目標と世間話

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 二人の笑いが治まって、宮廷魔導師長専用の部屋がある四階で、ようやく仕事の説明を受けることができた。
 宮仕えに必須の礼儀作法を習い、書類仕事に必要な文法や構成形式を学ぶことから始める。
 その段取りを聞いた後、宮廷魔導師としての試験を執り行った。

 魔法に関する知識と技術は、数段階の筆記試験と軽い実技試験から上級魔導師と並ぶほどだと認められ、魔法関連の講義は自主的に受講するだけでいいと言われた。

 ちなみに試験を受けた場所、宮廷魔導師長専用の研究室は凄かった。
 古文書から最新版の現代魔法書が本棚に入りきれないほどあり、解読した魔法陣や呪文をつづった紙の山が、執務机に山積みされている。屋上と思われた扉の先には半屋外空間のロジアに繋がり、豊富な種類の薬草を揃えた薬草園になっていた。他にも魔法陣を描いた大きな紙が壁に飾られて、まさに魔導師の部屋という内装だった。
 奥の部屋には台所と寝所があり、寝泊りできるほどの設備が完備されていた。
 宮廷魔導師長は、かなり優遇ゆうぐうされる地位のようだ。

「いやぁ、シーナは凄いねえ。ありものでこんなに美味しい食事が作れるなんて」
「新鮮なミルクがあったおかげです」

 試験を受けているうちに、あっという間に昼食の時間になっていた。
 ジェイソン様の研究所の台所で、彼の手料理を振る舞ってもらう流れになったが、アレンが必死に阻止そしした。

 アレン曰く、ジェイソン様は治療薬や魔法薬といった繊細な作業は秀逸しゅういつでも、料理に関してはズボラを通り越して壊滅的なのだとか。
 ゲテモノ料理は遠慮したいから、私が作ることになった。

 食糧専用の保存庫には、保存性の高いチーズと黒パンが山のようにあった。新鮮なミルクはコーヒーに入れるために定期的に補充していたらしい。薬草園から拝借はいしゃくした薬草と乾燥ローレルの葉、塩分を適度に落とした干し肉を使って、パングラタンとスープが完成した。

「ミルクコーヒーのために買っていたんだが、まさかミルクと黒パンとチーズでソースになって、黒パンと干し肉と薬草で、こんなに美味しいグラタンとスープになるとは!」
「ジャガイモ……馬鈴薯ばれいしょより保存に適した甘い紅芋べにいもや、人参といった根菜を入れると、さらに食べ応えがあります。それに紅芋は万能根菜なので、お菓子にも使えますよ」

 秋に収穫できる紅芋は、前世風に言うと「さつまいも」。収穫祭では石焼芋にして売られていたけれど、ジャガイモと違って芽が出ても食べられるから、保存食に最適な根菜。
 煮ても焼いても良し、お菓子にも使える万能根菜は常備したいところだ。

 軽い豆知識だから教えると、ジェイソン様は真剣な表情で考え込む。
 甘いものが好きなのかと思っていると、私の隣でアレンがたずねた。

「シーナはお菓子を作れるのか?」
「あ、うん。森の恵みで、ある程度なら作れたよ。紅芋と白豆を裏漉うらごしして合わせた餡子は、甜菜てんさいから抽出ちゅうしゅつした甜菜糖や、無ければ蜂蜜を採取して作っていたから」

 甜菜糖の作り方は祖母に習った。おかげで甜菜糖の類似品も作れたし、それを使って森で採れる白い隠元豆いんげんまめに似た白豆と紅芋で、甘い餡子を作れた。
 祖母の好物だったし、祖母が亡くなった後は子供達の秘密のおやつになった。

「紅芋はパイやタルトにもできるし、裏漉ししてミルクとバターと卵黄を混ぜて焼くとスイートポテトになるよ。あ、芋餡だったら、パンに練り込んで菓子パンを作れる……のだけど……う〜ん。……パン型、売ってるかなぁ?」
「パン型なら、宮廷鍛冶師に頼めば作ってもらえるぞ」
「本当!? じゃあ、そのためのお金を稼がなくちゃ……!」
「竜帝陛下から貰った褒賞金は使わないのか?」

 確かに竜帝陛下から金貨十枚を貰った。庶民が持つには、かなりの大金だ。
 けど、今後の生活を考えると、いつか足りなくなる。帝都といった都会の物価は、地方と比べて割高だと前世でも常識だったから。

「鍛冶仕事ってお金がかかるって聞くし、新開発ならもっとお金が必要になるでしょう? 鍛冶師の生活費が無くなったら大変だもの」

 この世界では、ロールパンのように生地を丸く成形して焼く手法が主流。パン型を使って四角型に作る食パンのようなものは、旅道中の宿屋でも見なかった。
 油を馴染ませて保存するなど、パン生地が型に付きにくくする方法はあるけれど、大前提として金型が欲しい。薄くて軽い丈夫な金型は、きっと多くの開発資金が必要になるだろう。

 前世の知識に、アメリカで原爆開発の過程で誕生した、覚えきれないほど複雑な名称のフッ素樹脂を用いたものが、テフロン加工のかなめだとある。
 この世界には存在しない物質から、テフロン加工は無理。そこは諦めがつくけれど、鍛冶師という名の職人はこだわりが強い。
 いつの日か、くっつきにくい金型を開発してくれることを期待しよう。
 私もお金を稼ぐ目的ができて、楽しみになってきた。

「まったく、君は……」

 ふと、アレンが感情を滲ませた声で呟いた。
 気になって顔を上げると、アレンはいつも以上に甘い微笑を浮かべていた。
 優しく細められた目に、言葉では形容しがたい熱が滲んでいて……

「シーナ?」
「ッ……あ! 気付かなくてごめんなさい。食後のお茶を淹れてきます」

 逃げる口実を見つけると、足早に台所へ向かった。
 あらかじめ鉄の薬缶やかんで作っていたお湯で、ティーポットにセットした茶葉を蒸らす。
 その間も、顔の熱が全く引いてくれなくてあせる。

「っ〜〜あ〜〜もぉ〜〜っ……!」

 心臓に悪いっ……! 何、あの色気……!? 一気に顔が熱くなったんですけど!? これがぞくに言う恋愛フィルター!?

「……弱ったなぁ」

 恋心って厄介だ。些細なことで一喜一憂してしまう。
 だいたい私みたいな子供、アレンに釣り合うわけがないんだから……期待したら、駄目だ。
 自分でいましめて、自分でへこんでしまうけれど、おかげで顔の熱が引いた。
 ちょうどいい感じに紅茶を抽出できて、温めておいたティーカップに注いで運んだ。

「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとう。……うん、いい味だ」

 アレンとジェイソン様に紅茶を配って、彼等の後に私も飲む。
 アレンの感想通り、ちょうどいい加減の香ばしい味わいに安心した。

「そういえばシーナ。君は陛下を見て、どう思った?」
「ゴフッ……!?」

 不意に、ジェイソン様に問いかけられた。
 きょとんとする私とは違い、アレンは紅茶が呼吸器官に入りかけたのかせた。

「だ、大丈夫?」

 手巾越しから苦しそうに咳き込むアレンが心配になって、彼の背中を撫でる。
 念のために治癒魔法をかければ、徐々に咳が鎮まっていった。

「ゴホッ……あ、あぁ、大丈夫だ」

 いや、大丈夫には見えないんだけど……無理しないでほしいなぁ。
 アレンは手巾で口元を押さえながら、ジト目でジェイソン様を睨む。

「ジェイソン、何故……その質問をここでする?」

 柳眉りゅうびを寄せたアレンが、剣呑な声色で問い詰めた。
 対するジェイソン様は、涼やかな表情のまま答えた。

「アルヴィス様がおっしゃったことを思い出しまして。『シーナさんは陛下と対等でいられるようですが、年頃の女性のような反応はしなかったのです』……と」

 アレンに対して丁寧な口調になったジェイソン様に疑問を持つが、話を聞いた私は思い出すように考える。

 年頃の女性のような反応? それって、赤面しなかったか……ということ?
 言われてみれば赤面すらしなかった。コスモの美貌に慣れているからかな?

「陛下を一目でれてしまう女性は数知れず。その中でシーナは違うとお聞きしたので、少し気になりまして」

 気になることなの? それ、かなりの野次馬根性では?

 アレンは凄く気まずそうだけど、ジェイソン様は興味津々で私を見る。

「それで、どう思っている?」

 いきなりかれても、どう答えたら正解なのだろう。
 そもそも私は、竜帝陛下に対して、どんな感情を抱いているのだろう?

「……分からない。策士だけど、誠実な人だとは思っているけど……」
「……策士? どこがだ?」

 ここでアレンが興味を持って、せっかくなので一部を掻い摘んで教えた。

「私がご褒美は小金貨一枚でって言ったのに、王金貨の一割って誘導したから。……あの時、すごく叫びたかった」
「どんな?」
「『誘導したなコノヤロー!』……と」

 紅茶を飲んでいたジェイソン様は、「ブフッ」とティーカップの中で紅茶を噴き出す。
 たずねたアレンは、あらぬ方に視線を泳がせて黙り込んだ。

「引きつると不敬になるから我慢したけど、顔が痛くなって……新手の拷問かと思った」
「ふぐぅッ! フハッ! アッハハハハハハ!!」

 正直にあの時の心境を語れば、ジェイソン様は「呵々大笑かかたいしょう」という言葉が似合うくらい大爆笑。アレンは片手で顔を覆い隠してうつむいてしまった。
 ……何、この異様な温度差は。

 反応の落差に首を傾げていると、ジェイソン様がようやく落ち着いたようだ。

「そ、それは大変だったようだね。けど、そうか。陛下を見て、どう思ったかさえ『わからない』とは……」
「だって陛下自身のこと、よく知らないんですよ? 表面的なら漠然と感じても、根本的なものはちゃんと接してみないと解りません」

 私は相手の表面だけではなく、根本的な部分も知りたい。でも、不用意に近づきすぎたらいけないから、そこの匙加減が難しい。
 紅茶を一口飲んで一息つく。すると、アレンが私の頭を無言で撫でてきた。
 驚いて顔を上げると、アレンは穏やかな表情をしていた。

「アレン?」
「……いや。シーナは誠実だな」
「そんなことないよ。私は普通」

 私が誠実なら、世の中の誰もが誠実だよ。

 そんなことを思っていると、アレンは穏やかに笑った。
 彼の微笑みを見て、心臓が跳ねるほど高鳴った。

 ……やっぱり、好きだなぁ。

謙虚けんきょなのはいいが、あまり自分を卑下するな。今後の課題だな」
「むぅ。……まぁ、頑張る」

 難しそうだけど、卑屈ひくつにならないように矯正するための訓練なら、頑張ってみよう。



 
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