8

***


……ついに帰りになってしまった。


「真冬、一之瀬が来てるぞー」


その俊介の声に、う、と変な声が漏れた。
チラリと教室のドアの方に視線を向ける。


(…本当だ)


…いや、本当は来てほしかった。すごく、来てほしかった。
来てくれて、…嬉しい。
良かった。まだ俺は忘れられてないんだなって思って安心する。
そして、昼放課に自分以外が蒼と仲良くしてるのを見たくないって思ったことを思い出して。


「…う、」


今日は、蒼に会いたくない。
…というか、何か自分の思考回路がぐちゃぐちゃで本当に嫌だ。

しょぼんと落ち込んでいると、コンと額を軽くデコピンされた。
その場所を手でおさえて前に視線を向けると、俊介が椅子に座ってにかっと爽やかに笑っている。


「ほら、いつも通り笑って犬みたいに駆け寄って行けよ。”まーくん”」

「な…っ、」


”まーくん”と茶化されたことよりも、むしろ犬みたいと言われたことにショックを受けた。


(…俺、そんな感じでいつも蒼のところに行ってたのか…)


自分の表情まで意識してなかっただけに、指摘されると恥ずかしい。
その揶揄うようなセリフに、「し、知りたくなかった…」と絶望していると、俊介が立ち上がって手を振った。


「俺帰るから。じゃーな」

「え…っ」


声を上げて、気づいたら手を伸ばしていた。
俺のした行動によって行動を制限された俊介が、ぴたりと止まる。
呆気にとられた表情を浮かべた彼が、2、3回瞬きをしてこっちを見下ろした。


「…へ?」

「あ…」


帰る、という言葉に、反射的に俊介の手首をつかんでしまった。
キョトンとした顔をする俊介に、今自分がしていることの意味を理解して、カッと頬が熱くなる。
うわわと慌てた声が口から漏れる。


「あの、ごめ…っ」

(何やってるんだ、俺…っ)


本気の本気で無意識に掴んでしまったせいで、自分の行動に自分でびっくりして、バッと手を離した。
…今の自分が蒼と一緒に帰っても、気まずくなりそうで。

不安で、怖くて。

最近はいつも俊介に助けてもらってばっかりだから、反射的に手が伸びてしまった。

それに昨日泊まらせてもらった分、俊介といた方が安心できる。
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