7
あの人懐っこさは、最早才能だと思う。
そんなことを思って、そっちを眺めていると。
「ねぇ、真冬くん。私と付き合わない?」
「…え、?」
「どう?」
「……っ、ぁ、いや、おれ、そういうの、わからないから無理です」
いきなり直球で、確実に揶揄われてるとしか思えないようなことを言って顔を近づけてくる。もう帰りたい修学旅行ってこんな拷問みたいなイベントだったのかと泣きたくなる。
我ながら、きっぱりと断ったつもりだった。
…だというのに。
「てか、お互いについてもっと話そうよ。真冬くんのこともっと知りたいし。私のことは梨花って呼んでいいよ」
「……」
完全に無視されて、全く効き目がなかった。
普段そこまで関わらない人の名前を憶えてなかったから申し訳ないけど、自己紹介をしてくれた。『佐原梨花』さんという名前だった。
女子に今みたいなことをされたら普通どきどきするんだろうと思っていた。
でも、相手が苦手な人というだけで嬉しさよりもある種の怖さを感じるものなんだと初めて知った。
はぁとため息をつきたくなりながら、どうにかして腕だけでも外そうとした時、
ガラリと風呂場の扉が開く。
「お、一之瀬君おかえ、…り」
軽い口調だったのに、何故か途中で中途半端に途切れる椙原君の声。
「…―――――っ、」
「…あお、」
やっと戻ってきてくれた。
少し安堵して顔を上げる。
…と、
「……っ、」
ごくり。
そんな唾を飲みこむ音が聞こえそうなほど、皆が見惚れていたと思う。
おれも、同じように息を呑んだ。
浴衣姿の蒼くんに今まで盛りあがって話していた全員が惹きつけられるように目を向ける。
その綺麗な黒髪は濡れていて、風呂上がりで少し気怠そうな表情を浮かべている。
整った美しい顔と着ている浴衣からのぞく肌がさらに色気を増幅させた。
いつもと違う雰囲気に、ただでさえテンションの高かった女子達が異常に騒めく。
そんな皆の様子を見て、彼は途端に表情を険しくする。
そしてその瞳がこっちを向いた瞬間、氷点下を遥かに下り、一気に冷たくなる。
表情から温度が、色が消えていく。
…でもそれは一瞬で、誰も気がつかない。
「何やってんの?」
「おー」
無表情にそう尋ねる蒼くんに、椙原くんは獲物を見つけたような顔でにやりと笑った。
もう一人、参加者を増やそうとしているのだろう。
自分まで蒼くんを嵌めたような気分になってきて、顔が上げられない。
「ちょっと女子と交流しようかなって皆で話してたんだよ」
「……皆って、まーくんも?」
「そうそう。だから真冬も参加するってよ。一之瀬もまざらねえ?」
(…え、)
したくてしたわけじゃない。
そう言おうと顔を上げて、
「わかった。参加する」
その躊躇いもない頷きに、目を見開いた。
…参加、するんだ…。
こういうの嫌がると思ったのに。蒼くんは、おれの座っている位置とは反対側の離れた場所に腰を下ろした。
話しかけようとしたけど、ぎゅっと腕を絡められた腕で締め付けられて動けない。
「蒼くんだ!!」
「やった!ラッキー!」
歓喜の声とともに、蒼くんは女子に囲まれてしまって、もう話せる状態でもなくなってしまった。
じっとそっちを眺めていると蒼くんが不意にこっちに視線を向けて
目が、合う。
「…っ、ぁ…っ」
蒼くん、と声をかけようとしたらすっと逸らされた。
明らかにわざと逸らされたことに、気分が一気に落ち込んでいく。
もしかしたら気のせいかと思ったけど、確実に蒼くんはこっちを見た…と思う。
[back][TOP]栞を挟む