出会い

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 男の家から出て我が家に帰る頃には、太陽が西に傾いていた。
 だいたい十六時ぐらいかな?と把握した時、精霊の声が頭に響いた。

『シーナ! こっち来てください! 大至急!』
「え。もしかして、また?」

 風の精霊が現れ、切羽詰まった思念を送りながら私に手招きするので、後を追うために魔法で空を飛んだ。

 アポイナ村の近くには、村が管理する鉱山がある。土壌が悪いせいで作物を育てにくい村が生活できているのは、希少な鉱石を採掘できるから。
 この村を管理する領主の先祖は、採掘のためにアポイナ村を作ったのだ。
 鉱山の近くには、魔物が住む森があるというのに。

 我が家は祖母の代から魔物を討伐する役割を担っていた。祖母がアポイナ村に住む夫に嫁いだから、特技の魔法で貢献していた。

 今では私だけになってしまった。本当は放棄したくても、優しい子供達が魔物に喰い殺される未来だけは受け入れられなくて、結局祖母の仕事を引き継いだ。
 そんな私に、この土地の精霊が魔物の出現を教えてくれる。
 とても助かっているし、心から感謝している。
 その精霊の一人が、こんなに慌てた様子を見せるのは初めてかもしれない。

 不思議に思いながら向かうと、坑道の入口付近の広場を一望できる上空へ到着した。

「……あれ? 村人じゃ……ない?」

 広場には、村の男達の他に、見知らぬ四人組がいた。
 三人は騎士がお忍びで着用するような軽鎧を身につけ、一人は魔法使いが着るようなローブに近い外套を纏っている。

 気になるけれど、彼等を襲っている魔物は、黒々とした四足歩行の獣。
 犬のような外見の獣は、一匹だけではない。ざっと数えると、十匹以上。
 しかも、ただの犬ではなく、地獄の猟犬という名をかんする魔物だった。

「ヘルハウンドか」

 何だってこんなところに? ……いや、それより今は助けないと。

 混乱を招かないように着地して、右手に魔力を込める。
 そして――!

「『ショックウェーブ』=I」

 魔法には基礎的な「火・水・風・土」の四大属性、希少な「光・闇」の対極属性といった種類がある。
 さらに「地属性」などの上位属性が存在するのだが、使い手は少ないらしい。

 今回選択した魔法は、風属性の上位互換・雷属性の魔法。
 右手を横薙ぎに振るえば、紫電の波がヘルハウンドに襲いかかる。当たったヘルハウンドは感電死して倒れるが、逃れた魔物もいる。
 私の存在に気付いたヘルハウンドは、一直線に私へ向かって駆け出した。

「逃げろ!」

 よく通る男性の声が、私を逃がそうと声を張り上げた。
 けど、問題ない。

「『フリージング』=I」

 残りの三匹は、水属性の上位互換・氷属性の魔法で凍らせた。
 パチンと指を鳴らせば、ヘルハウンドは魔石を残して氷とともに砕け散る。

 よし、上々かな?

「君は……」

 その時、ヘルハウンドに襲われていた集団の一人が呆然と呟く。

 お忍び風の騎士の格好をした方ではなく、上質な外套を着た青年。濃紺の外套は、よく見るとローブ風の軍服に見えなくもない。おそらく魔法使いなのかもしれない。

 でも、どうしてこんな辺境に、騎士と魔法使いが?

「貴方達、誰?」

 まさか、鉱山を狙う敵勢力の貴族? ここはほぼ掘り尽くされているのに?
 様々な憶測を立てていると、騎士達の奥にいる男達が怒鳴った。

「おい! 失礼な態度をとるな!」

 ……あぁ、鉱山で働く村人か。
 眉間に皺を寄せると、男が近づいてきた。

「何でこんなところにいるんだ!」
「……助けに来たんだけど」
「余計なお世話だ! こっちにゃ騎士様がいるんだぞ!」

 先程の戦闘を分析したところ、剣技と並行に魔法を行使するのは苦手なのか、騎士達は際立った魔法を使っている様子は見受けられなかった。
 そして騎士達の側から離れて逃げようとしたこの男は、私が助けなければ今頃は魔物の胃の中だっただろう。

「魔女は魔女らしく森に閉じこもってろ!」

 けれど、それすら理解でいない男は、唾を飛ばすほど怒鳴る。
 この文句も彼等の常套句じょうとうく。こっちが善意で動いても、向こうは悪意を向けてくる。何をやっても厄介者扱い。
 ここまで嫌われる理由が黒持ちだからというだけではないけど、これがアポイナ村だと受け入れるしかない。

「……わかった。じゃあ今度、死にそうになっても助けなくていいよね?」
「はあ!? 何でそうなる!? 調子に乗るのもいい加減に――」

 怒鳴り散らす男が、私に向かって殴りかかろうと拳を振りかぶる。
 殴られるのは嫌だけど、魔力障壁で防いだら悪化するんだよなぁ。

「女性を殴るなんて感心しないな」

 その時、誰かが男の後ろから腕を掴んだ。
 止めたのは、男より背の高い魔法使いの青年。
 頬にかかる薄茶色の髪と、涼やかな目元に似合う鳶色とびいろの瞳。端麗な容姿は優男っぽい。
 村の男達にはない美しさだと、無意識に見入ってしまう。

 止められた男は気まずそうに握り拳を下し、殴られなくて安堵する私を睨んだ。

「明日は村に来るな」
「……理由は?」
「言う必要ないだろ」

 まぁ、そうでしょうね。

 溜息を吐きそうになったけど、なんとか我慢して森へ入った。
 森には魔物が多くいるけど、私の敵じゃない。

 人気のない場所で、いざ飛ぼうとした。
 しかし、その直前――

「待ってくれ!」
「ッ!?」

 突然聞こえた声に驚いて勢いよく振り返る。
 追ってきたのは、さっきの魔法使いだった。

「助けてくれてありがとう。あの数は俺達でも厳しかったんだ」
「……風の精霊が知らせてくれなかったら助けに来れなかった。お礼なら風の精霊に言って」

 素っ気なく言えば、青年は目を丸く見開く。

「精霊と交信できるのか?」
「契約もしているよ。じゃあ、さようなら」

 青年がいるけど魔法を行使しようとしたが、肩を掴まれて止められる。

「ここから村まで行くと暗くなる。送るよ」

 青年の申し出に戸惑う。今までそんなことを言ってくれる人なんていなかったから。

「え、いや……飛ぶから大丈夫だけど……」
「……飛べるのか?」

 固まった青年は我に返ると訊ねる。
 実際に体験してもらった方が早いだろうと思って、私と彼の重力を操作した。
 まるでエレベーターのように木より上まで行くと、青年はぽかんとした。

「地属性の魔法……?」
「よく判ったね。重力魔法といって、対象にかかっている元の重力を操作して浮くの。あとは風魔法で飛ぶだけ」

 あ。そういえばこの異世界に重力という物理学は広まっている? ……まぁ、いっか。

「それでもついてくる?」
「ああ」

 頷いた青年に、少し困る。
 ついて来られたら大変なことになりそうだけど……もう、どうにでもなれ。

「……わかった。じゃあ、行くよ」

 二人以上と一緒に飛ぶのは初めてだから、念のために手を繋いだ方がいいと思って右手を差し出すと、青年は戸惑いながら掴み、私は風魔法で飛ぶ。

 太陽が更に傾き、空を茜色に染める。こういった地平線の風景は綺麗だ。

 僅か数分で家の上空に到着すると、ふわりと地面に降り立つ。
 青年を見ると、彼はかなり驚いた様子で私を凝視していた。

「なに?」
「あ、いや……その、凄いな」
「そう?」
「こんな魔法は初めて体験するから……」

 まぁ、そうだろうね。
 納得して、あっさりと答える。

「作ったんだから、当然だよ」
「作ったのか!?」

 驚愕から大声を出す青年の形相に、ビクッと肩が震える。

 え、そこまで驚くこと……?

「精霊以外に教えてくれる人なんていなかったから、独学でやるしかなくて……」

 幸いにもお祖母ちゃんは魔法使いで、基本的な魔法を使うための手順を記した本と、かなり古い魔法書が一冊だけある。お祖母ちゃんから文字の読み書きを習ったおかげで、魔法書も難なく読めた。
 基本的な魔法ができるようになってからは、自分なりの魔法を作る楽しさを覚えた。そこからは止める人がいなかったから自重できない魔法の訓練を繰り返した。
 そして、前世で覚えている知識を思い出しながら作ったのだ。

「独学って……どれくらいでできるようになったんだ?」
「八歳の頃から始めて、重力魔法は……だいたい、半年だっけ……?」

 よく思い返せば半年もかからなかった。これって普通じゃないのかな?
 青年を見ると、彼は額に手を当てていた。

「……なるほど。君には魔法使いの才能があるのか。それこそバシレイアー……帝都で宮廷魔導師を務めるくらいの実力が」
「え」

 帝都の宮廷魔導師。それを聞いて頬が引き攣った。

 帝都バシレイアーは、この国――竜帝が治めるバシレウス帝国の中心都市。
 この大陸の国々で権威を持つ竜王を束ねる竜帝が住み、優秀なエリートが集まる地。

 私が、帝都の宮廷魔導師と同じ実力者? ……まったく想像できない。
 恐れ戦いてしまう私に、青年は様子を窺うように訊ねる。

「嫌なのか?」
「……私なんかが務まるわけないし……そもそも、帝都に行けるわけがない」

 もし務まるとしても、行けない。
 だって……。

「私は……魔女だから……」

 大人達が私に使う蔑称は、本当にその通りだ。
 黒持ちだし、目の色が違う。たとえ子供でも、大人達は私を気味悪がって嫌う。
 村人達の反応を思い出すと心苦しくなって、力無くうつむいてしまう。

「それは、君が黒持ちだから?」
「……それだけじゃない」

 優しく問いかける青年は、この瞳を見てどう思うのだろう。
 村人達のように気味悪がる?
 子供達のように興味を持つ?
 怖いけど、私は鼻まで伸びた前髪をかき上げて、隠している異色の双眸を曝す。
 途端、青年は息を呑んだ。

 ……やっぱり、気味悪がるよね。

「この瞳で気持ち悪がられて、化け物って呼ばれている。都会でも、きっとそう……」

 人に自分のことを話すのは初めてだ。
 慣れないせいで苦しい感情が込み上げてくる。

 私は……こんなにも弱かったのか。

「……ごめん、気持ち悪いもの見せて」
「気持ち悪くない」

 前髪を戻して謝ると、青年に肩を掴まれた。
 驚いて顔を上げれば、青年は優しい手つきで私の前髪をかき分けて、目線を合わせる。

「ラピスラズリとアメジストの様に美しい。それを気持ち悪いと思うわけがない」

 彼の言葉は真剣で、真摯で、優しかった。

「君は魔女でも化け物でもない。ただ魔法に秀でて、他と違う美しさを持つただの女の子だ」

 ただの、女の子……?

 初対面の人に、心が揺さぶられた。
 それは、私には遠い幻想ゆめのような言葉だったから。

「ほん、とうに……? 本当に、ただの女の子でいていいの?」

 手に入らないものだと分かっているはずなのに、願わずにいられない普遍的な幸福。
 どこにでもある小さくも幸せな家庭にいるような、普通の女の子になりたかった。
 ただの女の子になりたい。その思いを肯定してくれる人なんていなかった。
 魔女と定められ、利用される。年下の子供達は違うけど、同年代から大人はそうだ。
 当たり前のように利用して、当たり前のように迫害する。
 転生した私は、この村の中だけしか世界を知らない。だから、この世界では当たり前のことなのだと暗示をかけて割り切るしかなかった。

 でも、違うのだ。この青年のように、優しい人だっている。

「都合のいい道具でいなくてもいいの?」

 震える声で問いかけると、青年は息を詰める。

「自由でいて……いいの?」

 自由への渇望から、目の奥が熱くなる。
 どうしよう、泣きそう……。

「もちろん。世界は広い。この村だけではなく、いろんなものを見て、触れて、感じていい。君にはその権利がある」
「……ありがとう」

 権利なんて大袈裟だけど、その言葉はとても優しくて、温かかった。
 水の膜が張った目から熱い涙が一筋流れる。でも、暗い顔はいけないと思って、感謝の気持ちを込めて微笑んだ。
 ぎこちなくて不器用な笑みだったと思う。
 だけど青年は面倒そうな顔をすることなく、私の頬に流れた涙を拭ってくれた。

「俺はアレン。君の名前は?」
「……シーナ」
「シーナ、明日も来ていいか?」
「いいけど……どうして?」

 私のところに来るなんて、仕事は大丈夫だろうか。

「大事な話があるんだ。この村の視察は明日の昼に終わる予定だが……」
「別にいいよ。遅くなってもいいから。ただ、無理だけはしないでね」

 仕事でも無理をしすぎると体に良くない。
 気遣って言えば、青年――アレンは嬉しそうに笑った。

「ああ。また明日」
「うん。また」

 手を振って、アレンを見送る。
 彼の背中が見えなくなってから、私は家の中に入った。


◇  ◆  ◇  ◆




 
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