褒美と魔法

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「――さあ。この扉の先に、陛下がいらっしゃいます」

 長い廊下を進むこと数十分後。
 道中で見た中で、ひと際大きな扉の前に到着した。
 月桂樹や唐草といった繊細な彫刻が目を引くが、重厚感のある頑強がんきょうな木材には硬質化の魔法が施されている。
 謁見の間をへだてるに相応ふさわしい扉だ。

 ……見るだけで胃が痛くなる。

「私の後に右足から謁見の間に入って、中央より手前まで進み、両膝をついて許しが出るまで頭を下げてください。あとは粗相がないように」
「分かりました」

 ソフィーから習った作法を思い返しながら頷けば、宰相様が扉にひかえる衛兵を見遣る。
 衛兵が敬礼して謁見の間の扉を開け、入り口に控えている侍従が告げた。

「アポイナ村の魔法使い、シーナ様、御入場!」

 謁見の間は、一番大きな宿屋の食堂が三部屋ほど入りそうなくらい広い。
 胃が締め付けられるような緊張感が襲いかかる。それでも凛然とした姿勢を崩さずに中央の手前まで進むと、膝をついてこうべれる。

「面を上げよ」

 深みのあるテノールの声は、日溜りのように温かくて優しい。
 そっと顔を上げた次の瞬間、無意識に息を呑んでしまう。

 襟足の長い純白の髪は光沢感があり、金塊よりも美しい金色の瞳は知性を秘める。切れ長で怜悧れいりな目つきは鋭すぎず、むしろ穏やかさを感じられる。
 線の細い引き締まった小顔は美々しく、凛々しい線を描く柳眉りゅうび、高すぎない筋の通った鼻、程良い厚みのある薄桃色の唇といったパーツが、芸術的に配置されていた。
 細身に見えて、肩幅から鍛え抜いた故の細さなのだと判る、引き締まった体躯たいく。金糸で刺繍が施された純白のマントに、金色の装飾や刺繍が見事な黒い衣服が、美貌を一層引き立てる。

 金の竜冠りゅうかんが側頭部についた神々しい美丈夫こそが、二代目竜帝アンスヴァルト。

 精霊王コスモに匹敵する神々しさだけど、なんとか表情を変えずにいられた……はず。

「遠路はるばるご苦労だった。早速だが、我が魔導騎士から古代魔法書を渡された。本来なら献上するに相応しいものだが、何故献上ではなく貸与たいよなのか、理由を聞かせてくれないか」

 我が魔導騎士≠ニはアレンのことだろう。アレンから聞いているはずだろうけれど、本人から直接聞く方が想いを伝えられる。
 理解した私は、少し目を伏せて申し上げた。

「あの古代魔法書は、祖母の形見です。少ない間でしたが、掛け替えのない思い出が詰まった大切な宝物なのです」
「褒美を与えられなくてもいいと言うのか」
「はい。思い出はお金に変えられません。私にとって、いつか無くなるお金など、思い出と比べて価値がありません」

 最後は真っ直ぐ竜帝陛下を見据える。
 隣にいる宰相様がかなり驚いているようだけど、今は気にしないでおこう。

 真剣な眼差しに、竜帝陛下は再び問いかける。

「返されないとは考えなかったか」

 古代魔法書を、何かと理由をつけられて返されないか――それは勿論、片隅で考えた。

 少し前までの私は、雲の上の存在である竜帝陛下のことなど、何一つ知らなかった。
 だから不安や疑心があった。本当に国宝級の価値がある古代魔法書を返してくれるのかと。

 でも、今の私は違う。

「陛下はそのようなことをなさらないと存じます。誰よりも誠実で、誰よりも国を守ってくださっているからこそ、民は陛下を慕っています。多くの人々に慕われる方が、人の想いをにじるようなことはしません」

 この旅を通して多くの人々を見てきた。竜帝陛下を称える人もいたし、感謝する人もいた。
 彼等を見て、その声を聞いたからこそ、竜帝陛下がどれだけ国を、人々を、心から大切にしているのか感じられた。

 はっきりと思っていることを口にすれば、竜帝陛下は目を瞠る。
 彼の隣に控えている宰相様も、近衛兵も、心底驚いた表情を浮かべる。
 真摯な思いを込めて見据えていると、竜帝陛下は穏やかな笑みを口元に浮かべた。

「試してすまない。其方そなたの本質を見極めたかったのでな」

 ……そうだろうと思った。
 国を守る者は、人を疑うことも必要になる時がある。
 だから私は、多くの視点から竜帝陛下を信じた。そして、それは間違いではなかった。

 ほっとしていると、竜帝陛下は続ける。

「其方は価値がないと言ったが、あの古代魔法書は国宝に値する。それを貸与してくれただけでも充分褒美になる。そこで王金貨分の金貨を与えよう」

 王金貨? ……初めて聞く単語だ。

「浅学で申し訳ございません。王金貨とは、大金貨の何枚分でしょうか?」
「百枚分だ」

 大金貨百枚分…………一兆円!? それほどの金貨、どこから捻出ねんしゅつするの!?

 胸中で絶叫するほど驚愕した私は眩暈めまいを覚え、顔を俯かせる。
 口を引き結んでなんとか声を抑えられたけど、衝撃が強すぎて変な顔になりそうだ。

「申し訳ございません、お受け取りできません」
「何故だ」
「都市開発どころか国営規模の大金を所持するなんて無理です。平民には有り余る大金を持っていると知られてしまえば狙われてしまいます」

 巨万の富を庶民が持つ恐ろしさを、前世の知識を持つ私には理解できる。
 夜道で背後から、ぐさり、という可能性もあり得るのだから、ここは辞退したい。

「だが、其方が貸与した古代魔法書は国宝級。その上、類を見ぬほど良質な状態。それを写本のために無期限で預かり、万が一汚れる可能性もあるからこそ妥当だとうな謝礼なのだ」

 必死に辞退する理由を述べても、竜帝陛下は引きそうにない。
 どうしよう、一割以下……いや、この際小金貨一枚でも充分なのに……。

「なら、望むだけ与えよう」
「……では、小金貨一枚を――」
「王金の一割だな」
「せめてその半分……いえ、いっそ百分の一以下……?」

 混乱して暗算が狂いそうになっていると、クツリと喉を鳴らす音が聞こえた。
 嫌な予感がして、恐る恐る竜帝陛下を見上げれば、ニコリ、とても良い顔で笑った。

「百分の一なら、その細腕でも持てそうだ。扱いやすいように金貨十枚を用意しよう」

 えっと……金貨十枚は、大金貨一枚分だから……百・億・円……?

 ポクポクポク――チーン

 誘導したなコノヤロー!!

 がっくりと項垂うなだれて、とうとう引きってしまった顔を隠す。
 なに、この瀬無せない感情。叫びたくても叫べないって……何の拷問ですか。

「ア……アリガトウゴザイマス」
「礼を言うのはこちらだ。アルヴィス」
「はっ」

 竜帝陛下が声をかければ、宰相様が硬貨を取り、小さな袋に入れる音が聞こえた。
 宰相様の側にあった大きな袋から、本気で大金を渡すつもりだったのだと理解する。

 シャレにならないよ、もう……!

「渡す前に聞きたい。ヘルハウンドの群れから、魔導騎士と花嫁候補の使者を助けたと聞く。どのような属性を持ち、どれほどの魔法が使えるのか教えてくれないか」

 ……もしかして、竜帝陛下が私の上司を選んでくれるのだろうか。
 そうだとしたら、ちゃんと言っておかないと後が大変だ。

「火・水・風・土・光・闇属性。上位属性なら陽・氷・雷・地属性は開花済みです。魔法はそれぞれの攻撃魔法、防御魔法、補助魔法、治癒魔法。あと、少しですが古代魔法も使えます」

 これは本当だ。古代魔法書の呪文を組み合わせるなんて、私には簡単だった。単語にも相性があるから、それを考慮してパズルのように組み立てるだけ。
 ぶっちゃけると古代魔法に使う単語の読み方は、地球の万国共通語の原点となったラテン語にそっくりだった。

 正直に答えると、竜帝陛下達は驚愕する。
 まぁ、信じられないよね。こんな小娘が古代魔法を使えるなんて。

「では、その古代魔法を見せてくれないか」
「え、あ……はい。では、失礼します……」

 無礼を承知で立ち上がり、まぶたを閉じて深呼吸。
 人前で使うのは初めてで緊張するけど、いつも通りやってみよう。
 胸に魔力を集めるほど、胸の奥が熱くなる。その魔力を右手に集中させて、イメージしたものを呪文に乗せる。

『アルス・マグナ――』

 ドクン、大気中に遍在へんざいする魔力――「魔素マナ」が、胎動たいどうするように震える。

『クレアーレ・アン・グラキエース・ドラコニス』

 両手に集まった魔力が、徐々に冷気を帯び始める。
 その両手をギュッと組み、この世に魔法を発現するための鍵の呪文キーワードを唱える。


『――【デウス・エクス・マギア】』

 大いなる秘術よ、氷の竜を形作り、【魔法仕掛けの神】へ顕現せよ――!


 祈るように合わせた両手を開き、濃密になるまで凝縮した魔力を解放する。
 瞬間、手のひらから渦巻く冷気が生じ、徐々に大きな氷塊ひょうかいを形成していく。

 やがてそれは――氷の生物へ変わった。

 わにのように突き出た口に、かんむりのような美しい角を持つ頭部。硬質感のある鱗や、繊細なたてがみを細部まで表現した、爬虫類のようになめらかでいて、雄々しい巨躯きょく
 謁見の間の半分近くも陣取るそれは長い尻尾を揺らし、口からは冷気を垂れ流し、蝙蝠こうもりのような皮膜ひまくの翼を悠然とくつろげる。

 その姿は、この世界で最も神聖視されている生物――ドラゴン。

 これは私が独自で編み出した新しい古代魔法なので、『心象魔法』と名付けた。
 心象魔法は、術者が敵と認定した対象の魔力を感知して、敵を撃破するまで追尾する性能を持つ疑似的な生命体。
 今は敵がいないから誰も襲わないけれど、ひとたび私が敵と認識した者には容赦なく迎撃げいげきする。そこが少しおっかない。

 この古代魔法は「大魔法」の部類に入るから、通常の魔法以上に疲れる。特にドラゴンは、獅子や虎よりも魔力の消費量が馬鹿みたいに多い。
 だからこそ魔力操作を緻密ちみつになるほど鍛えた。莫大ばくだいな魔力量を誇っているとしても、無駄に消耗しょうもうすることなくドラゴンを作れる程度には制御能力に自信がある。

 ちなみに雑学だが、ワイバーンはドラゴンの亜種なので、竜冠の形状、鬣の有無で判るのだと、コスモから教えられた。

 氷のドラゴンに手を伸ばせば、手のひらに爬虫類の頭部を寄せて、甘えるように擦り寄る。冷たいけれど愛嬌あいきょうがあって、自然と頬が緩んでしまう。

「これでいいですか? ……陛下?」

 顔を上げると、竜帝陛下は茫然ぼうぜんとしていた。周りの人達は、唖然と口を開けたままだ。

 ……やりすぎた? でも、これが一番得意だから一瞬で思いついたんだけど……。

「あのー……陛下? 大丈夫ですか?」
「……すまない。大丈夫だ」

 大丈夫じゃなさそうなくらい動揺していたけど、竜帝陛下が大丈夫だと言うのなら追求してはいけない。権威を持つ者の言葉を否定する行為は、不敬罪や侮辱罪にあたるらしいから、今後とも気をつけよう。

「どうやって創り出した」
「あ、はい。『アルス・マグナ』は大魔法を安定させるための補助呪文。『クレアーレ』は創造≠竍作成=A『グラキエース・ドラコニス』は氷の竜≠意味します。あとは明確なイメージで最後の呪文――『デウス・エクス・マギア』を唱えます」
「まるで生きているように見えるのだが……」
「『デウス・エクス・マギア』は魔法仕掛けの神≠意味しますから、疑似的な魔法生命体を一時的に創り出せるのです。これは術者が敵と認定した対象の魔力を感知して倒す意志を持ちます。『魔法仕掛け』なので、構築する魔力が消えるまで稼働します」

 魔物に向けて実験をしたから、心象魔法の性能は理解している。
 さて、そろそろ氷のドラゴンを消さなくちゃ、深紅の絨毯が傷んでしまいそうだ。

「ありがとう、もういいよ」

 礼を言えば、氷のドラゴンは目を伏せて、空気に溶け込むように霧散むさんした。
 切なさを覚える瞬間に目を伏せて、気を取り直して竜帝陛下へひざまずく。

「お気に召していただけましたら幸いですが……」
「……充分だ。さて、もう間もなく夕暮れ時になる。アルヴィス、送ってやってくれ」
かしこまりました」

 宰相様に声をかけた竜帝陛下が、謁見の間から退出するのを待つ。
 気配が遠くなったところで、息を吐き出して立ち上がる。
 こんなに緊張して疲れるなんて久しぶりだ。



 
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