朝の食堂にて

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 寮の食堂は、労働時間に合わせて六時から開かれる。
 普段の習慣から早起きした私は、朝食を摂りに食堂へ伺った。
 上司を紹介してくれる先達の宮廷魔導師を待つために、すぐに食べきれるサンドイッチと野菜スープを頼んだ。
 しかし……。

「サンドイッチ? そんな料理は知らんな」

 ――と、不思議そうに首を傾げる料理人の反応で思い出す。この世界には、サンドイッチという軽食は存在しないことに。

 そうだった。余った分は、小腹が空いた時の軽食に持っていようと思ったのに。
 仕方ない、材料を貰って部屋で作ろうかな。

「すみません、材料を貰えませんか?」
「待て。そのサンドイッチって料理、興味あるから作ってみろ」

 材料を頼んだが、興味を持った料理人が厨房に入ることを許してくれた。

 しっかり手を洗って材料を用意してもらうと、まずはサラダドレッシングを作った。
 食用油を大匙三杯、酢を大匙二杯、塩、胡椒を少々、柑橘かんきつ系の果汁――マヨネーズ作りは時間が足りないので断念――という基本のレシピより多めに保存できる瓶に入れて、よく振る。
 次はサンドイッチ。材料は、レタス、トマト、キュウリ、ハム、そしてパン。ただし、希望した食パンがないので、ロールパンもどきになってしまう。
 ドレッシングが絡まるように手で千切ったレタス、薄く切ったトマトやキュウリ、薄切りのハムをパンに挟んで、ドレッシングをかける。

 この世界では保存を利かせられる硬めの黒パンが主流だけど、帝城では酵母こうぼを入れるらしくて、理想的な柔らかいパンを作っているのだと教えてもらえた。

 こうして帝城ならではの、とても贅沢なサラダ風サンドイッチが完成した。

「美味い!」
「簡単で手軽だし、パンにサラダを挟むなんて斬新ざんしんだ」
「持ち込んで片手間に食べられるなら、文官も喜びそうじゃないか?」

 いつの間にかギャラリーができて、作った端から食べ尽くされた。
 一個を二つに切り分けるようにお願いしなかったら、もっと作り続けていたと思う。
 それでも新メニューとして真剣に考えてくれているから、結果的に良しとしよう。

「ゆで卵やスクランブルエッグをマヨネーズでえた具も合いますし、粗めのマッシュポテトと濃い味付けの鶏肉の組み合わせも美味しいかと。それと、ソーセージとピクルス、濃厚なトマトソースを挟んで軽く温めたホットドッグも、ぜひ試してみてください」
「おっ、そんなに応用があるのか! 教えてくれてありがとな!」

 他のレシピを教えると、料理長が満面の笑顔でお礼を言った。

 裏のない笑顔に、惜しみない感謝の言葉を受けた途端、呼吸が止まる。
 思い返せば、アポイナ村を出てから「ありがとう」の言葉をよく聞くようになった。
 アポイナ村では、仲の良い子供達以外からお礼を言われることなんてなかった。エレン達以外からは、敵意と侮蔑ぶべつ嘲笑ちょうしょうが入り混じった悪意を向けられてばかりだった。
 心を傷つけるばかりの村から出て、正しい人の善性に触れる機会が増えて、帝都に来てからも、侍女寮に住むソフィーの友人からも聞くようになった。

 嗚呼、ここはとても温かい場所なのね。

 胸の奥が満たされて、溢れるほど喜びが込み上げる。
 この気持ちをおさえるのは勿体無もったいない気がして、私も満面の笑顔で言葉を返した。

「どういたしまして! 私からも、美味しいスープをありがとうございます!」

 料理長と同じくらいの気持ちを返して、彼が用意してくれた野菜スープとサンドイッチをトレイに載せて、食堂へ移動した。
 ……この時、厨房で料理人達が硬直したという話は、後になって聞くことになる。


 食堂へ戻る頃には、宮廷魔導師達が多く集まっていた。決まった品目の朝食を詰め込むように食べる様子から、ちゃんと噛んでいるのか不思議に思う。

 私はトレイを返却へんきゃくする棚側の席に座って、料理長が作ってくれた野菜スープを食べる。野菜の旨味とセロリの独特な風味がいぶしベーコンと調和して、とても美味しい。
 サンドイッチもレシピ通りの味わいと食べ応えがあって満足感を得られた。

「美味しい〜……ん?」

 そんな中、妙な視線を感じた。
 周囲の様子を窺うと、私の存在に気付いた幾人もの宮廷魔導師が、私を観察していた。

 まぁ、当然だよね。見知らぬ新参者が違和感なく溶け込むなんて可笑しいから。
 スープを味わって食べ終わらせた後、トレイを返却棚へ片付ける。

「おっ、シーナ! 食べ終わるのが早いな!」

 その時、馴染みのある声が聞こえた。
 驚いて振り向くと、騎士であるはずのティモシーがいた。

「やっとこっちで働くんだな。よろしく頼むぜ」
「うん。……って、あれ? ティモシーって騎士じゃなかった?」
「騎士でもあるが、普段は宮廷魔導師なんだよ」
「え、じゃあ魔法騎士だったの? 両立できるなんてすごい……!」

 騎士でもあり宮廷魔導師でもあると、『魔法騎士』と呼ばれるそうだ。
 騎士として必須ひっすの武術だけではなく、魔法理論を習得して独自の魔法技術を体得する宮廷魔導師の両立は困難を極める。野外仕事をしながら、事務仕事を平行でこなすようなものだ。

 魔法騎士は有事の際に活動する遊撃部隊であり、平素は騎士団か宮廷魔導師のどちらかに所属するのだと、アレンに教えられたことを思い出す。
 護衛としても立派に指揮をとっていたな、と思い返していると、ティモシーはニッと口角を上げて、悪戯小僧のような笑みを浮かべた。

「これでもアンベール伯爵家の次男だからな。一通りのことは習い尽くした」
「えっ、貴族だったの!? 意外……!」

 平民に対して粗野そやな口調だけど、気安く接してくる人が貴族だなんて信じられない。貴族なら領主一族のように、平民を酷くさげんでののしる人が多いはずなのに。

 思わず声を上げてしまうと、ティモシーは私の頭を乱暴に撫でる。

「うにゃぁあ!?」
「ハハハ! やっぱ面白いな、お前」
「私で遊ぶなー!」

 貴族相手に砕けた態度は不敬だけど、旅路で気軽に話していた分、矯正きょうせいが難しい。
 それにしても髪の毛がボサボサだ。床屋での散髪から、腰に届くほど伸びた。
 癖のない直毛とはいえ、絡まると大変だし、酷い玉になると切らないといけない。
 せっかく理想の長さなのに、また切るのは嫌だなぁ。

 不安になりながら水魔法と風魔法で整えようとしたとき、近くで食事している男がテーブルを叩いて立ち上がった。

「貴様! アンベール殿になんて態度を!」
「まあ待て。こいつは俺の友人だ。恩人でもある」

 ティモシーの発言に、ザワッと辺りが騒然そうぜんとする。

「ちょっ、何で恩人?」
「アポイナ村でヘルハウンドの群れから助けてくれただろ。一気に雷魔法と氷魔法で倒すなんて、普通じゃありえねえよ」

 言葉のナイフが、グサッと刺さった。

 普通じゃないって……あまり言われたくない言葉なんだけど。

「宰相閣下から聞いたぞ? 陛下の前で古代魔法を披露して、実力もお墨付きってな」

 アルヴィス様、なんてことを言ったの!

 余計に騒がしくなった食堂に頭を抱えたくなった。
 とはいえ、私を怒鳴った宮廷魔導師が黙ってくれたのは助かった。

「で、上司は決まったか?」
「今日、紹介してもらうらしいんだけど……ちょっと待って。髪を直させて」

 さっきから手櫛てぐしで整えようとしても、途中で絡まってしまうからつらい。
 仕方ないので水魔法と風魔法を展開して、キューティクルを回復させながら整える。

「――よしっ、戻った……!」
「……なあ、シーナ。今の……水魔法と風魔法の同時展開か?」
「あ、うん。水魔法で湿しめらせて摩擦まさつを軽減させて、キューティクルを保護しながら風魔法で整える感じ」
「しかも無詠唱でやってなかったか?」
「うん。複雑な呪文だと調節がややこしくなるから、イメージと魔力操作だけだと無駄がないし、何より楽!」
「規格外にも程があるだろっ……!」

 グッとサムズアップすれば、ティモシーがとうとう頭を抱えて呻いた。
 その反応から、宮廷魔導師の魔力操作の訓練に興味を持つ。

「宮廷魔導師は魔力操作を極めないの? 目に魔力を込めて視力を向上したり、腕に纏わせて腕力を強化したり、硬質化して物理防御したり、手刀に鋭く纏わせて物を切ったり」
「どんな暮らしをしてきたんだよ!?」
「魔物の討伐とか、暴力から身を護るためとか……? 骨折しなくなって助かったよ?」

 コスモの手をわずらわせる以前に心痛しんつうを与えたくなかった。だから必死に極めたのだ。
 そんな経緯を思い返していると、ティモシーの顔が強張った。

「……それは、アポイナ村の奴等からか?」
「そうだけど……あ。あざとかできなくなったし、怪我しても治癒魔法で治せるから。古傷とか残してないのはソフィーも知っているから、心配しないでね」
「いや、それっ……ッ……ハァー。……分かった、この話は終いだ」

 ティモシーの顔が悲痛に歪んだと思えば、深々と溜息を吐いて髪を掻き乱す。
 無理やり納得してくれた様子に申し訳ないけど、これ以上心の傷をえぐらなくて済みそうだ。

「えっと……じゃあ、部屋に戻って準備するね」
「……おう。無理すんなよ」

 ティモシーの気遣いを「ありがとう」と笑顔で受け取って、私は食堂を後にした。


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