フィリア商会の創立直後、お婆様が王都で催される社交界に出席した。
シーズン中は帰ってこれないし、宣伝中に商品の数を整えるよう専念している。
……が、しかし。
「会長、大変です」
合間を縫って、カーティスから領地経営についての授業を受けていた。
そんな中、領の元官吏が部屋に駆け込んだ。
カーティスの息子、トレヴァー・スチュアート。
次期執事長と領地経営の代理人になるべく精進していたが、フィリア商会の会頭補佐に就いてくれた稀有な人材。
カーティスの妻となった母君が有能な商人だったこともあり、領地だけではなく商会の経営についてのノウハウも幅広く習得している。
常に冷静に行動し、執事らしく優雅に振る舞う。まさに商会の鑑のような存在。
そんな彼が、呼吸を乱すほど全力疾走で登場したのだ。
「商会に何かあったの?」
慌てた様子に不穏な何かを感じる。
でも、それは杞憂だった。
「王家の使用人が美容品を買いに来ました」
「……え?」
予想を遥かに超える朗報に、ぽかん、と口を開けてしまう。
待って。今、王家の使用人って言った……? 王都から七日ぐらいかかる距離なのに? そもそも今は社交界シーズンの真っ最中では?
大前提として、お婆様の交流関係に王族が含まれること自体が予想外。
お婆様って、私が思う以上に凄い人物だったの……?
「お婆様……どんな宣伝をしたの……?」
最初の来客が、王家。代理人とはいえ、とんでもない上客だ。
とはいえ、頭を抱えて現実逃避していい事態ではない。
「商品の説明に不備や、接客中に失礼なことはなかった?」
「ありません」
「購入されたのは美容品だけ?」
「ぬいぐるみとパペット人形も全種類。ちなみにその方は女性でしたので、女性従業員が女性専用の商品を見せたところ、そちらを個人的に購入なさりました」
おそらく女性専用の商品と、それに合う専用の肌着――矯正下着だろう。
貴族女性はコルセットを愛用する。中でも胸当ては自分に合わないものが多い。
早い話、無駄に胸を潰して、腹部や背中に脂肪が寄ってしまうのだ。
だからこそ矯正下着の製作も導入した。もちろん女性従業員全員には一式を無料配布。
美しい体作りをしてこそ、接客において説得力が出てくる。だから仕事の一環として美を磨くことを義務付けた。
それを機に、女性従業員から厚い支持を受けるようになったのだった。
私が商品化した物の重要さを理解しているからこそ、その女性に勧めたのだろう。
「美容品と女性専用の商品の生産を集中させて。かといって玩具を疎かにしないで。美容品に関しては、商品棚にお試し用の見本も並べて。好きな匂いと肌に合うものを自分で選べるように。肌に痛みや痒みが出た場合は、違うものにするように注意喚起を促して。なおかつ肌や精神面への手入れも怠らないように」
好きな香りを纏いたいと願う女性は多くいる。それが洗髪剤などで手に入るのなら、とても手頃で便利だと買い求めるだろう。
けれど、それが原因で体調不全を起こしては元も子もない。求めるものに近い香りを代用品にしたり、好感触の持てる商品を選別したり、接客には話術が求められる。
王侯貴族への対応のために、熟練の従業員には他の従業員への指導を要請しよう。そこに特別手当をつけることを忘れずに。
カーティスが持ってきてくれた紙に、今後に必要な案件を走り書きした。
「そう言えば王族のお使いの人に会員制の話もした?」
「説明する前に会員制の話題を持ち出されまして……」
「なるほど、お婆様の口コミね。ということは申請した?」
「ええ、会員番号は王太后殿下が一番、王妃殿下が二番です。お得意様としてオーダーメイドすることもできると説明しました。すると、お使いの女性も申請しまして」
「よかった。初めてにしては上々かな?」
安堵から笑みを浮かべると、トレヴァーは満面の笑顔で強く頷いた。
「素晴らしいです。初めての来客が王家、しかも三名も会員登録しましたから」
「なら、次の来客に備えて品数を増やして。ぬいぐるみや女性専用の商品は、いくら作ってもすぐに売り切れると思う。化粧水に関しては保存剤を使っているから、ある程度日持ちするでしょうけど、匙加減が大切。社交界のシーズンが終わった直後が一番の稼ぎ時だと思うから、その瞬間までに材料を十全に確保すること」
今後の要点も書き起こしてトレヴァーに差し出せば、彼は真剣な顔で一礼した。
「畏まりました。さっそく向かいます」
「お願いね」
嵐が去ったけれど、これが本格的な嵐の前兆だとしたら……。
ちょっと遠い目になってしまっていると、カーティスが朗らかに話しかけた。
「お嬢様は素晴らしいですね。商会の運営にしても、商才にしても」
「これでもいっぱいいっぱいだけどね。まだまだ未熟だから、ご指導ご
「お任せください」
にこやかに引き受けてくれたカーティスに、私も笑顔を浮かべる。
最初は嫌われているようだったが、半年で関係も良好になった。
また嫌われないか、失敗して失望されないか、そんな不安もある。
それでも私は私の目的のために、彼等の期待に応えるためにペンを握った。