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なんで一之瀬君がおれに声をかけたのかはわからない。
でも転入してきたばかりで不安だろうし。
大勢の前で、しかもこれから仲良くしていかないといけない人達の前で断られたら、
…普通、傷つくんじゃないだろうか。
「…………」
後ろに顔を向ける。
依人は俺の言いたいことが分かったのか、言う前にすでに口をへの字に曲げていた。
「ごめん、依人。ちょっと行ってくる」
「えー」
「遅かったら、先に帰ってて」
むーとあからさまに不満げな声を上げる彼に、ごめんともう一度謝れば腕を離してくれた。
ほっと息を吐いて、椅子から立ち上がる。
その動作だけでも沢山の人の視線が注がれているのを身体にチクチクと感じて、怖くて震えそうになる。
行動を起こしてみたのはいいけど。
一瞬どう口に出そうか迷って、でもとりあえずおれの呼び止める声に振り返ってくれたらしい一之瀬君に笑ってみる。
「案内するから、ついてきてもらってもいい?」
結局、口から出てきたのはそんな普通の言葉だった。
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