優しい温もり
「では、俺はそろそろ戻ろう。シーナ、無理をしない程度で頑張れ」
アレンが紅茶を全部飲み干すと、私へ
そこで大切なことを思い出した私は、アレンの手を掴んで金貨を渡す。
驚いたアレンは、手のひらにある金貨を見て目を丸くする。
「これは?」
「旅でいろいろ買ってくれたでしょう? そのお金」
「こんなには使ってないが……」
確かにそうだけど、私はこれ以下の硬貨は持っていない。でも、一番はお礼もある。
「いいから! 細かいことは気にしないで」
「いや、これは細かくない……」
「男なら四の五の言わずに受け取る!」
軽く睨むと、アレンは唖然とし、ジェイソン様は唖然とする。
やがてアレンは金貨を見つめて、おもむろに私の手を取ると、その手のひらに置いた。
「なら、街に出かけたら、これで俺に似合いそうなものを買ってくれ」
「え? でも……」
旅立ちの初日や収穫祭で、いろんなものを買ってくれたのはアレンだ。
必要資金と言って散財させてしまったのだから、利子をつけて返すべきなのに、これまでの購入額分のお金すら返せないのは申し訳ない。
そんな私の罪悪感を見抜いたのか、アレンが悪戯っぽく笑った。
「プレゼントを贈り返してくれるって約束だっただろう?」
――「私もアレンにプレゼントする」
当然だけど、その約束は覚えている。
宮廷魔導師としてお給金を貰ったら、そのお金でプレゼントをお返ししたい、覚悟して――と、宣言したのだ。
私としては、竜帝陛下の褒美の謝礼金で、アレンにプレゼントを用意したくない。できることなら、私自身の努力で稼いだお給金でプレゼントを選びたい。
なら、金貨くらいの働きをもって、アレンとの思い出になるプレゼントを選ぼう。
だとしたら、やっぱり……
「……これは、竜帝陛下から受け取ったお金だから。私自身で稼いだお金じゃない、他人のお金でプレゼントを贈るのは……なんだか、私の気持ちがこもっていない気がする。だから、アレンにプレゼントを贈るなら、ちゃんと自分で稼いだお金で贈らせて」
「シーナ……」
「そういうことだから、肩代わりしてくれた旅費は返させて。貸し借り無しの方が、対等でいられるでしょう?」
貰ってばかりで恩を返せないと、対等とは言い切れない。
その気持ちを込めて言い切ると、アレンは突き返した金貨を受け取ってくれた。
よかった。これでやっと対等の関係になれる。恩人であることは変わらないけど、金銭関係で
「引き止めてごめんなさい。お仕事は無理しない程度で、応援しているね」
「あ……ああ」
ぎこちなく頷いたアレンは扉に向かう。ちょっと強引だったかな?
少しやっちゃった感じがして気が沈みかけたその時、アレンが振り向く。
「休暇が取れたら会いに来る。休暇が重なったら、一緒に街に行こう」
「! いいの?」
「ああ。約束だからな」
……覚えてくれていたんだ。
凄く嬉しくて、満面の笑顔で頷いた。
「うん。約束!」
口約束には拘束力はないけど、守ってくれる人もいる。
コスモを筆頭とする精霊以外では、アレンが初めての人だ。
楽しみだと力強く返事をすると、アレンは頬を緩めて部屋から出ていった。
当分は会えないけど、
約束してくれたんだから、きっと大丈夫。
「……シーナはすごいなぁ」
ジェイソン様の呟きは、小さすぎて拾えなかった。
その日の夕方。仕事がひと段落したソフィーが、私の荷物を持ってきてくれた。
帝都への旅路で購入した物だから、旅用の着替えや靴など、割と大荷物。
だからソフィーと仲の良い侍女、タリアが一緒に運んでくれた。
タリアは砂色のボブヘアと、ぱっちりした大きな青い瞳が特徴の、可愛らしい女性。
ソフィーとは同期で、誰よりも早く一流と認められたソフィーを尊敬している。
仲間想いの優しさと知性を兼ね備え、裏表のない素直で快活な人柄。
そんなタリアだから精霊に好かれやすく、十歳前後の女の子の姿をした水の精霊と契約できたのだろう。
見た感じでは中位精霊だけど、上位精霊の手前と思われる能力を秘めている。
力を持つ精霊は、好んだ相手に危害を向ける元凶に対して無慈悲だ。
花嫁候補には、竜帝陛下の未来の
タリアはソフィーに次ぐ優秀な侍女だけど、
ソフィーも理解しているようで、一緒に配属されなくて残念そうだけど納得している。
「ソフィー、タリア、ありがとう」
「どういたしまして。それにしても……」
「ここがシーナの部屋? 最初からこんなに揃っていたの?」
ソフィーとタリアが部屋に入った途端、整った内装に驚いていた。私に与えられた部屋は、普通に支給されるものとは違うから、当然の反応だと思う。
「古代魔法書の貸し出しのお礼だけど、私には過ぎたものだったから。減らしてもらえないか交渉したら、受け取らなかった一部でアレンが整えてくれたんだって」
「ソフィーから聞いたけど、国宝級の古代魔法書なら大金貨……いや、王金貨ほどのご褒美を貰えて当然だと思うのだけど?」
タリアの鋭い指摘に、ウッと言葉が詰まる。
「いや、だって……質素な暮らしをしていた庶民が、いきなり恨まれそうなほどの大金を抱え込むって、怖くない?」
「……確かに恐怖だねぇ」
私の心からの悩みに、タリアが納得してくれた。
「そういえば、スザンヌ様がシーナのことを訊いてきたけど――」
「ソフィー!」
思い出したように、ソフィーが悪女の名前を出した。
同郷だから軽く考えていたのだろうけど、タリアが慌てて
ハッとしたソフィーは、私の背中を撫でた。
「ご、ごめんなさい。大丈夫っ?」
何が?……と言ったつもりなのに、声が出なかった。
それどころか、ふつふつと込み上げる激情で呼吸が酷く浅くなって、目の前が
すると、温かなものに包まれて、ゆっくり絨毯へ座らせてくれた。
「大丈夫。ダイジョーブだよ、シーナ。ここには怖いものなんて、何も無いからね」
後頭部を優しく撫でる手のひらを感じて、タリアに抱きしめられたのだと気付く。
優しい体温を感じて、少しずつ呼吸が戻ってきた。
「――っぁ……っ……かひゅッ……!」
「ダイジョーブ大丈夫。ほーら、深呼吸、深呼吸だよー」
呼吸が詰まって咳き込み、タリアに促されるまま深呼吸を繰り返す。
ゆっくり深呼吸をしていくうちに、ようやく落ち着きを取り戻した。
「ハァー……! ……ごめん、なさい」
やっと離れられたのに、名前を聞いただけで情緒不安定になるなんて……。
申し訳なくて謝ると、タリアが私を離して向き直り、真剣な顔で否定した。
「謝らなくていいのー。シーナはアレに苦しめられたんでしょ?」
「う、ん……そう、だけど……」
ぎこちなく頷くと、タリアは深刻な表情で言った。
「シーナって精霊様と仲がいいでしょう? あたしの契約精霊、見たことあるよね?」
「……うん。女の子の姿をした、水の中位精霊だよね?」
正直に答えると、ソフィーは息を呑み、タリアは「やっぱり」と呟く。
「あたしと契約してくれた子が教えてくれたの。シーナは精霊様の
「え。……そうなの?」
「位階の問題で
意外な情報に驚いていると、タリアは手巾で私の頬を拭きながら言った。
「ただね、アレが性根の
「……うん。家族になってくれた子が、いつも綺麗に治してくれて……」
「ソフィーにも確認してもらったけど、シーナに傷痕が残らなくてよかったよ」
ぽふぽふ、とタリアが私の頭を撫でた。
彼女の明るさと優しさに、また涙が
「……タリアって、ソフィーと同じだね」
「え? この超絶ハイスペックなソフィーと?」
「もう、タリア……」
おどけて言うタリアにソフィーは呆れるが、その気軽さに笑顔が戻った。
「ソフィーと同じ、お姉ちゃんみたいで……あったかいなぁって」
潤んだ目を細めてはにかむと、ソフィーとタリアが「うっ」と同時に
「……ソフィー」
「こ、これがシーナよ……っ」
「……うん、あたしも理解した。これは危ない」
二人の会話について行けなくて、コテンと首を傾げる。
「何の話?」
「っ……私にとって、シーナは妹みたいな子だって話」
「あたしも思った! ね、『お姉ちゃん』って呼んでみて?」
嬉しいことを言ってくれるソフィーとタリアに、胸の奥が温かくなる。
少し気恥ずかしいけど、思い切って呼んでみた。
「タリアお姉ちゃん?」
「ぐはっ!」
「タリア、ずるいわ!」
「ソフィーお姉ちゃん?」
「ふぐぅっ……!」
あれ? え、もしかして変だった……?
「っ……あ、ありがとう、シーナ。普段は呼び捨ての方が、周りに誤解されないから。でも、もしよかったら……私達だけの休憩の時に、そう呼んでくれると嬉しいわ」
「え、いいの?」
姉のような存在ができるなんて、昔では考えられなかった。
嬉しすぎるあまり喜色が表情に出てしまうと、ソフィーは
「もっちろん! あたしもソフィーも大歓迎だからね!」
固まってしまったソフィーの代わりに、タリアが抱きついて全肯定してくれた。
ああ……あったかいなぁ。嬉しいなぁ。家族みたいに思える人ができるなんて奇跡だ。
「ありがとう、お姉ちゃん……! お姉ちゃんができるなんて、生まれて初めてだから……うん、とっても嬉しい」
思い返せば前世では、そう思える人はいなかった。
夢か幻か、そんな不安さえ掻き消してくれるほど温かくて、幸せを全身で感じられた。
フフッと笑声を抑えられないくらい喜ぶと、タリアが両手の指を絡ませて組む。
「神様……! 精霊様……! 感謝……!」
「こればかりは私も同感……っ」
二人が何に感激しているのか、神様に祈り始めた。
けれど、こんな優しい時間は幸せだと、心の底からしみじみ感じ入った。