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「うーん、わからなーい」とふざけた返答をにやり顔でされたので、ムッとしてマフラーで首を軽く絞めると「ぐえっ」なんて、依人から蛙のつぶれたような声が漏れた。
ふざけながらマフラーを締め続ける真似をすれば、最後にはぜえぜえと息を吐きながら「住所教えるから許して!」素直に情報を吐いた依人を釈放してあげることになった。
…そんなことを思い出しながら笑う。
と、なごんでいる場合でもなく本気で迷った。
「どっかで間違えたのかな」
不安になってきてぽつりと呟きながら、なんとなく角を曲がった時、大きな屋敷が視界に入ってくる。
ここだけでどのくらいの敷地があるんだろうと思うくらい大きくて驚く。
目の前には大きな門があって、壁がその屋敷を囲むように作られている。
「おお…」
思わず感嘆の声が漏れて、こんな立派な家に住む人ってどんなひとなんだろうと見もしない存在に憧れをもつ。
…と、ふいにその表札に『一之瀬』と書かれているのが見えた。
「……ん?」
じっと目を凝らしてみても、やっぱり『一之瀬』で。
地図から推測すると、ここであってるんだろう…けど。
「………」
あんまりにすごいから、無意識にスルーしてしまおうとしていた。危ない。
というか、本当に蒼の家だとしたら相当なお金持ちだ。
蒼本人も外見も含めて神格化されるくらい気品があるし、物腰優雅だし、もしかしたら凄い御家の御曹司だったりするのかもしれない。
「…(でも、)」
こんなに立派な家ならなんで教えてくれなかったんだろう。
……それとも、実は呼ぶほどの仲でもないと思われている…とか。
「……」
自分で考えたくせにすごくショックを受けて、とりあえず宿題だけでも渡して蒼の様子を窺おう。
だけど、万が一家を間違ってたらどうしようと不安と緊張が入りまじってどきどきしながら、そのチャイムに指をかけた。
「どちら様ですか」
「わっ」
ふいに後ろから声をかけられて、予想もしない声に驚いて肩が跳ねた。
び、びっくりした。
振り向くとスーツ姿の男の人で、多分この家の関係者の人だろうと慌てて頭を下げる。
「あ、あの…っ、蒼さんの同級生の、柊真冬です。蒼さんのお見舞いに…」
何をもってくればいいかわからなくて、とりあえず持ってきた果物の入った袋を見せる。
学校では、普通に食べてくれるし、嫌いじゃないはずだ…と思う。
「…お見舞い、ですか」
「……?」
何故か疑問そうに首を傾げて神妙な表情をする男の人に、どうしてそんな不思議そうな顔をするんだろうと疑問に思う。
…何か、まずいこといったかな。
不安になりながら、返答を待っているとカチャリと鍵を開けて門を開けた彼はこっちを向いて頷いた。
ずっと仮面のような無表情を浮かべているせいですこし怖い。
「わかりました。蒼様にお伝えしますので、少々お待ちください」
「あ、ありがとうございます!」
中に入っていったその姿を見送って、ふうと息を吐く。
き、緊張した…。
(…というより、怖かった)
寒さか、緊張が解けた安堵からか、手が震えてる。
蒼がいなかったら絶対に関わらないだろうタイプの人だなと思う。
……というか、蒼”様”って。
次元が違いすぎる。
様づけで呼ばれてるなんて、すごいと感動してぼーっと屋敷を眺めている、と
「まーくん…っ、?!」
焦ったような声と、早い足音が聞こえて門が開いた。
走ってきてくれたのか、ひどく息が乱れている。
「わ、すごい。着物だ」
修学旅行以来の、蒼の着物姿に感嘆の声を漏らす。
もしかしたら蒼専用として、用意されたものなのかもしれない。
目を奪われるほど良く似合っていて、修学旅行の時に来てた浴衣より蒼の黒髪の綺麗さとか顔の美しさが更に際立つ。
「……なんで、」
今見ているものを信じられないというような驚いた表情をして、肩で息をする彼にどうしてそんなに焦ってるんだろうと思いながら戸惑って、躊躇いがちに返す。
こんなに切迫した表情をする蒼は初めてで。
「依人に聞いたんだけど、…まずかった?」
「……アレか」
舌打ち以上に、凍り付くほど表情が、目が冷たくなる。
今まで見たことがない冷酷な顔。
殺意にも似た雰囲気を出して苛立ちを隠せないその様子に、余程知られたくなかったんだとちょっと傷ついて落ち込む。それと、勝手にきいてしまったことも反省して余計に沈んだ。
「ご、ごめん、勝手に聞いて、」と震えて謝りながら、とりあえず渡したい物は渡しておこうと鞄からそれを出して差し出す。
「あの、宿題…」
「帰って」
持ってきたんだと伝えようとすれば、おれの肩を掴んで、強くそう言われて狼狽する。
その力が思いのほか強くて、指が肩に食い込んだせいで「い…っ」と苦痛に顔が歪んだ。
真剣な表情と少し大きめの声に驚いて、心臓がばくばくとうるさい。
「……迷惑、だった?」
滅多に取り乱さない蒼の顔から血の気が引いていて、今にも倒れそうな顔をしているから余計に心配になる。
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