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「……」


どうにかして小さな子どもみたいに震える蒼を落ち着かせようと、その髪に手を当てて優しく撫でる。

いつも彼が俺が落ち込んだ時に、やってくれるから。

(……蒼に、悲しんでほしくない。)


不意に

俺を抱きしめている彼が、低い声で呟く。



「もう、あいつと会わないで」

「へ?」


それは、震える声で。
唐突に耳の近くで囁かれたそんな言葉に、聞き返すように声を上げる。
そうすれば、ぎゅうううと俺を抱きしめる力が強くなった。


「もう、あいつに、近づかないで」


泣きそうな声で、弱々しい声で、そんなことを言う。
必死に縋るようなその声に、心が震える。


(…蒼の言う”あいつ”って、)


……それが誰なのか、なんとなくはわかった。

でも、それに対して今の俺は何も言葉を返すことができない。

俊介が、本気であんなこと言ったのかわからないから。

…それに、俊介以外にそのことについて、俺がどうするかなんて言うこともできないし。
……彼の言葉を、すぐに受け入れることもできない。


「…まーくんには、俺だけで、いい」


低く掠れたその言葉に、目を瞬く。
なんで蒼はこんなことを言うんだろう。

会わないで。
近づかないで。
まーくんには、俺だけでいい。


「……」


俊介の言葉が脳裏に鮮明に蘇ってきた。

――一之瀬が、お前に抱く感情って普通じゃない――

本当に…?
本当に、そうなのか。
……蒼は…俺のこと、友達だと思ってくれてないのだろうか。

大きく、息を吸う。


「蒼」


ぽつりと小さく言葉を零すと、彼はびくりと肩を震わした。

もしも。


「……もしも、なんだけど、」

「……」


確かめなければいけない…と思う。
蒼が、本当は、俺のことをどう思ってるのか。
顔を上げて身体を離した彼をじっと見つめて。

その問いを口にしてみる。


「もしも、俺が俊介を好きっていったら…どうする?」


その答えが、知りたい。


「…っ」


蒼の震えが、止まった。
身体を離した蒼は、酷く傷ついたような、そして苦しそうな表情を浮かべていて。
思わず、それを見たこっちまで胸が痛くなる。
一瞬俺の言葉をうまく呑みこめなかったのか、少し目を見開いて、ごくりと唾をのみこんだ。
その喉が、ゆっくりと上下するのが見えた。

そして、不意に


「はは…っ、」


乾いた笑いが教室に、響く。
歪な、呼吸さえ危うそうな、掠れた声。
彼のその綺麗な顔が歪んで、笑みを作った。
痛々しいほど、悲しい笑顔。


「す、き…?…何、言ってるの。まーくん」

「…っ」


強い力で肩を掴まれて、目の前で苦痛に歪むその表情を見て胸が苦しくなった。
自分がさせているんだと分かっていても、それを誤魔化して、これからずっと蒼と一緒にいることなんで出来ない。
肩を掴む手が震えている。


「……前に、約束したのに。もう、言わないって」


(…そうだった)


忘れてたわけじゃないけど、でも、1度言ってしまったものは
口から出て、言葉として伝わってしまったものは

…もう、取り消せない。

俯いて「ごめん」小さく謝ると、掠れた声がする。


「……やくそく、したのに」


本当に約束するって言ったのは俺だから。
約束を破ったことも、こういうことを言うことで蒼を悲しませてしまったことも、申し訳ないと思う。
今すぐにでも「冗談だから」といって、いつもように笑って一緒に帰りたい。


(…でも、)


俊介の言葉が、どうしても心に引っかかって


――お前らって、本当にただの友――


あの続きの言葉なんか、考えなくてもわかる。
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