8



***

あの日から、おれは蒼くんとよく一緒にいるようになった。

いきなりの「まーくん」呼びにびっくりして、でもその呼び方も嫌かと言われればどちらかというと嫌われていないことが分かって嬉しい。

「まーくんには呼び捨てで呼んでほしい」と言われたけど、さすがにいきなりはしづらくて、『蒼くん』と呼ぶことにした。

最初の頃に比べると、随分蒼くんはクラスの人にも打ち解けたように思う。
それから、三人でいることに依人はまだあんまり納得していないようだけど、なんだかんだで一緒にいる。

今日も、そのメンバーで昼ご飯を食べていた。


「うわ、すごい。蒼くんの弁当、今日も重箱だ」


だし巻き卵をもぐもぐと咀嚼しながら、感心する。

毎日毎日、蒼くんの持ってくるお弁当は豪勢だ。
高そうな重箱の二段重ね。漫画でしか見ないような光景に感動してそのまま言葉にすると、蒼くんは複雑そうな顔をして目を逸らした。

最初見た時に受けた印象以上に、美しい外見と相まって良く出来た人形のように感情が顔に出ない。それでも、何度か見ていると(なんとなくだけど)どう思っているのか少しずつわかるようになってきた。


「……?」


その見慣れない様子に首を傾げる。
豪勢すぎるお弁当を褒められるのが気まずいのかもしれないけど、大切にされてるんだなぁと感じて羨ましく思った。


「チッ、蒼はいーよなー。いっつもイイモンばっか食って」


くっそ腹立つなんてグチグチ言いながら、菓子パンを食べる依人にへらりと笑う。
確かにそう思う気持ちもわかるな、と密かに同感した。


でも、


「……」


蒼くんはいつも弁当に手をつけない。

理由は教えてくれないけど、もしかしたらあんまりご飯は食べないタイプなだけかもしれないと少しだけ推測してみた。

最初のころは弁当を出すこともしなくて、「ないんだったら、あげようか」と弁当を差し出したことがあった。でも、「まーくんの分が減るからいい」と首を振って、一応それを机の上に出すことだけはするようになった。


(…美味しそうなのにな)


じーっと興味深げに弁当箱を見ていると、蒼くんが「変なものが入ってたら困るから」とよくわからないことを言った。

その重箱を最初に見た時のクラスの生徒の興奮の様子はまたすごくて、思い出すだけで眩暈がしそうだ。


「でも、さすがに蒼くんは食べなさすぎだと思う。倒れちゃうかもしれないよ?」


本気で心配になってくる。
色々聞けば聞くほど昼だけじゃなくて朝夕も栄養のあるものを食べているのかも怪しいし、もしそうなら身体に良くないと思う。

そう伝えれば、蒼くんは「大丈夫。最低限の食事はしてるから」と緩く微笑んだ。
でも、その返答にもどこか元気がない。
prev next


[back][TOP]栞を挟む