13
「……っ、ま、ふゆく…」
「……」
お互いの視線が絡む。
床に手をついて身体を寄せると、ぎしりと畳でできた床が軋んだような気がした。
バクバクと鳴る心臓。
熱い頬。
こっちを見つめる…期待と緊張で濡れた瞳。
吐息が、近くなる。
顔を寄せることで更に目の前の顔が赤くなる。
(…ああそっか。おれ、今からキス…するんだ…)
…………もう少しで唇が触れるというところで、
「…――待って」
制止するような声が聞こえて、誰だとそっちを見ると蒼くんがぐいとおれの服の後ろ襟を引っ張って連れ戻す。
そのいたずらした猫を回収するみたいな扱い方に、「うえっ」と浴衣だから首が締まるわけではないけど変な体勢になって声が出た。
「あはは。蒼くんだー」
ふわふわっとした気持ちのまま、蒼くんを見上げてへらりと笑うとピクリと眉を動かして、彼は無表情を少し変化させる。
なんか、身体に力が入らない。
蒼くんにもたれかかるように床に膝をつくと、少し心配そうな声が聞こえる。
「…まーくん、もしかして酔ってる?」
「うー?酔うって?」
皆を見回すと、それぞれが驚いた顔でこっちを見ていた。
さっきまで腕を掴んでいた女子が「あっ」と小さい声を上げる。
「いや、そんなアルコール度高くないウイスキーボンボンだったんだけど…。まさか酔うとは思わなくて」と、はははと乾いた笑いを零す声が聞こえた。
「おれ、酔ってなんかなーい」
勝手に酔ってると言われてご機嫌斜めになる。
むっとして、蒼くんに「そうだろー?」と同意を求めてその浴衣を掴めば、「あー…」と何故か嘆くような声が零された。
「れむい」
瞼が重い。身体が怠い。
ぼそりと呟くと、蒼くんがふ、とため息を零す。
「うん。寝た方がいいよ。もう舌も回ってないし」
うとうとと最早若干眠りそうになりながら、「だめだ」と首を振る。
蒼くんが、おれの拒否に眉を寄せた。
だめだ。
裸で登校なんで、だめだ。
「まだ、ちゅーしてない。おれ、ばつげーむうけるの、やだ」
「ぜんらぜんらぜんらいやだ…っ、ゔ、ぅ、ぁ…っ、」と悲しいのかよくわからない感情で涙腺が緩んできて泣きそうになりながら、服にしがみつくようにして縋る。
蒼くんが困ったような表情をしているけど、全裸の方が嫌だ。
「…あー、もう」
ため息をついた蒼くんが、おれから離れてどこかに行こうとするのでその裾を掴んで引っ張れば「ちょっと待ってて」と掴んだ手をやんわりと優しく離される。
「…んー」
……手が、はなされてしまった。
残念な、喪失感に似た何かが足りない気持ちになりながら、蒼くんの姿を追う。
椙原くんに何かを耳打ちしていた。
二十秒にも満たない会話。そのぐらいの話をした後、他の人たちのほうを振り向いた椙原君が「それでいい?」と聞いていた。
おれがキスしようとしてた女子が頷いたのが見えた。
「なにー?」
おれだけ除け者みたいで嫌で、そこに近づいていこうとすると、
「…う?」
蒼くんがいきなりその子の後頭部に手を回して。
――躊躇うことなく、唇を重ねた。
「(…ちゅーしてる)」
突然の出来事に驚いて、目を瞬く。
「…んっ、ふ…っ、ぁ…っ」
時折のぞく舌がエロい。
女子の口から漏れる声もなんか…官能的で、皆視線が釘づけ状態だ。
見てるこっちの身体が熱くなりそうなほど、大人で深いキスが目の前で繰り広げられる。
(…これが、でぃーぷきす…)
呆然とその光景を目の当たりにして、ほーっと観察する。
数分たって唇が離れ、支えがなくなると同時に女子が床に膝から崩れ落ちた。
顔を真っ赤にしたまま肩で息をしていて、とても苦しそうだ。
「はう…っ、蒼くんのディープキス凄すぎるんだけど?!!」
「やばっ、何それ、え、経験者?慣れすぎじゃない?!!」
「うおお一之瀬君、やるう!」
うおおおと盛り上がって、ひゅーひゅーっと冷やかす集団に、蒼くんは全く表情を変えずに唇を拭った。
「じゃあ約束通り、まーくんは違う部屋で休ませるから」
「おう。わかった」
床にへたり込んでいるおれの前に、蒼くんが膝をつく。
さっきまでのような冷たい瞳じゃないことに、無視されていないことに安堵して。
甘えるようにへらりと笑って、手を伸ばした。
「あおいくーん、だっこ」
「…っ、抱っこしてあげるからあんまり変なこと言わないで」
何故か若干頬を赤らめる蒼くんに首を傾げつつ、腿裏と腰の上あたりに回された手にひょいと抱き上げられる。
「おおーっ!」「お姫様抱っこ!!?!」「やばい!写真欲しい!!!」と、かろうじで理解できたのはそのぐらいで、他にも狂喜乱舞とでも表現されるような色々な叫びが聞こえた。
それらにも動揺を見せず、気にしていないらしい蒼くんの淡々とした態度と冷静な顔に、首に腕を回して抱きつきながら熱に浮かされた頭ですごいなぁと改めて思う。
おれを隣の部屋まで運んで、敷いておいた布団の上におろしてくれた。
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