宮廷魔導師長

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 宮廷魔導師の制服は黒を基調とし、前世風に表現するなら、胸のボタンが二列のダブルブレストと腰ベルトが特徴的な、ロングタイプのトレンチコートを魔導師風に改良したもの。
 袖は手首まであるけれど、ポーションなど魔法薬を作る際に引っかからないように、ベルトの留め具が付く。
 えりは、襟元を留めるスロートラッチに対応した、X字に開いたノッチドラペル。首の後ろ側の襟は頭巾フードに改変され、前面だけではなく頭部まで雨風を防げる仕様。
 上着の下は、男性はホワイトシャツ、女性はブラウス。
 下衣は、男性はスラックス、女性は足首をさらさない程度に丈の長いスカート。

 夏用は薄手の生地で、熱を逃がし、体温調整が可能な熱変動の魔法を付与されている。
 冬用は厚手の羊毛製で、肌触りが良く、耐寒の魔法が付与されている。
 夏用と冬用の意匠はほとんど変わらない。違いは服としての材質と、服の裏地に刻み込んだ魔法陣を構築する魔法式が、それぞれの季節に対応しているのだ。
 流石は宮廷魔導師の制服。魔法技術のすいらした逸品いっぴんに感動する。

 自室に戻ってすぐ、二着ずつ支給された中から夏用の制服に着替えてから、外に出る。
 秋らしい快適な気候は涼しく、今は夏用の制服で充分とはいえ、今週が終われば十月に入るので、油断しないように気をつけよう。

「シーナ!」

 澄み渡った空をながめながら衣替えの時期を考えていると、声がかかった。
 久しぶりに聞いた声に、胸の奥が熱くなる。

「おはよう、アレン」

 繊細な薄茶色の髪に優しそうな鳶色の瞳の青年は、私の恩人、アレンだ。
 急ぎ足で到着したアレンに笑顔で挨拶すると、柔和な表情で「おはよう」と返された。

「部屋で待ってて良かったのに」
「男子禁制だって聞いたから。……久しぶり」

 微笑んで言えば、アレンは温かな笑みを深めて私の頭を撫でた。
 優しい手つきの心地良さも、本当に久しぶりで安心した。

「もしかして、アレンが案内してくれるの?」
「ああ。シーナの上司になる奴とは親しい間柄だからな」

 アレンと親しい人。それは信頼できる人であるということ。
 不安だったけど、心強い人が上司になってくれると知って安堵した。

「それじゃあ、行こう」

 左手を差し出すアレン。
 旅の間はよく手を繋いでいたけど、ここは城内。誰かに見られたら恥ずかしい。

「……うん」

 けど、嫌じゃない。むしろアレンの手は安心するから好きだ。
 羞恥心を振りきり、アレンの手を取って歩き出した。


 魔導宮は黒で統一されている建造物。天井は高く、ぶつからないために通路も広い。
 途中で先達の宮廷魔導師とすれ違うこともあるけれど、侍女と違っていちいち頭を下げなくていいと教えられた。
 ただし、作法に細やかな貴族には注意した方がいいらしい。それでも急ぎの仕事の邪魔になる方がとがめられるので、軽い会釈えしゃく程度で済ませるのが一番なのだとか。
 宮廷魔導師の大半が貴族出身なので、見習いである私は確実に気をつけるべき問題だ。

 周囲を見回しながら、アレンから宮廷魔導師の仕事を聞く。

「この階の一部は、宮廷魔導師見習いが上官の下で仕事の手順を習う所だ。見習いは一ヶ月から半年の研修で終わって、正式に宮廷魔導師として働くことになる」
「へえ……。私もそこから始めるんだ」
「いや、シーナはちょっと違う。宮仕えとして必要な常識と技術がほとんど無いから、まずは宮仕え必須の教養を上司から教わりながら、適切な仕事を覚えてもらうんだ」

 そう言われると一人前の宮廷魔導師になるまでの道のりが長く感じる。
 とはいえ、私はこの国の学園に通っていないから当然だ。田舎暮らしだった私が、いきなり都会で働くなんて無謀むぼうすぎる。
 アレンのおかげで必要な手順を教えてもらえるのは、本当に奇跡なのだと痛感した。

「魔導師は、魔法言語の解読に必須の語学力を修め、魔法の神髄を研究する者を指す。呪文を唱えるタイプから魔法陣を描くタイプ、個々人の得意分野によって分かれるが、片方のみは下級から中級魔導師、全てを熟せる者は上級魔導師と基準が定められている」

 この世の魔法体系を究明する研究者。それが魔導師なのだと、アレンは教えてくれた。
 魔導師に階級が存在するなんて初耳だけど、判りやすい基準だと感想を抱く。

 前世風にたとえるなら、一般魔法に使われる魔法言語は、万国共通語の英語を鍵言けんげんもちいる程度。古代魔法はラテン文字のみ――※異世界では違う名称――を使って構築する。魔法陣は、現代の主流は『ゲール変種のラテン文字』、北欧神話に登場するゲルマン諸語の『ルーン文字』を使う。古い魔法陣は、聖書の翻訳にも用いられた『ギリシア文字』、『ルーン文字』の親体系『エトルリア文字』や『フェニキア文字』が主流らしい――※異世界では違う名称――。

 コスモから魔法言語の歴史を教わったけれど、宮仕えの魔導師に通用するか心配だ。

「宮廷魔導師は、ただ魔法体系を研究するだけじゃない。実績と信用度が高いと、学園では臨時講師、騎士団では魔法戦の教官などの指導者になれる騎士に魔法を教えることもあるし、騎士と同行して魔物の討伐や戦場に出ることもある。時には冒険者ギルドと連携を取ったりすることもあるが、それは有事だけだな」

 会話の中に、聞き逃せない単語があった。

「……戦場。今でも他国との戦争があるの?」

 コスモから、現在は大陸内での戦争は滅多にないと聞かされた。
 でも、「滅多にない」ということは、全くない≠ニいうことではない。
 竜帝が大陸を統治するようになった伝承にもある通り、大陸統一前は戦争が多発した。

 なら、大陸統一が果たされた後は?
 竜帝による治世で安定しても、大陸の外側から戦争を仕掛けられなかったのか。

 心の片隅に残っていた疑問を口にすると、アレンは間を置いて教えてくれた。

「……竜帝陛下が統治する始原の大陸以外にも、小中の大陸が海原うなばらの向こう側にある。初代竜帝の初期に一度だけ、他の大陸からの侵略戦争が起こったが、それっきりだ」

 初代竜帝の初期以来、侵略戦争は皆無だと聞いて安心した。

 戦争があるなら、宮廷魔導師として人間を殺さなくてはならなくなる。
 憎くもない他人を殺すなんて、前世の価値観から強い忌避感きひかんを覚えてしまう。

「シーナは戦争が怖いか?」

 最上階の四階へ続く階段前で立ち止まり、アレンが問う。
 どこにでもあるありきたりな答えだけど、自分の思いを告げた。

「……怖いよ。生きるか死ぬか以前に、人間を殺すなんて……」

 この際正直に言うと、最初は魔物の命すら奪いたくなかった。
 初めての討伐――殺生を経験して吐いたし、その日の夜は眠れなかった。
 でも、生きるために必要なことだった。そう割り切らないと立ち直れなかった。

「私はあの村に出てくる魔物を何度も殺した。生きるためだったけど、生き物を殺していることは変えようのない事実……」

 前世では害獣以外の動物を殺すことも罪科に入るけど、害獣じゃなくても命を奪っている。
 それに、生き物は皆、生き物を殺して己のかてにしている。
 動物も、植物も、皆それぞれの糧を得て生きている。人間だって、それは変わらない。

「弱肉強食という自然の摂理せつりの中で学んだことは、生きるためには犠牲が必要だということ」

 泣いても喚いても、こればかりはあらがえないことだった。

「人間が人間を殺すのは罪になるけど、それも弱肉強食の一つ。でも、それで倫理りんりを失うことだけはしたくない。戦争は人の倫理観を狂わせるから……余計に怖いよ」

 遠くを見つめて胸の内を語るけれど、湿っぽい空気になってしまった。
 自分の暗い思考に、呆れから苦笑いが浮かんだ。

「ごめんなさい、変なこと言って」
「……いや。シーナは……よく考えるんだな」
「そうかな?」
「そうだよ。普通は他種族を殺すことに疑問を持たないし、何も感じない。自然の摂理という概念がいねんを視野に入れない。倫理観さえも知覚しない」

 まるで自分は人間ではないのだと告白しているような言葉だ。
 違和感を持ったけど、その違和感を口に出せなかった。

「けど、シーナは物事の根幹こんかんを理解している。それはすごいことだ」
「……理解している、のかな?」
「ああ。理解しようとする姿勢、尊敬するよ」

 尊敬は言い過ぎだ。私はただ考えすぎるだけ。
 全ての根源を求めるのではなく、ただありのままのことを感じただけ。
 本当に、それだけだ。
 だから「尊敬」という賛辞さんじを受け入れられなくて、私はお礼を言えなかった。

「面白い新人が入ったな」

 不意にかけられた、よく通るバリトンの声。
 左側へ顔を向ければ、開いている扉から一人の男性が出てきた。

 つややかな黒髪はあごにかかる程度まで伸ばし、長い襟足えりあしを玉飾りで一つに纏めている。厳格そうな雰囲気だが、見た目は二十代後半。身長はアルヴィス様と同じぐらいだろうか。
 それよりも、彼の中で一際印象に残る――と言うより目を引くのは、真紅の瞳。
 切れ長で鋭いけれど、きつい印象を与えない丸みのある銀縁の眼鏡をかけていた。

 城に仕えている人って、綺麗な人ばかりだなぁ。

「……お嬢さん、僕が怖くないのかい?」
「え?」

 小首をかしげる彼は、可愛らしい仕草と一人称『僕』がとても似合う人だった。

「どうして怖がらないといけないんですか?」
「僕は『災禍さいかの眼』を持っているんだよ」

 男性の言葉を聞いて、世間的な蔑称べっしょうを思い出す。

『災禍の眼』――それは、赤い瞳を持つ人間に向けられる差別用語。
禍人わざわいびと』というレッテルを貼られ、生まれながら迫害の対象になった人間のこと。
 災禍の眼を持つ人間は、周囲に不幸を与える。悪ければ災害まで起こすのだとか。

 だが、それがどうした。赤い瞳なんて、前世にも探せばいくらでもいた。
 特にこの世界では、「赤い瞳」には重要な意味がある。

「私は貴方のことを知らないので、怖がる理由なんてないです。それにその瞳、ルビーみたいで綺麗です。誇りこそしても、む対象にはなりません」

 ルビーやガーネットのように純度のある赤い瞳は綺麗なのに、それを悪し様に卑下ひげするなんて勿体無い。

「そもそも赤い瞳は色素欠乏症と言って、遺伝子疾患という病気の一種で出てくるんですよ? 髪は純白、肌は乳白色、瞳は赤。大抵の人は目に障害を持ってしまいますけど、まれに瞳だけが赤い場合もあります。それは精霊を見ることができる貴重な眼なのに……」

 地球ではアルビノ――遺伝子疾患の一種・色素欠乏症という病気があった。
 前世の私の記憶では、友人知人にアルビノなんて存在しなかったけれど、人間以外に犬猫といった動物にも存在したし、白変種という変わり種の動物も稀に生まれた。

 一方でこの世界は、瞳だけが赤い場合、精霊を見る力が宿る。保有者の生来の気質、魔力の質によって精霊に好かれる。それはとても貴重な才能だ。

 地球の知識とこの世界の知識を引用すれば、男性は目を丸くして固まってしまった。
 私の隣にいるアレンは、肩を震わせて笑っている。

「何で笑ってるの?」
「くっ……いや、何でもないさ」

 そんなに笑われると気になるんだけど。
 じとっとした目を向けると、アレンは私の頭をポンポンと優しく叩いた。

「……なるほど。陛下が気に入る理由が解った」

 男が意味不明なことを呟いた気がした。
 改めて男を見ると、彼は口元に笑みを浮かべていた。

「僕はジェイソン。君の上司になる宮廷魔導師長だ」

 ……宮廷魔導師長? ……って、一番偉い魔導宮のトップ!?

「アレン! 私の上司が筆頭魔導師だなんて、何で言わなかったの!?」
「言ったら恐縮きょうしゅくするだろ?」
「それはそうだけど! 周りの人にねたまれそうで怖いんだけど!」

 あぁぁぁ……! どうしてこうなった!? 恨むぞ、竜帝陛下!

「ほら、挨拶しないと」

 ……確かに名乗っていない。礼儀知らずにも程がある。

 顔に手を当てて憤りを抑え、深呼吸してスイッチを切り替える。
 引き攣りそうになる口角を上げて、ニコリと笑う。

「シーナと申します。至らぬところもありますが、ご指導ご鞭撻べんたつ下さい」
「う、うん……よろしく……っ」

 会釈した後、よく見るとジェイソン様も肩を震わせて笑っている。
 ちなみにジェイソン様が出てきた部屋には、大勢の宮廷魔導師がいた。嫉妬されないか危惧きぐしたが、思いのほか笑顔で、好意的な表情をしていた。

 もしかして、今のやり取りが面白かったから……? ……誰か助けてー!



 
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