるように建つところを見て、帝都全体は扇状おうぎじょうに広がっているのだろう。

「少し遅くなるが、ここまで来たら城に入った方が楽だろ」

 ティモシーが告げると騎士達は頷いて、馬の足を速めた。

 なだらかな坂道をいくつか越えて、水路に囲まれた石造りの城壁の門前に着くと、両脇には衛兵が何人か立っていた。
 ティモシーが声をかけると吊り橋が下りて、城門が開かれる。見るからに万全な守りが敷かれているし、水路や城壁には様々な魔法による防御機構が盛られていた。

「うわぁ……地魔法で刺とか、水魔法で水牢とか、えげつない……!」
「……ん? シーナ、城の仕掛け罠が判るのか?」
「え? うん。……それにしても、防衛のためとはいえ殺意に極振りしすぎて、一番上が突破されそうで怖いね。地魔法の罠といっても、城壁で槍を作るとか……物体だから破壊されて乗り越えられるし……う〜ん。どうせなら実体を持たない雷魔法の罠を仕掛けた方が突破されにくいし、感電による麻痺で捕まえられるから、敵の対処法にいいんだけどなぁ」

 目に魔力を込めれば、城壁全体と水路全域に張り巡らされた魔法陣が映る。魔力で視力を向上させれば、所々に刻まれている魔法式がよく見える。
 読み取れば殺意の高い魔法ばかりで、捕縛系の魔法が全くないのが残念すぎる。敵を捕まえて尋問すれば、背後の勢力を引きずり出せるかもしれないのに、勿体無い。

 そんな私の感想に、アレンだけではなく、ティモシー達から物凄い視線を浴びた。
 カッと目を見開いて凝視してくる彼等に気付き、ビクッと肩が震える。

「えっ? な、なに……?」

 彼等の視線の意味が分からなくて混乱しかけると、ティモシーが重々しく口を開く。

「……アレン。これほど恐ろしくも頼もしい同僚ができるのは大歓迎だが、無自覚すぎると周りの奴等が馬鹿を仕出かすぞ」
「……そうだな。シーナの指導者は、相応の人物を推薦する」

 アレンが私の上司の話を進めながら、全員で橋を渡り切った。
 城門が閉じた今、空を見上げると茜色に染まっていた。

 長旅の疲れはあるが、緊張と興奮が強くて、今のところ眠気はない。
 スザンヌとソフィーが乗る馬車を護送しながら広々とした道を進むと、やがて広大な敷地に入った。最奥の帝城だけではなく、複数の横長な建築物が、芸術的な配置で建てられていた。

「西に花嫁候補のために用意された離宮がある。スザンヌの部屋は既に用意されているから、このまま向かって大丈夫だ。侍女が寝泊まりする部屋は別にある。シーナは騎士や魔導師が居住する東の離宮に住むことになるが、部屋が用意されるまでの間、しばらくはソフィーの部屋に泊まってくれ」
「えっ。……迷惑にならない?」

 侍女の部屋に用意されている寝具などは決まっている。
 大抵が二人一部屋だとソフィーから聞いている。部外者の私がお邪魔したら、きっと問題が発生するはず……。

 不安になっていると、アレンが苦笑した。

「迷惑にならない。むしろ頼む前から、ソフィーが真っ先に言ったんだ」
「ソフィーが?」

 私が泊まることに抵抗感はないのかな。
 確かにこれまでの宿屋で一緒の部屋に泊まっていた。けど、城は違う。侍女が寝泊まりする区画には他の侍女もいる。
 彼女達に勘違いされたら大変なのに……。

「部屋がなくてソフィーが困っていると、シーナならどうする?」
「自分の部屋に誘う……あ」

 即答した私は気付く。
 きっと自分がするだろう行動と、ソフィーが申し出てくれた行動が同じだ。
 そんな私の反応に、アレンは穏やかに笑った。

「そういうことだ。部屋の用意ができ次第、迎えが来るだろう。その間に城での作法を教えてもらうといい」
「……分かった」

 宮仕えには礼儀作法がある。平民上がりもいるらしいけど、ほとんどが王侯貴族。
 失礼なことはできないし、不敬罪で罰せられたくない。
 ただ、滞在期間中に習得しきれるだろうか。

「覚えきれるかな……?」
「大丈夫。シーナは物覚えがいいから」

 安心させる言葉とともに、アレンに頭を撫でられる。
 犬猫を愛でるような感じだけど、アレンの手は優しいから好きだ。

「……ありがとう。私、頑張るね」
「その意気だ」

 アレンに応援されて、気持ちが晴れた。
 彼の優しさに応えて頑張ろう。

 改めて決意を固めていると、秋の花で整えられた庭園に到着した。
 馬車が止まり、ソフィーが先に降りて、スザンヌの手を取ってリードする。
 私はアレンに馬から降ろされ、彼を見上げる。

「ここから先は許可された者以外、男は入れないようになっている。また会おう」
「……ん。ありがとう。……またね」

 名残惜しいけどアレンと別れて、ソフィーの後について行った。


 少し薄暗くなってきた廊下を歩く。
 旅の疲れもあって、全員無言で沈黙を保っている。
 一室の前にたどり着くと、ソフィーが扉を開けてスザンヌを中に入れた。
 私は外で待っていたので部屋の内装は見なかった。少し興味があったけど、スザンヌとは顔を合わせたくないから離れている方が一番だ。

 ソフィーが部屋主に背中を見せないように外に出ると、私に声をかけた。

「次は私の部屋へ案内するわ」
「よろしくお願いします」
「そんな堅くならなくていいから」

 小さく笑ったソフィーに連れられて、離宮の裏手にある四階建ての建物に入る。
 二階に上がって、たくさんある中の一つの扉を開けたソフィーは、私を招く。

「適当に座ってちょうだい」

 花嫁候補専属の侍女ということから一人部屋のようだ。
 テーブルとクローゼットとチェストが一つずつ、ベージュの絨毯じゅうたんの上に大きめのクッションがいくつか無造作に置かれ、奥にベッドが一つある。

 私は絨毯の上に座っていると、隣室に行っていたソフィーが戻ってきた。
 持っているトレイの上に、マグカップが二つある。

 もしかして、私の分も?

「そんな所じゃなくて、クッションに座って! お尻が痛くなるわよ」

 眉をつり上げて言われてしまったのでクッションに座る。ふかふかで気持ちいい。
 ほっとしていると、マグカップを渡された。中にあるのは紅茶みたい。
 息を吹きかけて静かに飲むと、ふわりとした優しい味が口の中に広がった。

「美味しい……!」
「ふふっ、ありがとう。これ、市販の茶葉に乾燥させた花を少し混ぜているの」
「へえ……! だからこんなに美味しいんだね」

 旅の途中でも飲んだことがあるけど、渋味が強いものばかりだった。でも、これは渋味が少なくて風味も優しい。

「――さて、今から最低限の礼儀作法を教えるね。明日から仕事が始まって、あまり構えなくなっちゃうから」

 一服し終わると、ソフィーは立ち上がって意気込んだ。
 この城で働くには礼儀作法は必要。ソフィーの都合もあるから、しっかり覚えないと。

「よろしくお願いします」
「いいお返事。まずは、目上や貴族の人に会った時の作法から」

 そう言って、ソフィーは手本を見せながら教えてくれた。道の端に寄ってから、絶妙の角度で礼をするとか、手に何かを持っている時は頭だけ下げればいいとか、通り過ぎるまで顔を上げたらいけないとか。部屋の入退室の作法も、部屋の奥の扉で特訓した。

 しばらく繰り返してしっかり覚えたところで、ソフィーの寝間着を借りた。

「後はおいおい覚えればいいから。あ、私のノートを貸してあげるね。仕事のこと、私の先輩からの助言を書いたものなの。といっても、侍女の仕事だけなの。魔導師としてのことは書いていないから、ごめんね」
「ううん、心強いよ。ありがとう」

 幸いにも文字の読み書きができるから、ある程度のことは平気だ。
 笑顔でお礼を言うと、ソフィーは頬を淡く染めて笑った。

「さあ、一緒に寝ましょう」
「え。……床でもいいよ?」
「だぁめ。それとも、一緒に寝るのは嫌?」
「そうじゃないけど……その……」

 誰かと一緒に寝るなんて、幼少期以来だ。
 なんだかむず痒さを覚えて、だんだん頬が熱くなる。

「恥ずかしいっていうか……」

 声がすぼんでしまいうつむく。そんな私に、ソフィーは吹き出して大笑い。

 え、そんなに情けなかった?

「ごめんごめん。シーナって本当に可愛すぎっ」
「あっ、ありえないから! わ、私が可愛いなんて……!」

 楽しそうに笑うのはいいけど、私が可愛いなんてありえない!

 一気に顔が熱くなって羞恥で消えたくなった私に、ソフィーは微笑む。

「否定しちゃ駄目。ほら、来なさい」

 手招きするソフィーにおずおずと近づき、一緒にベッドに入る。

「おやすみ、シーナ」
「……おやすみなさい」

 旅が始まってから言うようになった、一日の最後に言う挨拶。
 初めは慣れないことに気恥ずかしかったけど、嬉しかったことを覚えている。
 家族を喪ってから言わなくなった言葉が、本当に嬉しかったのだ。

 旅の疲れと緊張感でなかなか眠れないと思ったけど、ソフィーの優しい温もりが近くにあることに安心して、あっさり眠りについた。


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