行為の後に

***


「……」


目が覚めたら保健室にいた。
白い天井が見える。

カーテンも視界の端に見えた。


「…(…あれ、………なんで)」


こんなところにいるんだっけ。

ぼーっと上を見上げて、そんなことを思って。

動こうとすれば、…「…っ、゛、」痛みと身体の奥までひっかきまわされたような甘い怠さがはっきりと残る全身に顔を歪めた。


「…ぁ、あ…っ」


考える間もなく、悲痛に満ちた声が自分の口から漏れる。

記憶が、蘇る。
徐々に何があったのか思い出して、眼球が熱くなる。
ぎゅっと指が白くなるほどシーツを握った。


「…うそ、だ…っ、」


涙が頬をつたって、ベッドに染みていく。

違う。違う。
多分、あれは夢なんだ。

蒼があんなこと、俺にするわけない。
蒼が、あんな酷いこと、するわけない。

あんなに冷たい顔をする蒼は、俺の知ってる蒼じゃない。


――「まーくんは、頑張ってる」――


中学のとき、過度のストレスと疲労で倒れた俺を保健室まで運んで、そう言って微笑んでくれた蒼を。

いつも俺が悩んでるとき、優しく頭を撫でてくれた蒼を。

…思い出して、心が痛くて嗚咽が漏れる。

あの時みたいに、俺が泣いててももう蒼は慰めてくれない。

身体の痛みと甘い倦怠感が苦しいほど現実を突き付けてくる。

嘘だ嘘だと思っても、開かされた脚が、何度も弄られた性器が、腰を掴む手の感触が、床に当たった背中が

――挿入されて、抜き差しされ続けた後孔が、痛くて。

それが夢じゃないんだと、全身が心に訴えてくる。
顔を手でおさえても、溢れる涙を堪えられない。


「ご、ごめ…っ」

気づけばそんな言葉が口から零れる。
でも、そんな声さえも散々泣き叫んだせいか、掠れて最早声になってない。

喉が、痛い。


「ごめんなさい…っ、ごめんなさい…ッ」


全部俺が悪いんだ。

蒼は何も悪くない。
全部俺が悪い。

おれがわるいこだから、みんないなくなっておれはだれにもすきになんてなってもらえなくてあのひともはなれていってなにももってない。


「…っ、う…っ」


そうだ。蒼は悪くないんだから。

俺が悪いところを直せば、きっと蒼もまた昔と同じように笑ってくれるかもしれない。

蒼に、謝らないと。
怒らせちゃったなら、蒼に謝って許してもらわないと。


…謝れば、許してくれるかな。


――きらい、だいっきらい――


脳裏に残っている吐き捨てるような冷たい声音。


「きらい…って、いわれ、た…」


心を殴られて、気持ち悪いぐらいに握り潰されたような感覚になる。

とめどなく涙が零れていく。

やだ。いやだ。いやだ。
もう、誰かに嫌われたくない。

言われたくない。
……もう、いらないって言われたくなかったのに。


「だれか…っ、だれか」


誰かに、会いたい。
ひとりで、いたくない。

ぼろぼろ泣きながら、痺れたように動けない身体に鞭を打って起き上がる。
ベッドから降りようとして、うまく力が入らない。
ふら、と眩暈と不自由な身体のせいでよろめき、情けなく布団と一緒に床にずり落ちた。


「…っ、痛――ッ」


無防備な顔を床に打ち付けて、思わず顔が歪む。

保健室には誰もいなかった。
泣きじゃくりながら、どうにかして手足を動かす。



「…ぁ、ぅ…っ、」


床に足をつけた瞬間、ごぽ、と肚の中の何かが音を鳴らす。
温かいものが、尻の穴から外に溢れた気がした。

ぬるり、と太腿を液体が伝う。

下着を下ろせば、その正体がわかった。


(……蒼の、精液……)


腹圧か、重力か、腹の奥に出されたものが零れたらしい。


腿を伝って落ちていく白い液体に震えて、涙が溢れた。

トイレで洗面台の蛇口をひねり、水を出した。
できるだけ指を差し込んで掻き出す。

後から後から零れ出てくる白濁液に、泣いて何度も繰り返した。

やっとのことでそれを終えた後、歩く膝が震えて今すぐにでも倒れ込んでしまいそうだった
それでも静かに寝てることなんてできなくて、壁に手をついて…休み休みよろよろと歩き出す。

(だれか…、だれか…)

今が何時頃何だろうなんて考えることすらできずに、ぺたぺたとひたすら裸足で歩く。

暗い。


「…だれも…いない…」


呟くと、本当にそうなんだと実感して。

廊下に倒れ込む。
手に触れる床が冷たい。


「……」


だれもいない。だれもいない。だれもいない――。

「う、」と口を手で押さえながら、苦しくてワイシャツの一番上までとめられているボタンを幾つか外す。


「…な、に、これ、…」


掛け違えられているボタン。
よく見ると留め方がめちゃくちゃだ。
一番上と下もずれている。

(…そのまま、俺のことなんか汚く捨てておいてくれれば良かったのに)

どうせ、ヤるのが目的だったんなら、こんな、俺なんて、床にでも捨てておいてくれれ、ば


「……っ、ぅ、う…っ、ぇ、」


蒼のことを考えて、また思い出して涙が溢れる。

喉が締め付けられているように息が出来ずに苦しい。
保健室に返ってきて、ぼろぼろと泣いていると携帯に電話がかかってきた。

一瞬音に震えて、おずおずとびくつきながら画面を見ると俊介からだった。
震える手で、やっとの思いでボタンを押して耳に当てる。


「…しゅん、すけ…?」

『真冬?その、今日の、ことなんだけど、』

「…しゅんすけ…っ、?」
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