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白いカーテンはオレンジ色の光に染まっていて、もう夕暮れなんだと気づく。


「ああ、もう。まーくんは無理しすぎるから」


目を細め、困ったような笑みを零して頬に触れる手が優しい。
熱で火照った肌に冷たい手の感触は心地よくて、身体から自然に力が抜けた。

でも、こんなところでゆっくり休んでいる暇はない。
家に帰ったら今日の復習して、先生から配られた応用問題も解いて、苦手な社会をもう一度最初から何回もやらないと。
もともとの出来が悪いおれは、皆についていけない。

やらないと。勉強しないと。
その声に突き動かされるように、身体が反応する。


「…勉強、しないと…」


ぼうっとする頭で怠い身体を起こそうとすると、肩を押さえられてまたベッドに戻された。
真剣な表情をした蒼に、「だめだよ」と注意を受けた。


「や、でも…っ、」

「だめ」


「熱、38度もあるんだから」といわれ、だからこんなに寒気を感じるのかと素直に納得できた。

でも、と思う。

「…っ、もっと勉強しないと、間に合わない、から…」と蒼に言えば、彼は困ったようにため息をついた。

(…あ、)

呆れた表情に、ハタと気づく。

そう、だ。

多分蒼が運んできてくれたのに、おれ、…お礼も言わずにわがままばっかり言ってる。

あああ、もうなにしてるんだ。おれのばか、と涙ぐんで、焦りと情けなさで本気で泣きそうになる。
震える唇で…少し、口ごもった。


「…ぁ、あの、ごめん。ありがとう。ここまで運んでくれて」


なんとなく、抱きかかえられたのも少しだけ覚えている。

…あの時の、ぼんやりとした意識の中で、…今まで以上に焦った蒼の表情が記憶に焼き付いていた。


”まーくん…っ、”


本気で心配そうに、焦りを滲ませた声と、顔。
普段冷静な蒼だからこそ、余計に見慣れない表情に心配してくれてるんだってわかった。

友達のそんな顔を見れて嬉しいなんて、酷いかもしれない。

もう一度、心を込めて、息を吐くように感謝を伝える。


「…っ、でも、おれは、もっと頑張らないといけない。もっと勉強しないといけないんだ」


仰向けのまま、上に被っている掛け布団を指の先が白くなるまで強く握り締めた。
その手が、震える。
声が、熱く籠る。


”誰か”に認めてもらえるように。

最後の一言は言わなかったけど、そう呟けば彼は真剣な顔をして少しの間黙っていた。
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