7
「え、えっと、」
なんでそんな表情をするんだろうと、戸惑う。
一之瀬君の顔には、不意打ちに合ったような驚愕の色が見えて。
ただでさえ色素の薄い肌から、血の気が引いているように見える。
何か、…気に障ることでも言ってしまったんだろうか。
…というか、それ以外にない。
今、この廊下にはおれと一之瀬君の二人だけだ。
綺麗な顔が逸らされることなく、こっちを見るからどうしていいかわからない。
反応に困って迷った結果、とりあえず謝ろうと咄嗟に慌てて頭を下げた。
「あっ、えっと。ごめん!なんかおれの言葉で、気に入らないことでもあった?」
「……俺のこと、覚えてない?」
謝れば、頭上で零された声。
顔を上げる。
静かに紡がれた言葉に、一瞬その意味を考えて、
まるで自分たちがどこかで会ったことがあるというような表現に、頭の中で疑問符が乱舞する。
「”覚えてない”って、」
どういう意味?と、首を傾げて、そう問おうとするとふいと視線を逸らされる。
彼の顔に一瞬狼狽と苦痛が滲んだことに、その時のおれは気がつかなかった。
「あの、一之瀬君?」
ああどうしようなんかどんどん一之瀬君の機嫌を損ねてるような気がする、どうしようほんとに何をやってしまったんだと不安になって、彼におずおずと声をかける。
…と、
窓側にいる一之瀬君を見上げているせいで、外から差し込んだ夕日に目がくらむ。
廊下が、赤味を想起させるオレンジ色に染まっていく。
それが眩しくて目を細めたおれに対して、彼は今日初めて口元を緩めた。
夕日を背にする彼から、その表情から目が離せない。
「俺のことは蒼でいいから。よろしく、”まーくん”」
――それは、見てるこっちが思わず息を呑むほどとても美しくて、でも何故か歪な笑顔だった。
―――――――――
その何故か泣きそうにも見える微かな笑みに、どうしようもないほど惹きつけられた。
[back][TOP]栞を挟む