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その背中に手を伸ばす。届かない。


「待…っ、」


(嫌だ…っ、いやだ)

走って追いかけて、腕を掴む。
立ち止まって、でも振り返ろうとしない蒼に、どう謝ろうかと思考をぐるぐるさせて、きゅ、と唇を噛む。
掴む手が震えた。

(…蒼の一言で、変わってしまう自分の人生が悔しくてたまらない。)

もし――、もし許されなかったら――。
そう考えるだけで、胃の内容物がこみあがってきそうになる。
俯いたまま、ひたすら謝る。


「蒼、ごめん。ごめ」

「…は…っ、そんなんで許すと思ってんの?」


そんな嘲るような笑いを含んだ声音とともに、顎を掴んで無理やり顔を上げさせられる。
一体俺が何をしたっていうんだ。理不尽な思いで恐る恐る見上げる。

思いのほか至近距離にあった顔に驚いて、反射的に肩が震えた。……怖い。
今まで見た誰よりも綺麗な顔をしているくせに、どうしてこんな表情ができるんだろう。

その瞳の奥に欲望の色をちらつかせて、でも氷のような嘲笑を浮かべる蒼に何を言われるのだろうと背筋が寒くなる。
強く掴まれた腕が震えた。

唇を指でなぞられて、冷たい感触に身体を後ろに引きたい衝動に駆られながら、呆然とその仕草を見つめる。


「許してほしいなら、ここで今キスして」

「っ、そんなの、」


耳元に口を近づけて、ぼそりと小さく呟かれる。
無理だ、そう返そうとして口をつぐんだ。

ただでさえ通学途中で、歩いてる人もたくさんいるっていうのに。

こんなに人気がある場所でキスしたら絶対に変な目で見られるに決まってる。

しかも男同士でだなんて。さらに嫌だ。
ぎゅっと拳を握って返答しないでいると、ぽつりと低い声が耳に届く。


「まふゆ」

「…っ」


蒼が名前を呼ぶときは最終警告と決まっていて。

悔しさに唇を噛んで、その首から垂れるマフラーの端を引っ張った。
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