思い出
翌日の昼間。
遊びに来た子供達と『小鬼さんがころんだ』という遊びをしていた。
三人とも、この遊びに嵌ったようで、昼ご飯を食べた後でも続いている。
一通り鬼役を交代した頃、昨日の魔法使いの青年――アレンが家に訪れた。
「あ、こんにちは」
「こんにちは。変わった遊びだな」
この世界の人間には斬新な遊び方だから、そう思うのも当然かな。
そんなことを思っていると、エリンが興奮気味に言った。
「あのね、魔女さまが教えてくれたの! いろんな遊び、知っているんだよ!」
姉を自慢するようなエリンの笑顔がとても眩しくて、嬉しい。
アレンは感心したような微笑で、「すごいんだな」と相槌を打つ。
「遊んでいるところ悪いが、彼女と大事な話があるんだ」
「魔女さまと?」
不思議そうな顔をする男の子。
これは……帰らせた方が一番いいかもしれない。
私は外に置いている籠から三つの林檎を取り、三人に配った。
「今日の遊びはこれでおしまい。お詫びに林檎をあげるから」
「いいの?」
「うん。それに、そろそろ帰った方がいいよ。これ以上は大人達が心配するから」
ずっとここにいたら子供達の保護者が黙っていないだろう。
三人は不満そうだけど、小さく頷いて納得してくれた。
手を振って帰っていく三人を見送ると、アレンが言った。
「慕われているんだな」
「あの子達は純粋だからね」
私を慕ってくれる子は、あの三人だけ。あの子達のおかげで、何度も挫けそうな心を持ち直して頑張ってこられた。だからあの子達には感謝している。
仄かな笑みを浮かべて言って、アレンに尋ねる。
「それで、話は長くなりそう?」
「ああ。家に入っても?」
「うん。何もないけど……」
もてなせるものは林檎くらいだけど、出した方がいいよね。飲み物は水魔法で生成する水くらいだけど、魔力酔いによる中毒症状が起きないように調節しないと。
精密な魔力操作により、水魔法で木製のコップに水を注ぐ。
林檎も切って出そうとしたが、アレンが片手を前に挙げた。
「林檎はいい。高かっただろう」
「んーん。これは野生の林檎だからタダだよ。そもそもお金なんて持ってないし」
そう言いながら林檎を切るのだけれど、今回は輪切りにした。この工程でいちょう切りにすればスナック菓子の感覚で気軽に食べられるし、何より皮に含まれる栄養もとれる。
ちなみに前世で知った、「農家さんの切り方」の一つ。
切った林檎を盛り付けた皿を机に置き、向かい側の椅子に腰かける。
「それで、話って?」
大事な話とは何なのか。私には見当もつかない。
私から話を切り出すと、アレンは真剣な表情で告げた。
「シーナ、君を帝都に連れて行こうと思う」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか理解できないほど思考が停止した。
少しずつ意識を戻して、理解して戸惑う。
「帝都に? え、どうして……」
「君のような魔法使いは城で働く素質があるし、ちゃんとした指導者がいれば、君の魔法使いとしての実力が格段に上がるだろう。是非ともスカウトしたい。どうかな?」
私が……宮廷魔導師として、スカウト?
自由ではなくなるが、このまま居場所のない村に居続けるのはもっと嫌だ。
今までできなかった運命の選択。それがこんなにも難しいものだったなんて……。
「シーナ」
席を立ったアレンは、黙って俯いてしまった私の隣に来て、そっと私の手を取った。
私より大きくて大人の男らしい手。その手に包まれるなんて、お父さん以来だ。
……駄目だ、考えるな。泣きそうになっちゃう……。
「難しく考えなくていい。自分の心で感じたことを素直に言えばいいんだ」
「素直、に……?」
心に素直でいたことはある。けど、こんなことで素直になったことはない。
私が心に素直になれたのは、魔法を作る時と、精霊達と戯れている時だけ。
人間関係のことで『嫌だ』とは言えず、建前ばかりの言葉を使ってしまう。
でも、それを取り払うことを許されるなら……。
「……行きたい」
自分を変えることが許されるなら、行ってみたい。
小さくてもちゃんと言えば、アレンは嬉しそうに微笑んだ。
どうして行くと言っただけでそんな顔をするのだろう?
私には、その理由が解らない。
「ここから持って行きたいものはあるか?」
「え? えっと……」
持って行きたいものと言われても……あ。祖母の形見でもある魔法書を持って行こうかな。あとは母の形見のネックレスも。
ネックレスは、シルバーのチェーンに綺麗な宝石がぶら下がっているシンプルなもの。色は瑠璃色だけど、虹のような不思議な光沢感がある。
奥の部屋からその二つを持って戻ると、アレンは目を丸くした。
「これは……オパール?」
「オパールって?」
「宝石の一つだ。こんな不思議な色は初めて見る。これはどこで?」
「お母さんの形見。元はお祖母ちゃんの持ち物だったらしいけど……」
どこで手に入れたのか聞いたことがない。もう、聞くこともできないけど。
少し黄ばんだ魔法書を広げてみせると、また驚かれる。
「古代魔法書? これもシーナの祖母が?」
「うん」
古代魔法書。コスモから聞いたけど、人類が初めて使った魔法のことが記されている。
コスモ曰く、現代の人間には解読できないものらしいけど、お祖母ちゃんは難なく読めて、私に読み方を教えてくれたおかげで古代魔法の解読が得意になった。
まぁ、これは基本書のようだから、大層な魔法は載っていなかったけれど、いろんな用語や単語が載っていたから勉強になる。
「見せてもらってもいいか?」
興味を持ったアレンに頷くと、アレンは丁寧にページをめくって内容を見る。
普通に読めるなんて凄い。これが都会の魔法使いなのね。
「……これは……国宝の価値があるな」
「え?」
「古代魔法はとうの昔に滅んだものだ。この書は全ての呪文に必要な単語が載っている」
そんなに凄いものだったの?
今まで知らなかったことを知らされて目を丸くしてしまう。
短時間でページを流し読みしたアレンは、本を閉じて私を見据える。
「これを竜帝陛下に献上しないか?」
「えっ、でも……」
「もちろん、タダとは言わない。この魔法書は爵位……町を買えるほどの価値がある」
そんなに価値があるとは思わなかったけれど、真剣な眼差しに気圧されかける。
国政に
でも、私は――
「……ごめんなさい」
謝ると、アレンは私に再度問う。
「褒美を貰えるかもしれないのに?」
「これは私の大切な思い出だから。お金とか褒美なんて、私の思い出に比べると価値がない」
この本は貧しくても幸せだった思い出が詰まったものだ。お金になんて変えられない。
「ほんの少しの間だったけど、私の幸せが詰まった宝物なの」
はっきりと言えば、アレンは目を見開いて息を呑んだ。
やっぱり欲しいのかな? ……だとしたら、こうしよう。
「そんなに欲しいなら、写本にしていいよ」
「……いいのか?」
「うん。これを基に書き写して。本はこの状態のまま返してくれたら、それでいいから」
百歩譲っての提案に、アレンは頭を深く下げた。
「ありがとう。必ず返すことを約束するよ」
「……ん。約束」
約束なんて、身内以外とするのは初めてかもしれない。
新鮮に感じて表情が柔らかくなると、顔を上げたアレンが口を引き結んだ。
「どうしたの?」
「あ、いや……この本は、今から預かっても平気か?」
「うん。あ。出発はいつ頃?」
「明日の早朝だ」
明日の早朝かぁ……早起きしないと大変だ。
それよりも、あの子達に挨拶した方がいいかな? あぁ、でも今日は村に行ったらいけないと言われているし……。
「挨拶したい人はいるか?」
「……今日来た子供達。特にエリンって女の子に。でも、今日は村に行けないから……」
「なら、俺が代わりに伝えよう」
「ありがとう」
至れり尽くせりで申し訳ない。
礼を言えば、アレンに頭を撫でられた。
「礼を言うのはこっちだ。勧誘を受けてくれたし、国宝級の本を貸してくれた。それに比べると安いものだ」
「それでも、お礼を言うのは当たり前だよ」
感謝の気持ちを伝えるのは当たり前のこと。
私の言葉にアレンは穏やかに笑ってくれた。
彼はちゃんと当たり前のことを知っている。
村人達も、この当たり前のことを覚えていてくれたらいいのに……。