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そして、手は少し触れただけですぐに離れていった。

触れられた感触だけが、残る。


「俺は、ずっと独りだったから、まーくんが傍にいてくれるのが嬉しかった」


その声はひどく悲しげで。


「……」

「まーくんといると、生きてるって実感できた」


その顔は、今にも泣きそうな子供みたいな顔で。
とても、危うい。


「だから、嫌がられても、怖がられても、憎まれても、まーくんと一緒にいたかったんだ」


でも、彼は泣くことなんてない。
涙を流すことなんてない。
…ただ、寂しそうに笑うだけ。

再び、ぽつりとごめんと謝る蒼に、どう反応すればいいかわからなくて、俯く。


「…(俺だって、)」


俺だって、ずっと一緒にいたいと思った。
蒼と、一緒にもっと色々な楽しいことがしたかった。
蒼と、もっと笑いたかった。


(…でも、)


でも、それだって、今からでもできるんじゃないかって思う。

今からだって、昔みたいに二人でどこかへ遊びに行けばいい。
今までできなかったことを、これからたくさんすればいい。


……そう思うのに。


彼は、そんなことありえないとでもいうように酷く悲しげな瞳で笑う。


「俺は、別に、」


もしも、昔みたいに蒼と一緒にいれるなら、何も――。


「まーくん、は」


俺の言葉を遮るように、暗い瞳で、表情で、微笑んだ。


「俺が、まーくんに何回も薬盛ってたって知ってた?」

「……え?」


蒼が何を言ってるのかわからなくて、一瞬思考がとまった。


(くすり…?)


その単語に戸惑いを隠せなくて、「なにを、」言ってるんだと、そう言葉に出そうとして。
彼の表情に影が濃くなる。

その瞳が、こっちを向いた。
彼は瞬きもせずにこっちを見て、口を開く。



「あの日のこと、思い出した?」

「あの日…?」



あの日って、いつのことだ。
蒼は何を言おうとしてるんだ。

でも、頭の隅ではわかってる。


俺の中で、記憶がない日なんて、蒼がいなかったと思い込んでいたあの数日しか――。

ぐ、と唇を噛んだ。

嫌だ。
もう、この会話を続けたくない。

心が早鐘に打って、警鐘を鳴らす。

外はこんなに雪が降ってて、寒いはずなのに、身体から火が出るように熱い。



「…あの日っていうより、数日って言うほうが正しいけど」

「…っ、蒼、ちょっと待って」



浴衣を掴んでそう縋れば、彼は、ふ、と笑みを零して俺を見る。

その瞳は、表情は何もかもわかっているようで。

嫌だ。聞きたくない。

胸が苦しい。痛い。

ふるふると俯いて蒼の声を拒否するように首を横に振る。
なんでこんな話をしないといけないんだ。
もっと、別の、もっと楽しい話を――。

その瞬間、頭にふわりと何かが触れる。


「イイ子だな、まーくんは」


――ドクン。


その声に、その髪を撫でる仕草に。

(…なんだ、なんなんだ、これ…っ)

胸が痛いほど苦しくて、ぎゅううと締め付けられる。
それだけで、眼球が熱くなる。
やめて。わからない。知りたくない。


「…ッ」


瞬間、脳がチリチリと焼けたように痛む。
嫌だ。思い出したくないと、身体が、心が叫ぶ。


―――――「まーくんが知らない、まーくんの秘密。教えてあげる――…」―――――――



「まーくんは、自分に弱点があるってこと知った方がいいと思うよ」


記憶の中の蒼の声と、今傍にいる蒼の声が二重に聞こえる。
視界がぐらりと歪む。
顔を、上げることができない。


「全部思い出したら、まーくんはきっと俺のこと嫌いになる」


嘲笑うかのような悲しげな声が、まるで嫌われたくないのに、嫌われようとしてるみたいで。
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