承太郎と2年ぶり


承太郎は過去を引きずっているの一年後。


「Happy New Year、承太郎。久しぶり」

「…よう」

おれを見つけ、軽く手を振るなまえは2年分大人びた顔で笑っていた。
英語が飛び交う喧騒の中で、やはり母国語であるからだろうか。なまえの放つ言葉はやけにはっきりと聞こえ、そして耳心地が良く感じられた。

「年始でいろいろ忙しいでしょうに、来てくれてありがとうね。しかもこんな人の多い街中に」

「まったくだ。…せめて事前に分かってりゃ、ちったぁ落ち合う場所くらい考えてやったんだがな」

「ごめんて。『そうだ、アメリカに行こう!』って急に思い至っちゃったんだよ。…だから、ジョースターさんに挨拶するのもダメ元だったし、承太郎にも会えるとは思ってなかった」

おれを見上げていたなまえの瞳を、ふ、と瞼が覆い隠した。
新年に賑わう街中は夜であることを忘れるほどに明るい。…だが、空を仰げば確かにそこは暗闇で、街の明かりが強すぎるが故に星や月さえも霞む。
彼女が少し俯いた、それだけでやけに影が落ちて見えるのは、その極端なまでのコントラストのせいか…それとも、胃を刺すようなおれ自身の後ろめたさによるものか。

「…賑やかだね、この街は」

「まぁ、この辺は学生も多いからな」

「たまには実家に帰ったりしてるの?長期休みとかさ」

「…いや」

帰っていたら連絡くらいしている。そう言いかけて、言葉が詰まった。
もし本当に帰国するとして、その時おれはなまえに声をかけるだろうか。そんな疑問が即座に浮かんだからだ。

そして、その答えはその疑問が浮かんだ時点で出ているも同然で。

…それはきっと、彼女もまた同じだろう。

『会えるとは思ってなかった』のではなく、『会おうとは思ってなかった』。
じじいから連絡されたとして、おれが来るとは思っていなかったのだろう。

「ねぇ、承太郎」

「…なんだ?」

「仲直りをしよう」

続かない会話…いや、もはや問答とでも言うべきか。それがぷつりと切れるのに、そう時間はかからなかった。

吐いた息が白く昇っていく様を追うように空を見上げたかと思えば、彼女はまたおれの方へ視線を向け、きっぱりとした口調でそう言った。

「…は、」

純粋に、こいつはいったい何を言っているんだ。と思った。
傷つけた自覚はあるし、恨まれる覚えもある。
しかし、それらは『仲直り』という言葉に結びつくものではない。

「えーと、もし忘れてたらそれはそれでいいんだけどさ…わたし高校の頃、承太郎に告白したことあったよね」

「…ああ」

「あの後からまともに話もしてなくて…むしろ、顔すらろくに合わせてなくて。結局、そのままで…今もなんか、正直気まずいって思ってる」

…ああ、おれもだ。
言葉にこそしなかったが、なまえはきっとこれを無言の肯定ととるだろう。

「でもね、今日承太郎に会えたのが…会ってくれたのが、すごく嬉しい。やっぱ気まずいまんまじゃ嫌だよ」

今にも泣きそうな顔をしているくせに、なまえの言葉は揺らがない。
真っ直ぐすぎるほどの言葉ひとつひとつが、おれの鼓膜と脳神経を震わせる。

「ずっと避けててごめん。自分のことばっかでごめん。反省するとこ、多分他にもいっぱいあると思う…けど、せめて、」

せめて…その後に続く言葉は、おれの手によって堰き止められた。
おれ自身、咄嗟のことだった。

なまえの口元を覆った手の平に一瞬、彼女の唇が触れた。

「…悪い」

「いや、え…何がなにやらなんだけど…」

「おれにもよく分からん」

「えぇー…」

呆然とするなまえに先ほどまでの勢いはなく、おれの奇行の意図を考えあぐねているようだ。

「なまえ、お前はさっき『仲直りをしよう』と言ったな」

「う、うん、そう。言った。前みたいに普通に喋れるようになりたいから…」

「おれはお前と喧嘩をした覚えはねぇ。…お前にごちゃごちゃ謝られる覚えもねぇ」

「でも!元はといえばわたしが、」

「おれだ」

「え…」

今度は物理的にではなく、おれの言葉でなまえの言葉を遮った。

なまえにとっては思ってもみなかった反応のようで、一度大きく目を見開き、そして瞬きをした。

「原因をはき違えんじゃねぇ。…おれがお前を突き放した。お前が謝ることは何一つありゃしねぇんだ」

「…謝ることもさせてもらえないなんて…それじゃあわたしはどうしたらいいの…?」

震える声とは裏腹に、無理に繕おうとしている表情が痛々しい。
2年前、澄んだ冬空の下で見た、表情のないまま涙を零すその姿が脳内でちらつく。

なまえの泣き顔なんざ、そういくつも見ちゃいないはずだ。
…だというのに、こんなにも鮮明に、そして痛烈に焼き付いて、真っ先に浮かんできやがる。

「なまえ…すまなかった」

「じょう、たろう…?!」

下げた頭のほんの少し下から、なまえの驚愕と戸惑いの声が聞こえたが、おれは構わず続ける。

「納得できるわけもねぇ理由で一方的にお前を突き放した。傷つかないわけがねぇことを分かりながら、独りよがりな正義感だけでお前の気持ちを踏みにじった。…本当に、悪いことをしたと思っている」

言い切って姿勢を戻し、なまえの表情を伺う。
許してくれ、とは言えない。
それでも、この2年間ずっと胸に溜まり続けていた淀んだ霧のようなものを吐き出せたような気がした。

「…承太郎も後悔、してたの…?」

「…ああ」

「わたしね、あの時の…承太郎の言葉がなんだかずっと引っかかってたんだ。承太郎の断り方にしては回りくどいというか、はっきりしてないというか。とにかく、違和感感じてた…」

「だろうな…。我ながら苦しい台詞だと思ったぜ」

「そっか。…ふふっ、なーんだ、やっぱそうだったんだ」

今度こそ涙を流しながら、なまえは…笑っていた。
肩を震わせ、まるで笑いすぎて涙が出たかのように。

往来の連中はおれたちの言葉が分からないせいか、時折視線を向けてくるのみで立ち止まりはしない。
ただ、不思議な光景だと思うのだろう。

「はー…、なんかすっきりした!ありがとね、承太郎」

「…礼を言われるようなことをした覚えはねぇんだが」

「最初に言ったでしょ。会ってくれただけで嬉しかったんだってば!」

手袋をはめた小さな両手で、おれの手を握り上下に振るなまえの笑顔は本当に晴れやかなものだった。

それに釣られ、こちらも自然と口元が緩む気がした。

「ねぇ、承太郎」

「…なんだ?」

上下運動を止めても尚、おれの手は柔らかな素材に包まれたままでいる。

「もし、わたしが次に告白することがあったら…その時はちゃんと返事してね」

再会した時の、少し大人びた印象とは違い、おれの知っているガキっぽいなまえの笑顔が、街の明かりにくっきりと照らされていた。

「…次があるならな」

「よーし!じゃあとりあえずいろいろ案内してよ。わたし英語も地図も苦手だし」

「やれやれ、よくそれでここまで来れたもんだぜ…」



end





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